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Scene.100「異能は人の持ちうる可能性の一つ」

 駿の暴走が、結果的に食い止められ、夜が空ける。

 一人、タカアマノハラ中央塔で書類を処理している異世研三の元に一人の男が現れた。


「失礼いたします、異世先生」

「……君か」


 顔を上げた研三の前に立っていたのは、まだ若い二十代後半程度に見える、黒いスーツ姿の男だ。

 人のよさそうな笑みを浮かべた男は、軽く頭を下げ、それから口を開いた。


「ご子息が無事に保護されたと伺いました。おめでとうございます」

「……ああ」


 男の言葉に、研三はピクリとも表情を動かさず、書類を手元に置いた。


「すべてが終わった後、家でぐっすり眠っていたようだな。新上君に発見してもらった」

「新上暁、ですな。彼のおかげである程度被害を抑えられたと伺いましたが……」

「それでも、倉庫街の一角が全焼。今回の一件に関わっていたと思われる、犯人一味の主犯格も失っている。新上君も奮闘はしてくれたが……」


 研三は緩やかに首を振る。


「それでも、少なくない被害を被っている。ここからの立て直しのために、全体のスケジュールの見直しが必要になるな」

「やはりそうなりますか……」


 男は悩むように口元に手を当て、小さく唸り声を上げる。


「皆が皆、最善のために尽くしたと信じておりますが……それでも、今回の一件で政府としては、タカアマノハラへの対応を再考せざるを得ないかもしれません」

「仕方あるまい、それは」


 研三は男の顔を見上げ、小さく頷く。


「このタカアマノハラからして、政府に無理を言って建造してもらったものだ……。派閥の是非に関わらず、不審を抱くものは少なくあるまい」

「それでも、国民たちにとっては希望の一つですよ。全世界における、異能の最先端……これは大きなアドバンテージです」


 男の励ましに、研三は目を閉じる。


「そう言ってもらえれば、研究者冥利に尽きるがね……」

「異世先生なくして、日本は今の立場を持ちえませんでした。政府も、それは理解していましょう」


 男はそう言って微笑むが、すぐに顔を歪める。


「……ただ、今回の一件で英国に対して少なからず借りを作ってしまうことになりましたが」

「元は英国から発祥した問題ではないかね?」

「ええ。ですが、向こうとしては“フレイヤ・レッドグレイブを協力させた”という事実一点があればよいのでしょうね」


 男は呆れたように、首を横に振った。


「まあ、良識派の方々のご支援のおかげで、技術流出なんかの取引は最小に抑えられそうですが……何とも頭の痛い話です」

「……すまないな。いざという時のために、あの子を止める手立ては多い方がよかったのだ」


 研三はそう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。

 英国にいるフレイヤの従者、レディからの連絡を受け取った際、研三は即座に異能騎士団への救援要請を出した。

 相手が駿たちを狙っているというのであれば、それによる被害を最小限にしたい。駿たちが奪われてしまわないようにという親心であり、このタカアマノハラを守りたいという理事長としての責任でもあった。

 結果として、英国に対して新たな交渉カードを用意してしまったわけだが、男は朗らかに微笑んで答える。


「なに、この程度では何ともありませんとも。異世先生はいつものように研究に従事してください」

「……本当に、すまない」


 研三は深々と頭を下げる。

 そうして頭を上げたときには、すでにタカアマノハラの理事長としての顔を取り戻していた。


「……それで、英国に本拠を持つ犯罪組織……テレズマの会はどうなったのかね?」


 研三の言葉に、男は小型のタブレット端末を取出し、中に納めてある関連資料のファイルを開く。


「こちらに乗り込んできていた、末端の構成員に関してはほぼ全員捕縛されていますね。サイコメトリーの異能者の子たちで尋問を執り行いたいのですが……」

「……止むをえまい。どのみち、この騒動が鎮まるまでは学園は休校になる。その間に、それぞれの子を呼んでくれ」


 研三の言葉に、男は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。そして、英国本土の拠点の方ですが……」


 別のファイルを開き、その内容を確認しながら、男は何度か頷いた。


「本拠地と思われる拠点は、すでに制圧済み。そこから得られた情報で、各地の拠点も順次制圧予定とのことです。とはいえ、英国政府からの情報ですので……」

「ある程度の隠ぺい、あるいは改竄もあり得るか。あとで、レディの方に確認しておかねばな」

「その方がよろしいかと思われます」


 男は頷き、ファイルを読み進めていく。


「テレズマの会を率いていたと思われる人物……通称、導師様に関してですが、異能者確保による自国増強をもくろんでいた、右翼議員だったようですね。自身が設立しようと考えていた異能者による軍備増強計画を、寸前のところで破たんさせられてしまったため、秘密裏にテレズマの会を設立したようです」

「であれば、テレズマの会の目的もやはり宗教としての幸福ではなく、あくまで異能者を軍事力へと転換するための実験台といったところか」

「そのようですね。嘆かわしい話です」


 男は怒りを露わにしながら、さらに別のファイルを開く。


「そして最後に……異世先生からいただきました情報である、アルマ・ディジーオという人物に関してですが」

「……どうだったかね」


 研三は、アルマ・ディジーオの名を聞き、拳を固める。

 平静そのものといったその表情の中にも、微かな険が宿るのが分かった。

 男はそんな研三の変化に気が付いていながらも、ゆっくりとファイルの中身を読み上げていく。


「……どうやら、テレズマの会の構成員ではありませんね。テレズマの会の本拠地から押収されたデータには、その男の名前は載っていませんでした。無論、直前に改竄された可能性は否定できませんが……」

「……そうか」


 研三は息を吐きだし、緊張を解く。

 昨日捕まった異能者たちの何人かは“神の祝福”という言葉を本気で唱えている者たちもいた。

 そう言った者たちの教育に、アルマが関わっているものかと研三は考えていたが……。

 思い過ごしだったか、あるいはディスクだけ提供したのか。


(いずれにせよ、油断はできまい……。こうして表に出てきたのだ。何らかの理由はあるだろう)


 目の前の男と共に、今後のタカアマノハラの再生計画を練りながら、研三は決心を固める。

 いずれ、アルマ・ディジーオとの決着をつけるために。






 英国、ロンドン。

 その郊外にある、小さな廃屋に、異能騎士団を初めとするロンドンの警察機構が勢ぞろいしていた。

 各員は一様に、その廃屋を取り囲み、中にいる人物に対する投降を促している。

 廃屋を囲む者たちの表情は、硬く険しい。いつ突発的に廃屋に踏み込み始めるか、わかったものではない。

 そんな外の様子をカーテンの隙間から見て、ひとりの男が恐怖に顔をひきつらせた。


「……何故だ。私の計画は、完璧だったはずだ……」

「だから言っただろう。本当にうまくゆくのかと」


 そんな男を見つめて、白衣を身に纏った一人の男が呟く。内装までボロボロの廃屋にはどことなく似つかわしくない、研究者のような出で立ちだ。どちらかと言えば、真っ白な無菌室にでもいる方が似合いそうである。

 男は膝の上に乗せた猫を撫でながら、呆れたような眼差しを窓際の男に投げかけた。


「重ねてきた準備とやらも、全て無駄になったな。これで私も、一からやり直しだ……」

「くっ……!」


 窓際に立っていた男は乱暴にカーテンを閉じると、白衣の男に向かって声を荒げた。


「何故……何故貴公は、そう平然としていられるのか!? すべてが水の泡と化したのだぞ!? これでは、英国を神の国として強化する計画も、すべて……!」

「元より、リスクが高すぎたのだよ。カグツチとイザナミを確保し、その異能を研究しようなどと」


 白衣の男は肩を竦める。


「異能大国である日本の完全なバックアップを受けている、あの異世研三でさえ……その全容を明らかにできていないのだ。元より、テレズマの会のような弱小組織が手を出してよい存在ではなかったということだ」

「貴公が! 貴公がそれを言うのかぁ!? アルマ・ディジーオッ!!」


 男は激高し、白衣の男……アルマ・ディジーオに不満を叩き付ける。


「貴公もまた、神の領域を目指さんとするものだろう!! 悔しくはないのか!? 自らを否定した男を、見返そうとしていたのではないのか!? だからこそ、だからこそ貴公は私に手を貸したのではないのか!?」

「無論」

「ならばっ……!」


 平然と返すアルマに詰め寄ろうとする男。

 だが、その歩みが止まる。

 足だけではない。腕も、体も、口さえも。

 何かに押し固められたように、ピタリと止められてしまった。


「ッーーー!?」

「だがな、テレズマ導師よ。同時に、私はあの男を誰よりも認めているのだよ。明らかに、脳構造に欠陥が見受けられる、カグツチにイザナミ。彼らに対し、人として接することでその異能を御すヒントを掴んで見せた、あの男を。……私であれば、殺してばらして観察して終わりだ。とてもではないが、あれらに人として接することは叶わんな」


 アルマはほぅ、と感嘆のため息を突いた。

 その中には羨望と嫉妬が等量に入り混じっている。


「異能を持って、神の存在を証明しようとしている私と違い、彼は人の存在を持って神を証明しようとしているのかもしれんな……。あくまで、異能は人の持ちうる可能性の一つ……だったかな」

「ッーッーッ!!」


 表情すら動かせず、導師と呼ばれた男はもがき苦しむ。

 と。


「もう良いだろう、教授」


 部屋の隅から、声が上がる。

 影になっているため、表情までは窺えないが、暗闇の中でも不気味に輝く金の瞳が印象的な、男だ。

 壁に背を突けもたれ掛っている男は、導師に視線を向けて、アルマに語りかける。


「包囲も狭まっている。このままでは早晩、この中に不埒者どもがなだれ込んでくるぞ?」

「そうだな……では、ここいらで引き上げるとしようか」


 アルマが立ち上がると、膝の上の猫も床に降りる。

 猫は導師を見上げて、ミャアと鳴いた。


「では、先に脱出されよ。我は後から追おう」

「すまんな。先に行かせてもらうよ」

「ッー!!」


 男の言葉に促され、アルマはそのまま部屋を出る。

 猫は呑気に毛づくろいを始め、体を押し固められた導師は動くに動けず無意味にもがく。

 哀れにさえ映る導師を見て、男は嘲りの声を上げた。


「さて……と。愚鈍な愚か者には罰を……勇敢な愚か者には土産をやらねばなるまいな……」


 ゆっくりと影から出てきた男は、まっすぐに導師へと近づいてゆく。


「――――ッ!!??」


 導師の、声なき悲鳴があたりに木霊することなく消えた。




 テレズマの会首謀者、元英国議員テレンス・ジョージが逃げ込んだとされる廃屋を包囲して、三十分。

 内部に潜んでいるはずのテレンス・ジョージから何の反応もなかったため、ロンドン市警と異能騎士団の合同チームは内部への突入を敢行。テレンス・ジョージの身柄の確保を行おうとした。

 だが、内部へと突入した班が見た者は、凄惨な光景であった。

 廃屋の一室の中で、テレンス・ジョージは発見された。

 その、姿は。


「こ、これは……!?」


 すべての関節があらぬ方向へと曲げられ、捩じられ。

 人の体の構造上、ありえぬ曲がり方をしており。

 その身をギッチリ固められ、十字架の形をして壁に掛けられていたのだ。

 わざわざ十字架のクロスの中心部分に頭を据え置いているあたり、この造形を生み出したものの趣味は相当悪いようだ。

 当然、こんな状態でテレンス・ジョージが生きているわけもなく……。

 テレズマの会が、何故今回のような事件を引き起こしたのかは、断片的な情報からの憶測でしか、測れなくなってしまった。




 これにて事件決着!

 そして日常へ!

 以下次回ー。

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