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Scene.12「……遠慮のない相手がいるってのは、幸せなことだ」

 倉庫街での騒動が収まり、一夜明け。

 時刻は朝七時ごろ。タカアマノハラ警備隊、倉庫街詰所の一室で、暁はひげを蓄えた壮齢の男性に訥々と説教を喰らわせられていた。


「お前の事情は多少知ってるが、それでも未販売どころか、販売店にも入っていないような商品食う奴があるか、まったく」

「サーセン、西岡のおっさん」


 パイプ椅子の上に正座という、反省してるのかバカにしているかわからないスタイルの暁を見下ろし、西岡と呼ばれた男はため息をついた。


「いつも言ってるが、食費を食い詰めるくらいならうちに来い。好きなだけ食わせてやるから」

「そうは言うけどな、おっさん。貸しはなるべくつくらないって、一応決めてるんでね。なにしろ――」


 にやりと笑って先を言おうとする暁より早く、西岡は呆れた表情でオチを口にした。


「菓子だけにってか。何一つうまくないぞ、菓子なのに」

「あ、おっさん。オチを先に言うとかひでぇ」

「読めるようなオチを出す方が悪いわ」


 軽口をたたき合う二人。少なくとも、関係が悪いわけではないようだ。

 と、暁は神妙な顔で西岡に訴えた。


「……でもさ、おっさん」

「なんだ」


 真剣な表情の暁を前に、西岡の顔も引き締まる。

 そのまま、暁はポツリとつぶやいた。


「実に、三か月ぶりの菓子だったんだよ……」

「そうか………って、それは菓子を盗み食いする言い訳にはならんわ!」

「あの、お二人とも。朝ご飯の用意ができましたよ?」


 軽い漫才のような様相を呈してきた二人の会話に、メアリーが扉を開きながら割って入る。


「む、ああ。とりあえず暁。今後、同じようなことがあってもコンテナの中身には手を付けるな。委員会とて、常にお前を庇ってくれるわけではないんだ」

「わかってるさ。いつ身を切られてもいいように、覚悟だけしとく」

「そう言う問題じゃ……はぁ」


 たとえ委員会に見捨てられても盗み食いはやめない、と宣言したも同然の暁に、西岡はため息をつく。

 いくら言っても馬の耳に念仏か、などと呟きながら警備隊の一室……取調室と書かれた部屋から暁と共に出る。

 そして警備員隊の休憩室へと向かうと、そこには人数分の朝食が用意されていた。

 焼きたてのトーストに、スクランブルエッグ。生野菜のサラダに牛乳と、朝の養殖の定番が並べられたテーブルを見て、西岡が驚きの声を上げた。


「おお……これはすごいな。警備隊の冷蔵庫には、そんなに食材はなかったはずだが」

「あ、はい。足りない分は、近くのコンビニから……これ、お預かりしていたお財布です」

「ああ、すまないな」


 メアリーは黒い革の財布を西岡へと手渡す。

 真っ先に席につき、トーストにバターを塗りたくりながら、暁は呟いた。


「しかし、女子高生に朝飯用意してもらう中年のおっさんって、世間的にどうなんだろうな」

「いかがわしい言い方をするな! そもそも、彼女には帰ってもらう予定だったろう!」


 暁の物言いに、西岡が額に青筋を立てる。

 そんな彼の怒りを鎮めるためか、あるいは暁を諌めるためか。メアリーは一歩前に出ながら、申し訳なさそうな顔で笑った。


「それを、無理を言ってこの詰所に泊めていただいたのは、私のわがままです。西岡さんは、悪くありませんよ」

「うん、知ってる。おかげで、おっさんと同じ部屋で一夜明かすことになったし」


 遠い目をしながらトーストを齧る暁に、西岡は腕を組みながらいかめしく顔をしかめる。


「仕方なかろう。詰所の寝室は二つしかない。若い男女を一部屋に押し込むのはいかんし、俺が相手ではもっとまずい」

「二つもあるだけ上等だよな。最悪俺たち、この休憩室で一夜明かすことになるわけだったし」

「確かにな……いくら春とはいえ、海上の夜は冷えるしな」


 二人はありえたかもしれない未来を想像し、軽く震える。

 最新技術を投じて建設されたタカアマノハラ。全域を通して不便なく利用できるように設計されているが、さすがに自然の驚異に抵抗できるだけの力はまだない。全季節通して、夜の海は冷えるのだ。

 メアリーはそんな二人の様子に苦笑しながら、西岡を席に座るように勧めた。


「とりあえず、西岡さんも冷めないうちにどうぞ。一宿させてくださった、私からのお礼ですし」

「ああ、ありがとう。詰所の夜勤となると、どうしても飯に手を抜きがちだからな」

「コンビニ飯も、続くと苦痛だしな。独身は互いにつらいよな……」

「やかましい。そもそもお前、まだ結婚できる年齢ではないだろう」


 どことなく苦労を感じさせる口調の暁に半目でツッコミを淹れる西岡。

 そんな二人の様子を見て、メアリーは小さく笑い声をあげた。


「フフ……お二人は、仲がいいんですね」

「ん? ああ、まあ、何か騒ぎがあれば俺は現場に出向かねばならんからな。騒動の中心に、こいつがいることは少なくない」

「人聞きの悪い。人を爆心地みたいに言うのやめてもらえませんかね?」

「そう言うなら自重を知れ。昨日のサイコキネシストによる、無差別破壊……知らんとは言わせんぞ……?」

「わーたまごうめー。めありーりょうりじょうずだなー」

「誤魔化しとらんで、こっちを見んか」


 食事をとりながらも訥々と暁に説教を始める西岡。

 暁は暁で、半分以上それを聞き流しながら、トーストのお代わりをメアリーに要求。

 ある程度予想はできていたのか、メアリーは笑顔で焼きたてのトーストを暁に手渡す。

 和やかな雰囲気で、警備隊詰所の朝はゆっくりとすぎていく。

 と、そこに一人の元気な少年の声が響き渡った。


「すみません! 新上暁さんがいる警備隊詰所は、ここでよろしいですか!?」

「む? 今そちらに行く! 少し待て!」

「んあ? この声は……」


 聞こえてきた声に、西岡が返事をして席を立つ。

 トーストを咥えながら、暁はその声の主が誰なのか当たりをつける。

 が、席を立つことなく、朝食の残りを片付け続ける。

 メアリーもしばらく考え、声の主に思い当たりがあったのか、暁の肩をつつく。


「アカツキさん……今の声、ひょっとして……」

「たぶん啓太の奴だな。でもまあ、西岡のおっさんが応対してくれてるんだし」

「ですけど――」

「先輩! 無事ですか!?」


 メアリーが先の言葉を口にするより先に、詰所の中に啓太が入り込んでくる。

 その後ろからリリィ、そして西岡が続く。


「落ち着かんか! ……暁。この子は、お前の後輩か?」

「ん? ああ、そうだよ。おっさんは知らなかったっけ?」

「見るのは初めてだな……」

「あ、すいません! 古金啓太と言います!」


 啓太は慌てたように振り返り、西岡に頭を下げる。

 西岡は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに笑顔になって啓太に返事をした。


「……あ、ああ。警備隊の西岡だ。よろしくな、古金君」

「……なんか間がありましたね……」


 不自然な間に、啓太が不審そうな表情で彼を見上げる。

 ちなみに今日の啓太は制服ではなく、フード付のジャンパーにハーフパンツという私服姿だ。見様によっては、ボーイッシュな少女に見えなくもない。

 ゴシックなドレスに身を包んだリリィが休憩室を覗き込み、メアリーの存在に気が付く。


「メアリーさん!? どうしたんですか、こんなところで!?」

「……私も、アカツキさんのお手伝いをしようかと思ってたんだけれど……結局お役に立てなくて」


 リリィの質問に、メアリーはわずかに言い籠り、それから恥ずかしそうに微笑んだ。


「ですから、少しだけでもお役にたてれば……と。結局、西岡さんにお金を支払ってもらいましたけれど」

「子供に食事代を出させる大人はおらんよ。作ってくれるだけで十分すぎる」


 メアリーの言葉に、やや呆れたような表情になりながら、西岡は頷く。

 そんなメアリーの様子を我関せずと無視し、暁は牛乳を飲み干し、げっぷを上げる。


「げふぅ」

「……はしたないですよ、先輩」


 そんな暁の態度を啓太は諌めるが、それすら無視して暁は席を立った。

 そのまま洗面所の方に向かいながら、西岡の方に声をかける。


「おっさん、予備の歯ブラシ借りるぞー」

「いかんと言っても勝手に使うんだろう……好きにしろ」


 そのまま洗面所に消える暁の背中に声を投げかけつつ、西岡はため息をつく。

 啓太はいつも通りの暁の姿に安堵しつつ、それでも彼の横柄さに口をとがらせた。


「先輩ってば……警備隊の人にまで、あんな口の聞き方はしなくてもいいのに」

「ああ、かまわんかまわん。言ったところで、直す様な手合いではない。ただまあ、あれでそれなりに礼儀は知ってる男だよ」

「礼儀を……ですか……?」


 西岡の言葉が信じられないというように、リリィは眉根を顰める。

 暁の消えた洗面所と、西岡の顔を見比べながら、正直に口にした。


「……どう見ても、そんな風には見えません。年輩の方に対する口のきき方がなってませんし……」

「その通りだな。君の言うとおりだ」


 フンスと憤慨するように鼻を鳴らすリリィの頭を、西岡は優しく撫でる。

 怒りを宥めるような優しい手つきに、リリィがくすぐったそうな声を上げた。


「ん……」

「口調はなってないし、態度も悪い……社会に出ても、まともに暮らしていけるか不安になるレベルだな」

「……ですよね。なら……」


 先ほどの言葉を不思議に思っているのか、リリィが西岡を見上げる。

 リリィの視線を受け、西岡は苦笑する。


「わかっていて、態度を崩しているのさ。少なくとも、俺や君たちに対しては遠慮をする必要はないと考えているんだろう」

「少し遠慮してほしいです、僕は」


 遠い眼差しでどこかを見つめる啓太。

 そのまま、ぼそぼそと不平不満を口にする。


「僕の写真やら音声やら久遠先輩に売りつけるし。昨日みたいなことに遠慮なく巻き込むし……。ああいうのがなければ、素直に尊敬できる先輩なんですけど」

「大丈夫です! いずれ、私が異能騎士団の名においてアラガミ・アカツキを必ず成敗してみせます」

「ハハハ、勇ましいことだな」


 リリィがフンと鼻を鳴らしながら宣言すると、西岡が愉快そうに笑った。


「なら、暁の矯正は君にまかせるとしよう。無事、暁のことを真人間に直してやってくれ」

「任せてください、ニシオカさん! 必ずや、アラガミ・アカツキをまともに矯正してみせます」

「誰がなんだって?」


 リリィの宣言とともに、暁が洗面所から顔を出す。

 同時にリリィが駆けだした。


「ではアラガミ・アカツキ! 真人間に戻るために、まずは私が対人関係の礼儀というものを」

「テメェに教わる礼儀なんぞないわ」

「ムギュ!」


 リリィをあしらうように、その顔面に手のひらを押し付ける暁。

 その扱いがきわめて不満なのか、リリィが手を振り回して抗議し始める。

 二人のそんなやり取りを微笑ましそうに眺めながら、西岡が啓太へと声をかけた。


「……遠慮のない相手がいるってのは、幸せなことだ」

「え?」

「特に、暁のような人間にとってはな」


 しまいにはリリィの鼻をつまんで引っ張り始める暁の姿を、優しげに見つめながら西岡は続ける。


「だからまあ、君も遠慮なんかしてやるな。互いに、気の置けない関係ってやつを、暁と築いてやってくれ」

「……はい、わかりました」


 西岡の言葉に頷きながら、啓太は暁へと近づいてゆく。


「――ほら、先輩! リリィでいつまでも遊んでないで、行きましょう!」


 まずは、目の前で涙目になっている同級生を助けるために。

 西岡の言葉を実践するのは……それからでも遅くないだろう。




 一夜明けての日常風景。まあ、何もなかったんですけどね!

 こんな感じの話が、しばらく続いていくと……思われます。タブンネ!

 以下次回ー。


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