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Scene.11「……潰れろ」

 サイコキネシス、またはテレキネシス、日本語で念力と呼ばれる力。

 原種亜種含め、最も数多く確認されている異能の一つである。異能と言えば、まずサイコキネシスを思い浮かべる人もいるほどだ。

 分類はゲンショウ型。意志の力だけで物体を動かす力と定義されていたが、異能科学の発展した現代においては、無形の衝撃波や何らかの力場などもサイコキネシストして定義されることがある……というよりは、分類に困った場合、何らかの破壊現象や物体の移動現象をサイコキネシスと定義することが多いというべきか。異能者が増えたことで、その定義がひどく曖昧になってしまった、稀有な異能と言える。

 そして、種類と数が増えてしまったがために、弊害が生まれてしまった異能でもある。

 すなわち……研究が進み、対サイコキネシス用の戦術というのが生み出されてしまったのだ。

 数ある異能の中で、最もわかりやすく、かつ汎用性も高い異能であるため、軍においても利用価値が高いとされ、早期から軍事利用のための研究が繰り返されていた。

 その過程で、サイコキネシスの利便性、そして不便性というものが発見されたのだ。

 例えば、サイコキネシスの力量法則と呼ばれるものが存在する。

 サイコキネシスのパワーと操作性の間にはシーソーゲームのようなパワーバランスが存在するとされる法則で、サイコキネシスのパワーが高ければ高いほど緻密な操作が不可能となり、針に糸を通すような緻密な操作が可能なほどパワーが低くなるという法則だ。

 すなわち車一台を破壊するパワーと精密な動作というのは、サイコキネシスにおいては相反する関係と言える。

 事実、世界最強と呼ばれる第一世代のサイコキネシスとは、都市一つを一撃で押しつぶすパワーを有するが、人間の子供一人を念力で抱え上げることはできない。力が強すぎるせいで、子供を潰さずに力を振るうことができないのだ。

 だが。


「……」

「とっとと終わらせようぜ。早く帰って寝たいんだ」


 軽く首を鳴らしながら、暁は泥棒へと近づいていく。

 そんな暁に向けて、泥棒の前に出た男たちはマシンガンを発砲する。

 耳をつんざくような銃声とともに、無数の弾丸が暁へと殺到する。

 だが、その弾丸は一発も暁の体へとめり込むことはなかった。


「弾代だって安くねぇだろ? 無駄は省こうぜ、お互いによ」


 マシンガンの弾は、暁の目の前でピタリと停止していた。

 壁に衝突した……というよりは目に見えない手に摘ままれたという感じだ。

 マシンガンの銃声はしばらく続いたが、やがてその弾倉の中を撃ち尽くしてしまう。

 男たちがマシンガンの銃弾を撃ち尽くすのを待っていたかのように、暁の前で停止していた銃弾が地面へと落下する。

 ジャラァ、と雨音を連想させる銃弾の落下音が辺りに響き渡った。

 銃を撃ち尽くされるまで待っていた暁は、銃弾を踏みつぶしながら歩みを進めた。

 地面と銃弾の擦れる耳障りな音が、静かな夜の倉庫街に響き渡った。


「……これほど、とは」


 戦慄と共に、泥棒は小さく溢す。

 サイコキネシスの力場で弾丸を受け止める。サイコキネシスを持っていればできそうなようだが、これを実行できたものは公式にはほとんどいない。それは何故か。

 銃器は質量兵器である。受け止めねばならないエネルギーは、火薬の爆発によって生まれる運動エネルギー、そして銃弾そのものが生み出す質量エネルギーの二つ。この二つのエネルギーが存在するため、取るに足らない程度の大きさしか存在しない小さな鉛玉が、人間を十分に殺傷し得る兵器たらしめている。

 これを防ごうとサイコキネシスによる力場の壁を生み出しても、平均的な第二世代程度では、実体なき念力場は鉛玉を押し止めることができず、サイコキネシスで弾丸を受け止めようにもそれだけの精密さを持つサイコキネシスにはパワーが足りないとされる。

 公式のパフォーマンスで銃弾を受け止めたのは、都市を潰せる第一世代のサイコキネシスとだけだ。圧倒的な力場は、貫通力に優れたスナイパーライフルさえ通さなかった。

 だが、暁は平然と、しかも数十発に相当するマシンガンの弾丸を受け止めて見せた。


「話に聞いていた以上か……! おい!」


 泥棒はジリジリと後退しながら、マシンガンのマガジンを交換している男たちのうち一人に指示を出す。

 泥棒の言葉に、指示された男は手にしたマシンガンを捨て、大振りのナイフを取り出す。

 黒く塗りつぶされた刃は光を吸い込み、月明かりくらいしか頼りのない倉庫街ではほとんど視認できない。

 男は、ナイフを片手に暁へと仕掛ける。

 無言のまま逆手に握ったナイフを振り上げ、暁へと突き立てようとする。


「邪魔だ」


 しかし、暁の言葉と同時に男の姿は高速で真横にずれた。そして、すぐそばにあったコンテナに半身をめり込ませる。

 分厚い鉄板のへこむ音と共に、男の体がビクンと震え、そのまま力なく手が垂れ下がった。血は出ていない。気絶だけしているように見えるが、とても無事には見えなかった。


「やはり、力量法則を無視するか……!」

「力量法則? ああ」


 男の悔しそうな言葉に、暁は頷き、そしてため息をついた。


「よく言われてるけどよ。何が悲しくてそんなもんに縛られにゃならねぇんだ?」

「………」


 無言で少しずつ後退する男へ歩み寄りながら、唾棄するように暁は呟いた。


「くだらねぇ。そんなとこで足踏みしてるようじゃ、いつまでたってもあの馬鹿にゃ勝てねぇっつんだ。今でさえ、勝ちの目がねぇんだぞ? 信じられるかよ? えぇ?」


 言いながら、暁はすぐそばのコンテナに手を触れる。

 ゴトン、と小さな音が響く。


「こういうこともできるのによぉ?」


 言いながら、暁はコンテナを持ち上げた。

 コンテナは、普通のもので、中身が詰まっていれば四トン近い重さを誇る。

 タカアマノハラにやってくる貨物は、一般のものと比べて小さいが、それでも三トンはくだらないだろう。

 そんなものを、暁は片手で、何の支えもなく持ち上げる。


「ホレ、いくぞ。しっかり避けろ?」


 そう言って、暁は軽い動作で持ち上げたコンテナを投げつける。

 コンテナはフワリと、まるで空箱か何かのような軌道を描きながら、男たちの元へと落下する。


「「「うおぉぉぉ!!??」」」


 悲鳴と共に、急いで回避行動をとる男たち。コンテナの軌道上から飛び退く。

 コンテナが地面に落着すると、とんでもない金属音と共にコンテナがはじけ飛び、周辺にいたと中身を撒き散らす。

 飛びのいた男たちの上に、コンテナを構成していた分厚い鉄の板が伸し掛かった。


「「「!?!?!?」」」


 声を上げる間もなく、男たちはコンテナの板に押しつぶされた。

 暁はそのまま歩いていき、コンテナの中身を手に取った。


「……ふむ、ポテチか」


 コンテナの中身はお菓子だった。ごく一般的なスナック菓子が詰め込まれていたらしい。

 暁は自然な動作でスナック菓子の袋を開け、中のお菓子をつまんで口に放り込む。

 サクサクといい音をさせる暁は、コンテナが散乱した後を乗り越え、念でコンテナ板の下敷きになった男たちを引きずり出してやる。

 ズルリと音を立てながら引きずり出された男たちに傷らしい傷は見受けられず、ただ気絶しているだけのようだった。

 その結果に満足した暁だったが、すぐに気が付く。

 研究所から逃げ出した泥棒が見当たらない。


「んー?」


 スナック菓子をボリボリと貪りながら暁は周囲を見回す。

 いつの間にやら倉庫街の端の方までやってきていたらしく、道の切れ目から向こうはもう海だ。

 モーター音を響かせながら、一台のボートが海上を走っているのが、ここからでも見えた。


「……って、あれかぁ」


 一拍置いてから、暁はあのボートの上に泥棒がいると推察した。

 どうやら、暁がコンテナを持ち上げている間に、離脱したらしい。タカアマノハラと水面の間には結構な距離があったが、逃げ出す準備はしていたということか。

 もうかなりの距離を稼がれてしまった。そもそも暁に、海の上を走るボートを追いかける方法はない。


「ああ、めんどくせぇなぁ……」


 暁は呟きながら、掌をボートの方に向ける。

 しばし沈黙。


「……潰れろ」


 小さく暁が呟くのと同時に、ボートが水煙を上げて破壊された。

 暁に、海の上を走るボートを追いかける方法はない。

 そもそも……追いかける必要がないのだから。

 水煙が静かに収まるのを、スナック菓子を頬張りながら眺めていた暁は、少ししてから背後へと鋭い視線を投げつけた。


「……で、いつまでそんな風に隠れてるつもりだ?」

「……!」


 暁の視線の先で、微かに影が揺れる。

 やがて観念したように、影が……学校で別れたはずのメアリー・ストーンが姿を現した。


「悪いが、お前の分の報酬は交渉してねぇぞ。出てくる気配がなかったからな」

「それは別にかまいません。……ひょっとして、初めから気づいてました?」

「ああ」


 暁が頷くのを見て、メアリーは大きく肩を落とした。


「すいません、アカツキさん……。今回の一件、私の方には情報が入っていたのですけれど……なるべく内密に解決せよという団長の指示と、思っていた以上に相手の動きが早かったのとで、貴方のお手を煩わせてしまいました……」

「気にすんな。おかげで飯の種が増える」


 恐縮するメアリーだが、暁は鷹揚にそう言いながらスナック菓子を頬張る。

 そんな暁の姿を見て、メアリーは申し訳なさそうに続ける。


「ですが……結局盗まれた情報は……」

「あ? ああ、情報ね」


 暁はボリボリとスナックを租借しながら、上を見る。


「?」


 メアリーは暁の視線を追い、上を見上げた。

 すると、上から。


「……ぁぁぁぁぁあああ!!??」


 すごい勢いでびしょ濡れの男が降ってきた。

 男の体は、ぶちまかれた菓子袋の上に着地する。

 衝撃で袋が破け、中身が飛び散る。


「きゃっ!?」


 突然の出来事に、メアリーは顔を庇う。

 お菓子の散乱が収まるのを待ってから、恐る恐る落ちてきた男の姿を確認する。

 男は胸に鞄を抱え、濡れた服が冷えるのかガタガタ震えている。

 覆面のせいで容姿は分からないが……。


「……アカツキさん、この男」

「ああ、さっきの泥棒」


 袋の底に残ったカスまで口の中に放り込みながら、暁は頷く。

 軽く言ってのける暁に、メアリーは驚愕した。


「まさか……ボートの撃破とこの男の救出を同時に?」

「ああ」

「すごい……」


 メアリーは感嘆の吐息を漏らす。

 まだ無事な菓子がないか、震える男の周りを探す暁を見ながら。


「これが……我流念動拳の力というわけですか」

「まあな」


 まだ無事な菓子を拾い、にやりと笑いながら暁は頷く。


「……もっとも、細かく言えばさっきのは我流念動拳じゃねぇんだがな……」

「……え?」

「なんでもねぇよ。それよりメアリー」


 暁は新しいお菓子の袋を開けながら、メアリーに差し出した。


「食うか? せっかく来て、手ぶらで帰るのもアレだろ」

「……いえ、遠慮しておきますね」


 暁の手に持ったお菓子が、元々は輸送されてきたコンテナの中のものであることを考え、メアリーは暁の誘いを断った。






 数時間後。

 泥棒一味と捕まえたのはともかく、破損したコンテナの中身を食うとは何事だ、と警備隊長に説教される暁の姿が目撃されたそうな。




 しまりのねぇ……。

 さしあたり、これが暁の実力でしょうか。銃で武装した程度では勝てません。戦車かミサイル持って来い。

 それでは以下次回ー。

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