Scene.10「今回の、標的ですね!!」
「で、でも! 犯人たちがどこから出てくるのかわからないんじゃ……!」
暁の背中を追いながら、リリィは懸念を口にする。
逃走を図る犯人を捕まえるのが彼らの仕事だが、その犯人を確実に捕捉する手段がなければ元も子もない。
リリィの心配を聞きながら、啓太は焦らず暁の背中を追った。
「大丈夫! 先輩の事だから……!」
暁は一切の迷いなく研究所の外周を回り、そして二メートルほどの高さの柵を跳躍で乗り越える。
柵に手をかけたのではなく、ぴょんと一っ跳びで乗り越えてしまった。
「ふえぇ!?」
いきなりの暁の行動に度肝抜かれるリリィ。
彼女は自分が持つ傘と柵とを見比べ、意を決したように傘を下に向ける。
だが、余計なことはしなくて良かった。
「リリィ! こっち!」
「え!?」
呼ばわる声に振り向けば、啓太が中空に足をかけているところだった。
いや、正確には彼の異能、切られた札によって操られたトランプの上に載っているのだ。
階段状に配置されたトランプに乗って柵を越えていく啓太を見て、慌ててリリィもトランプを踏んで柵を越える。
スカートを押さえながら飛び降りたリリィを確認し、啓太はトランプを回収。再び暁を追いかける。
だが、さほど時間もかからず暁の姿は確認できた。
ちょうど、窓を乗り越えて研究所から出てきた不審者二名と相対しているところだったのだ。
全身を黒い衣服と、何らかの装備を身に付けていて、顔は完全に覆面で覆われていた。
「あれが……!」
「今回の、標的ですね!!」
その姿に啓太は少し戦慄し、リリィは興奮したように傘を構える。
そして小さく息を吸い込み、大きな声で叫んだ。
「突撃する槍傘ッ!!」
リリィの声に反応するように、傘の表面に三角錐状の念動力場が発生し、さながら突撃槍の様相を呈する。
「リ、リリィ!? いきなり危ないよ!」
「大丈夫! ケイタさんはそこで見ていてください!――ヤァァァァァ!!」
身の安全を心配してくれたらしい啓太の言葉に、リリィは力強い笑顔と共にそう返す。
そして、勇ましい掛け声とともに、一気に駆け出していった。
「いや、加減しないと犯人の方が危ないんじゃ……」
だが、啓太は別のことを心配していた。
リリィの異能、突撃する槍傘。傘を媒体に、突撃槍のような力場を展開する異能だ。
昼間、訓練場で見せたように、小石すら触れただけで粉砕するような異能、そうやすやすと人体に対して用いていいものだろうか、というのが啓太の懸念だ。
建前とはいえ、対象を無傷で捕縛するのが今回の依頼の条件だ。
「ちゃんと手加減できるのかな……?」
首をかしげながら、啓太もまたリリィを追って駆け出す。
無理やりとはいえ、ここまで着いてきてしまったのだ。何かの役に立たねば、何のために着いてきたのかわからなくなってしまう。
とはいえ、敬愛する先輩と、勇ましい同級生が一緒で、わずかに啓太の気が緩む。
そんな彼を、叱咤するように鋭い暁の声が響き渡った。
「古金ぇ!! 防御っ!!」
「え!? はい!!」
暁の声に、反射的に啓太はトランプをばらまく。
宙を舞うトランプはひらひらと舞い散り。
バシッ!
と鈍い音を立てて、穴が開いた。
ギョッとした啓太が前を見ると、二人組の男の片割れがこちらに向けて片手を差し向けていた。
その手には、何か金属の塊が握られている。具体的にはサプレッサー付の拳銃。
「ヒィ!? ホントに拳銃がでたぁ!!」
「ケイタさんを狙うとは……! 卑怯千万です!!」
突撃していたリリィは、慌てて傘を広げて啓太の前へと立つ。
「大丈夫です、ケイタさん!! この突撃する槍傘、こうして広げれば、拳銃程度決して通さぬ防御力なのです!!」
「い、いやそれよりきちんと前見て、リリィ!!」
後ろを向いて、啓太を安心させるように微笑むリリィに、慌てて啓太は前を見るように指を差す。
同時にザッ、という鋭い足音がリリィの耳に届いた。
「え?」
リリィが振り返った瞬間、大振りのナイフを構えた覆面の男が彼女の目の前に立っていた。
「キャッ!?」
慌ててリリィは盾のように構えていた傘をあげようとするが、それよりも男がナイフを振り下ろす方が速い。
リリィの顔面にナイフが突き刺さる。そう見えた瞬間。
キィン!
鋭い音を立てて、ナイフとリリィの間に一枚のトランプが飛んできた。
スペードのジャック。リリィがその絵柄を認識すると同時に。
「リリィ、下がって!!」
啓太がそう叫びながら近づいてくる。
その声に、何とかリリィが後ろへと下がって逃げる。
覆面の男は遮られたナイフから手を離し、別の武器を取り出そうとする。
だが、それよりも先に啓太の腕が動く。
「させない!!」
鋭く振るわれた腕から放たれた数枚のトランプは、まっすぐに男の元へと飛んでいく。
男は取り出したナイフでトランプを叩き落とそうとするが。
「弾けろぉ!!」
それよりも先に、啓太がトランプに念を送る。
瞬間、トランプを中心に念動力場が拡散。放たれた念は衝撃波となり、男の全身を強かに打ち据えた。
たまらず地面を転げる男。リリィは、そんな男の姿を見て素早く転身し。
「ヤッ!」
男が態勢を整える前に、傘を鳩尾に突き入れた。
急所を打ち据えられた男は一瞬息を詰まらせ、そのまま気を失ってしまった。
「……フゥ。ケイタさん、ありがとうございます」
「いや、リリィもかっこよかったよ!」
「そ、そうですか?」
かっこいいと、女の子には不似合いな評価を得られ、しかし嬉しそうに笑うリリィ。
だが、今はそんな状況じゃないということを思いだし、ハッとなってもう一人の男の姿を探した。
「……って、まだ拳銃を持ってる男がいるんでした! ケイタさん、油断なさらないよう……!」
「いや、そっちは多分先輩が……」
そう言いながら、啓太は暁と拳銃を持った男の姿を探す。
周辺には、リリィに気絶させられた男以外に人の姿は見られなかった。
どうやら、盗み出された情報は、拳銃の男が持って行ったようだ。
「どこにもいない……!? 逃げられてしまいましたか!?」
「先輩もいないから、多分先輩が追いかけてくれてるんだと思うんだけど……」
啓太は携帯電話を取り出す。
電話帳から暁の番号を取出し、電話をかける。
「? もし追跡しているなら、電話なんて出てくれないと思いますけど」
「いや、先輩せこいから、電気代がもったいないって言って1,2コールで必ず出てくれるんだ」
「どれだけ卑しいんですか……」
果たして、暁は2コールで、啓太の電話に出た。
「あ、先輩!? 僕です、啓太です!」
『おう、古金か』
暁はいつもと変わらない、やる気のない声で啓太に応える。
電話口からも、暁が走っているような、慌ただしい音は特に聞こえてこない。
どうやらもう向こうは終わったようだと安心し、啓太はホッと息をつきながら話を続ける。
「よかった、無事なんですね……。先輩、今どこにいるんですか? 迎えに行きますから、場所を――」
『いい、いい。ガキじゃあるまいし、迎えなんかいらねぇよ』
暁はそう言って、苦笑する気配を見せた。
拳銃などに相対した啓太としては、暁に傍にいてもらった方が安心できるのだが、それを口にするのはいささか恥ずかしい。
啓太は曖昧に頷いた。
「そ、そうですか……? それならいいですけど」
『それより古金。そのまま研究所にいてもらって構わんか?』
そんな心細い啓太の心境などお構いなしに、暁はそんなことを口にした。
「このまま、ですか?」
『ああ。そのうち、委員会の警備が来るだろうしな。そっちで捕まえた男を引き渡しておいてくれ』
「はい、わかりました」
学生が研究所に侵入した泥棒を捕まえるような街だが、タカアマノハラにも一応警備会社は存在する。
存在するのだが、雇い主である委員会の指示で基本的に街に住む学生たちを守ることに従事している。
研究のデータよりも、異能者である学生たちの方が保護の優先度が高いという委員会の意向なのだが、こうしてその学生が危険にさらされている時点で何か間違っていると、啓太は思う。
思うが、口にしたところで状況が覆るわけでもない。啓太は暁の言葉に頷いておく。
「それで、先輩は?」
『俺はこっちの方片づけてから適当に夜を明かすわ。お前らも、警備の連中に引き渡しが終わったら、帰っていいぞ』
「はい、わかりました」
『じゃあ、電池がギリだからそろそろ切るな』
「はい、それじゃあ――」
『ああ、そうだ』
そう言って電話を切ろうとする啓太に、暁が何かを思い出したようにこう口にした。
『リリィの送り狼になるんなら、先に言っといてくれ。美咲の奴に連絡して、その光景を』
「そんなことしませんよ!! また明日ぁ!!」
ろくでもない暁の言葉に怒声を上げながら、啓太は携帯電話をへし折るように、暁との通話を断絶する。
顔を赤くしながら息を荒げる啓太の姿にびっくりしたのか、リリィがおずおずと啓太に近づいた。
「ケ、ケイタさん……? どうかしたんですか……?」
「ハァー……ハァー……あ。う、ううん。なんでもないよ、リリィ。ハハ……」
ごまかすように手を振りながら、啓太は何とか笑って見せる。
「先輩はやっぱりさっきの男を追ってて、もう片付いたみたい。僕たちはこのまま、委員会の警備の人が来るまで待って、この男を引き渡せばいいって」
「? そうですか……わかりました」
リリィはしばらく啓太を不思議そうに見つめていたが、すぐに視線を逸らして、まだ気絶している男の方を見る。
「さて……じゃあ、この男を拘束してしまいましょうか」
「うん。そうだね」
啓太はそう言いながら、トランプを取り出す。
自らの異能で男を拘束しながらも、啓太の中には一抹の不安が残っていた。
それは、先ほどの暁との会話に起因するものだ。
(先輩……こっちを片付けてから、って言ってた……。つまり、まだ向こうの問題は片付いていない……?)
そう考えながらも、啓太は自分の考えを否定する。
相手は拳銃で武装しただけの、逃走犯だ。
いつもの暁であれば、それこそ片手間で拿捕できる程度でしかない。
だから、向こうの犯人をこれから警備に引き渡すということなのだろう。
自らそう結論付け、啓太はリリィと共に警備の到着を待った。
心の中に湧き上がる不安に、蓋をして。
タカアマノハラの端には、大量のコンテナが積まれた、倉庫街が存在する。
いまだ発展途上なタカアマノハラを開発するための物資が集められた場所であり、場所の性質上多量の死角が存在する場所である。
暁は、泥棒を追ってここまで来た。そして、啓太からの連絡が来たのだ。
ピッ、と音を立てて携帯電話の通話が途絶える。
暁はバッテリーの残りがほとんどないことに舌打ちをして、電源を切る。
いささかやんちゃしすぎただろうか。これではもう啓太に連絡はできまい。
まあ、今日はもう連絡することもないだろうが。
「……さて。こっちの用事は終わったわけだが……」
暁はそう呟きながら、顔を上げる。
「……で、まだ続けるのか?」
そうして暁が問いかけるのは、先ほど研究所から出てきた泥棒の片割れ。
覆面で表情はうかがえないが、その瞳には微かに恐怖が浮かんでいた。
彼の視線の先には、暁がいて。
「く……!?」
さらにその先には、大勢の人間が倒れ伏しているのが見えた。
地面に倒れ伏している者。その上に折り重なっている者。果てはコンテナに突き刺さっている者……。
死屍累々という言葉がピタリとあてはまる、惨憺たる光景であった。
暁の言葉に、男がわずかに後退する。彼を守るようにその両脇を固める者も、一緒に。
男が逃げようとしている先から、何人かワラワラとまた覆面の男が現れる。
「……まだ来るのかよ。いくらのしても金にならねぇからやめてくれよ」
つまらなさそうにため息をついた暁は、軽く拳を握りしめる。
そんな彼の前で、男たちは手に持ったマシンガンをガチャリと構えた――。
次回、暁無双はじまるよー。
まあ、無双言うほど派手じゃないですけど。
以下次回ー。