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Scene.Last「異界学園への生徒会への入会を希望いたします」

 タカアマノハラに突然現れた侵入者から、端を発する騒動が幕を下ろした。

 あとで放送されたニュース曰く、テレズマ事件と呼ばれることになるかの事件は、一応の終結を見た。

 事件が終わった直後、タカアマノハラ総合病院へと担ぎ込まれた暁は、精密検査も兼ねて、二週間の入院生活を余儀なくされていた。


「はぁ……」


 つまらなさそうに、病院の中を散歩する暁の右腕は、白い包帯でがっちり固定されていた。

 空間に対する干渉を繰り返した暁の右腕は、案の定というべきか、右腕全体に細かいひびが入るという、通常ではありえない骨折の仕方をしていた。

 幸いというべきか、きっちり固定さえしていればそれ以上ひどくなることはないとのことであったが、それがより入院生活を退屈なものとさせていた。

 右腕以外に異常はないのだ。ほぼ健康なまま病院の中に居続けるのは、苦痛というよりほかないだろう。

 暁はそのまま、病院の中庭に出る。

 明るい日の光が常に入り込むように設計されており、入院患者に人気の憩いの場の一つだ。

 天頂に差し掛かろうかというほどに上った太陽の光に目を瞬かせながら、空を見上げる暁に、声をかける者たちがいた。


「せんぱーい!」

「ん? ああ、古金か」


 聞こえてきた声に振り返ると、啓太やリリィをはじめとする、生徒会の面々がこちらに向かって歩いてくるところであった。

 手にコンビニの買い物袋を持っているあたり、見舞に来てくれたのだろう。


「会長たちまで……暇なのか?」

「そりゃ、暇だよ。駿君たちの騒ぎのおかげで、異界学園は休校扱いだからね。やることと言えば、こうして退屈な入院生活を送る友人たちを冷やかしに来ることくらいだよ」

「そいつはありがてぇ話だな」


 暁は皮肉げな笑みを浮かべ、肩を竦める。


「入院と言っても、あくまで大事を取って……だがな。半分くらいは、まだ寝てる駿の監視役だ」

「ああ、やっぱりまだ起きてないんですね」


 暁の言葉に、美咲が特別病棟と呼ばれる方を見やる。

 一般的には、特殊な症例を持つ患者が入院している場所とされているが、このタカアマノハラにおいてはほぼ駿と光葉の専用病棟となっている。

 異能を暴走させた結果、意識を取り戻さない二人を隔離しておくための場所だ。最新の設備を整え、意識のないものでもしっかり生きていられるよう作られている。


「最愛の人を目の前で連れ去られ、次に目が覚めた時には白いベッドの上……ってのはどういう気分なんですかねぇ?」

「わからない……。そばに、光葉さんがいるのが、せめてもの救い……かな……」


 美咲の独白に、つぼみも小さく呟く。

 駿と共に発見された光葉も、駿と同じ病室に隔離されている。

 暁が見た時点では、相当な肌が焼けただれていたはずであったが、発見された時には全ての火傷が治っていた。おそらく、駿が火傷を焼いて治したのだろう。意識はなくとも、光葉の身を守ろうとする駿の執念が為せる業といったところか。


「ほとんど自業自得だろ。気にしてやるな」

「彼にとっても、その方が楽だろうしね……」


 暁は小さく肩を竦め、会長もまた瞑目する。

 どことなくよくない空気が広がっていく中、それを払しょくしようとリリィは慌てて声を上げる。


「そ、それにしても! ……メアリーさんは、無事なのでしょうか……」

「そうだね……。あれから、結局姿、見ないし」


 リリィの言葉に、啓太も素直にメアリーの安否を気遣う。

 彼らにとって、メアリーはまだ学校の先輩なのだろう。


「……あの一件で、誰も攫われなかった保証はねぇ。今は、委員会の公式発表を待つだけだろう」

「そうですね……」


 暁がそう口にすると、啓太も素直に頷く。

 委員会が異界学園を休校扱いにしているのは、タカアマノハラの復旧以外にも学生たちの安否を確認するという理由があるためだ。

 あの事件でまず狙われたのは駿と光葉だが、それ以外の学生が狙われていないという保証はない。今のところ、委員会から誰かがいなくなっているという話は公表されていないため、安心と言えば安心なのだが……。


(メアリーの奴は……このまま行方不明扱いかね)


 暁はそんなことを思う。

 テレズマの会のスパイとして、タカアマノハラに潜入してきたメアリー。研三に聞いたところによると、手続き自体は正規のものであったという。

 彼女の手によって流出した情報は少なくないだろうが……肝心の下手人は暁の目の前で灰へと還った。

 このまま黙っていれば、少なくとも表向きは行方不明者として処理されるだろう。……目の前の後輩たちは納得しないだろうが。

 と、会長が啓太とリリィの肩を抱きながら、ゆっくりと口を開いた。


「……なに、大丈夫さ。メアリー君が、自分でここに戻ってくる日を祈ろうじゃないか」

「……そうですね」

「……?」


 会長の言葉に、リリィは頷き、啓太はその言い回しに微かな不審を覚えて首を傾げる。

 その後、会長はゆっくりと暁へと流し目をくれた。

 会長は、薄々感づいているのかもしれない。

 暁は肩を竦めてそれに答えた。


「む? 何やら会長と暁さんの間で密約が交わされた気配が」

「さてね? 気のせいだよ、きっと」


 人の視線に敏感な美咲が目ざとく二人のやりとりに気が付くが、会長は笑ってごまかす。

 暁はそれには答えず、そのまま中庭のベンチに腰掛ける。

 と、その時だ。


 ゴォォォン!!


 けたたましい音共に、土煙が舞い上がる。だが、不思議なことに揺れはほとんどなかった。

 何とも器用な襲撃者の来訪に、暁は顔をしかめた。


「な!? なんですか一体!?」


 啓太はいきなりの出来事に声を上げ、リリィは目を丸くする。

 他の生徒会の面々も驚愕に顔を染める中、土煙の中から現れたのは、花束と紅茶を一缶分抱えたフレイヤ・レッドグレイブであった。

 白衣の様なものを身に纏った彼女は、朗らかに暁に声をかけた。


「Hello、アラガミ・アカツキ! お加減はいかがかしら?」

「たった今古傷が疼き始めたところだよ。これから集中治療室行きだ」

「あら、つれないのね。遠路はるばる、わざわざ英国からお見舞いに来てあげたというのに」

「そう言うセリフは、きちんと正規のルートを通る奴が使うんだよ、領空侵犯女」


 自らのサイコキネシスに乗って一瞬で英国から降り立ったフレイヤに毒づく暁。

 フレイヤはそんな暁の言葉を、むしろ楽しそうに受け取りながら、リリィに紅茶の缶を手渡した。


「はい、リリィ。あなたの大好きな、アップルの茶葉よ。こっちでは、なかなか手に入りにくいでしょう?」

「……あ、はい。ありがとうございます、お姉さま」


 敬愛する姉の突然の登場に、戸惑いながらもリリィは紅茶の缶を受け取る。

 フレイヤは微笑みながらリリィを愛おしそうに見つめ、それから生徒会の他の面々へと向き直った。


「初めましての方が多いわね。私はフレイヤ・レッドグレイブ。どうぞよろしくね、異界学園生徒会員の皆さん」

「いやいや、こちらこそ! かのフレイヤ・レッドグレイブにお会いできるとはね。光栄ですよ、レディ」

「ああ、はいどうも……」

「こんにちは」


 硬直からいち早く立ち直った会長が、扇子を広げて声を上げる。

 異能を発動していたのか、他の者たちもいち早く立ち直り、口々にあいさつした。


「ど、どうも、フレイヤさん……」

「この間はありがとうね、ケイタさん。おかげで、いろいろ勉強になったわ」

「い、いえ、それほどでも……」


 啓太も驚きながらフレイヤに挨拶する中、渋面のままの暁は横柄な態度でフレイヤに問いかけた。


「おい、クソアマ。俺には何もなしか?」

「あら? 病人にはお花でしょう?」


 フレイヤは笑いながら花束を暁に投げてよこす。

 危なげなく受け取った暁は、渋面をさらにしかめた。


「……食えない花とはわかってるじゃねぇか」

「ええ、もちろん。しっかりと、見て、堪能してちょうだい」


 見て、と強調するフレイヤ。暁の仏頂面を見つめるその表情は、どこまでも楽しそうだ。

 逆に面白くなさそうな顔つきの暁は、花束を肩に担ぐようにしながらフレイヤに問いかけた。


「……で? 実際ん処は何の用なんだ。俺の見舞いに来るほど、テメェは暇じゃねぇだろう」

「あら? 少ない時間を、貴方のために捧げるのは悪いことかしら?」


 そう言って、どこか艶めかしく暁を見るフレイヤ。

 そんな彼女に、暁は一言返した。


「気持ち悪い」

「………相変わらずね、ホントに」


 その暁の返しに、フレイヤは苦笑しながら肩を竦めた。


「まあ、実際は事後報告の一環かしら? 英国(こっち)でのごたごたも、一応決着がついたから、その話にね」


 その言葉に、リリィが表情を硬くする。


「……向こうは、大丈夫なのでしょうか? もちろん、姉さまがいらっしゃるのであれば何の問題もないと信じてますけれど……」

「貴女の懸念も当然ね、リリィ。自分の知らないところで、何かあることほど不安なこともないでしょう」


 フレイヤは穏やかな表情で微笑む。


「けれど、安心して。テレズマの会は、完全に検挙完了したわ。もう、彼らの息が掛かった者たちが、英国を我が物顔で歩くことはないわ」

「本当ですか!?」

「ええ。彼らに騙されていた人たちを元に戻すには、時間がかかるでしょうけれど……それでも、いずれは元に戻ってくれると信じているわ」


 フレイヤはそう言いながら、テレズマ事件の顛末を語り始める。

 そもそも導師様と呼ばれていた人物は、異能者による戦力増強をもくろんでいただろうということ。

 そのために、教授と呼ばれる人物から技術供与を受けていたらしいということ。

 教授と呼ばれる人物のおかげで、光学迷彩装置をはじめとする、テレズマの会の装備を揃えることができたようだということ。

 タカアマノハラに侵入を続けていたのは、タカアマノハラの異能者たちではなく、駿と光葉の情報を集めるためであったということを。

 あの二人を必要としたのは、テレズマの会のわかりやすい偶像を欲したのと、あの二人の異能を解析するためであると聞かされていたらしいということ。


「ハッ。研三のおっさんができないことが、その辺りのノラ教授にできるとは思えねぇがな」

「私も同感よ。それで、導師のその後だけれど……」


 暁の言葉に同意の頷きを返しつつ、フレイヤは導師の最期を語った。


「……何者かに、惨殺されていたそうよ」

「ッ」

「さっきからテメェの話が推定だらけなのはそのせいか?」

「その通りよ。この話も、生き残っていたテレズマの会の上層部の人間たちの話を元に組み立てたものよ。おそらくズレはないでしょうけれど……」


 フレイヤは残念そうに首を振った。


「それだけではなく、教授と呼ばれる人物には逃げられているの。導師を殺害したのは、逃亡先を推測させないためでしょうけれど……」

「導師とやらはともかく、教授ってのはなにが目的でテレズマの会にいたんだ?」

「その辺りは、上層部の人間にも教えてもらっていなかったそうよ。導師以外とはまったく交流を持たなかったらしくて。……ただ、供与があった技術の中には、異能覚醒に関する技術もあったそうなの」

「……研三のおっさん以外に、そんな奴がいるとはな」


 暁は目を眇め、唇を釣り上げる。


「面白くなってきやがったな。そいつら、次はどう来るつもりだ?」

「さて、ね。文字通り、痕跡を残さず消えてしまったの。教授という人物が本当にいたかどうか……それすら定かではないわ」

「そうか、残念」


 フレイヤの言葉に、暁は小さく息をつく。

 そんな彼の様子に、啓太は顔をひきつらせた。


「なんで残念なんですか先輩……」

「ここ最近退屈だったからな。駿の馬鹿の暴走は勘弁だが……それ以外は大歓迎だ」

「左様ですか……」


 凶悪な笑みを浮かべる暁を見て、美咲は処置なしというように手を上げた。


「暁さんにとって、タカアマノハラを左右するような大事件も、単なる退屈しのぎというわけですね……。私としては、そう何度も起きてもらっては困りますので、早いとこ適度な暇つぶしを見つけてほしいんですけれど……」

「フフフ、安心してミサキさん。そんなアラガミ・アカツキのための、とっておきの策があるのよ」

「ほう? それはなんですかな?」


 自信満々のフレイヤに、会長は興味深そうな顔になる。


「フフフ……」


 フレイヤはもったいぶるように笑いながら、自らの白衣に手をかけ。


「その策は……これよっ!」


 勢いよく、脱ぎ捨てた。

 そして、その下から現れたのは、異界学園の女子制服だった。


「………………おい、クソアマ。それは何だ……?」

「もちろん、私の制服よ?」


 軽くスカートを摘まみながら、くるくる回転してみせるフレイヤ。

 ぴったりとあつらえられているようで、なかなか似合っている。


「「「「「おおー」」」」」


 暁を除く生徒会面々と、先ほどの騒動に何事かと集まってきた入院患者たちが、その艶やかな姿を見て歓声を上げる。

 フレイヤは、自らの制服姿を見せつけながら、暁にニヤリと笑ってみせた。


「どう? 似合うかしら?」

「………………なんで、お前が、それを着てる……?」


 フレイヤの質問には答えず、何かに絶望したような表情で、そう問いかける暁。

 そんな暁に、フレイヤはこう答えた。


「それはもちろん、私が異界学園に留学するからよ?」

「………………………………………………………は?」

「えっ? お姉さまが!?」


 フレイヤの口から語られた衝撃の事実に、暁の開いた口は塞がらない。

 その傍らで驚くリリィの顔を見て、フレイヤは楽しそうに微笑んだ。


「ええ、そうよ。先日、英国政府と日本政府との間で決まってね。正確には、タカアマノハラに異能騎士団日本支部を建てることになったの。兼任になってしまうけれど、私がそこの団長も担うことが決定したわ。異界学園に通うのは、そのおまけ……いえ、役得という奴かしらね?」


 フレイヤはそう言いながら、会長へと向き直る。


「というわけで……フレイヤ・レッドグレイブ、異界学園への生徒会への入会を希望いたします。受理していただけるかしら?」

「もちろんだよ、レディ・レッドグレイブ。君のような第一世代を三人も有する我が異界学園生徒会は、世界でも垂涎の人材を揃えた、最高の組織だねぇ」

「やったぉ!! お姉さまと学校に通えるなんてぇ! 夢みたいです、ケイタさん!!」

「お、落ち着いてリリィ! ……ハハハ」


 会長はフレイヤの言葉を聞き、朗らかに笑う。

 リリィは敬愛する姉との学園生活を夢見て飛び上がり、啓太はそんなリリィを見て顔を綻ばせる。

 美咲もつぼみも降って沸いた突然のニュースに戸惑いながらも、リリィたちの様子に触発されて、喜んでいる。

 周りの入院患者たちも、世界に名を轟かせるフレイヤ・レッドグレイブの留学のニュースに真っ先に触れることができ、喜びに沸き立っている。

 人々の歓声に包まれるタカアマノハラ総合病院の中庭の中で、ただ一人、絶望の底に叩き込まれたような表情で項垂れる男がいた。


「……勘弁しろ、割とマジで……」


 新上暁であった。

 フレイヤ・レッドグレイブとの、学園生活を想像し。

 その間に、彼女がどれだけ自身にちょっかいをかけてくるかを想像し。

 それによって生まれる被害と、自身に降りかかる災難を想像し。


「……どうして、こうなった……」


 沸き立つ周囲は、暁の絶望の声が聞こえない。

 タカアマノハラ総合病院の中庭で始まったお祭り騒ぎは、しばらく終わりそうにはなかったという。











 日本。東京湾の洋上に浮かぶ、完全人工都市、タカアマノハラ。

 そこに存在する、ただ一つの学校、異界学園。

 その中で生活する学生たちは、今日もまた目指す。

 神へと至る、その道を。




 異界学園の日常は、今日もまた、ゆっくりとすぎてゆくのであった………。







 異界学園、完!

 そしてあとがきへ……。

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