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Scene.99「……歌だ」

「ずぅりゃぁぁぁぁぁ!!!」


 暁は渾身の力でサイコキネシスを目の前の空間へと叩きつけ、駿へと一撃を叩き込む。

 歪んだ空間は、そのまま衝撃を駿へと伝え、カグツチを消し飛ばさんとばかりにその炎を激しく揺らす。

 だが、カグツチは消えることなく、その中に埋もれている駿の姿が露出することもない。


「ちっ……やっぱ、だめか……」


 暁は小さく舌打ちをし、だらりと腕を下げる。

 元より限界を迎えていた体に鞭を打って何とか初撃は打ち込めた。だが、それだけだ。

 駿を打ち倒すのはもとより、カグツチもまた健在。

 駿の歩みもわずかに止まったが、先ほどの先制攻撃で得られた効果など、その程度でしかない。

 再び、ゆっくりと駿が歩きはじめた。

 滾る熱波が、暁の頬を焼く。


「……っ! 先輩、やっぱり僕も……!」


 その時、啓太が意気を取り戻し、暁の元へと駆け出そうとする。

 いや、啓太だけではない。


「まだよ、アラガミ・アカツキ。あなたが死ぬなんて、私の予定にはないわ……!」


 やや焦ったような口調のフレイヤが、飛び上がる。


「やらせないよぉ! 総員、安全装置解除! 駿ちゃんを、足止めするんだよ!」

「「「「「りょ、了解!」」」」」


 北原はそう叫びアサルトスタンガンを構え、隊員たちもまた己の武器を構える。

 皆、暁を死なせぬよう、駿へと立ち向かおうとしていた。


「………」


 暁は微かに顔を歪め、悔しそうに息を突きながら駿から離れるように飛び退く。


「先輩! あとは――!」


 そしてそのままわきを抜けようとする啓太の首根っこを、がっちりと掴んだ。


「ぐぎゅ!?」

「落ち着け、古金……もう、いい」

「何を言っているの、アラガミ・アカツキ!」


 全てをあきらめたかのように疲れた声を出す暁に対し、フレイヤは声を荒げた。

 信じられないというように表情を歪ませ、暁の肩を乱暴につかむ。


「このまま諦めて、タカアマノハラと運命を共にするとでもいうの!? そんなこと、私が許さないわよ!?」

「そんなわけねぇだろ」


 緩やかに近づいてくる駿を前にしながらも、暁は冷静さを崩さない。

 いやそれだけではなく、駿の目の前で適当な瓦礫に腰かけはじめた。


「ちょっと!?」

「タカアマノハラで死ぬ気はねぇが……もう、俺らにできるこたぁねぇよ」


 叫ぶフレイヤにそう応える暁。

 その瞳の中からは、闘志は失われていた。

 フレイヤは、そんな暁を前に絶望した表情になる。


「アラガミ・アカツキ……!」

「そう吼えるな、フレイヤ・レッドグレイブ」


 暁は、フレイヤの名を呼び、星空を見上げた。


「もうこの場で俺たちにできることはない」

「げほっ! げほっ! ……どう、どういう意味ですか……?」


 襟首が締り、苦しんでいた啓太が素直に質問する。

 緩やかに近づいてくる駿に対して、北原達がけん制しているのを眺めながら、暁はこう答えた。


「……何故なら、駿の安全装置が間に合ったからだ」

「……安全装置?」


 意味が解らず、首を傾げる啓太。

 そんな彼の視界の端に、闇色の触手が映った。


「……っ? えっ!?」


 視界の端に写っていたはずの触手は、いつの間にか目の前に現れ、さらに周辺を……正確には駿を覆い尽くすかのように大量に表れていた。


「うわぁ!? なになになんなのぉ!?」


 北原達の傍にも触手は生えていたが、触手は北原達を襲うことなくゆらゆらと駿を包囲し始めていた。

 ゆらりと蠢く触手たち……啓太は、その触手に見覚えがあった。


「……あの触手……もしかして、光葉さんの……!」


 その名を呼ぶと、それに答えるように触手が生み出した影の中から一人の少女が現れた。

 長く黒い髪なびかせ、嫋やかに微笑む少女……光葉。

 光葉は微笑みを絶やさないまま、ゆっくりと口を開く。

 そして彼女の口からこぼれ出したのは……美しい音色だった。

 どこまでも遠くに響くかのような、美しい音色は旋律となり、歌となる。


「……歌だ」


 突然の光葉の登場に呆然としていた啓太が、思わずといった様子でつぶやいた。

 出会ってから一度もしゃべったことがない光葉が、歌を歌っているのを信じられないように見つめている。

 突然現れた光葉の存在に……いや、光葉の歌を聞き、北原達は動きを止める。

 彼女の行動に対し、どう対処すべきなのか……判断しかねているのだろう。

 光葉はそんな周りの様子に構わず、歌いながら駿へと近づいてゆく。

 駿の周りに現れた触手もまた、緩やかに駿へと近づいている。

 歌を聞き、光葉の姿を視界に入れた駿が動きを止めた。


「―――」


 光葉は歌を紡ぎながら、ゆっくりと両腕を上げて駿を抱きしめるようと近づいてゆく。

 燃え盛るカグツチの炎に指先が触れ、光葉の指先が焦げる。

 誰かが小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。

 だが、光葉はそれに構わずカグツチの中へ指を、腕を、体を入れてゆく。

 光葉の全身が、所構わず焦げていくのが見える。

 燃え盛る炎の中に、触手も入ってゆく光葉。やがて全身が燃え上がり、その姿が判別不可能なほどに焼け、爛れていってしまう。

 だが、それでも。

 光葉は笑っていた。

 母のように、娘のように。目の前の愛しい人を見つめて、笑い、そして歌っていた。

 尽きぬ歌声は辺りに響き渡り、そして聴く者を魅了する。


「………」


 その歌声の中で、駿が動いた。

 目の前までやってきた光葉の体を抱きしめるように、ぐらりと前へと体が傾いた。

 光葉が、倒れかかってきた駿の体を抱きしめる。

 がさりともぐちゃりともわからない、人体が崩れる気味の悪い音が響き渡った。

 瞬間、カグツチの勢いが急激に減少してゆく。

 それと共に、触手が蠢き、二人の姿を覆い尽くしてゆく。

 やがてつぼみのようになった光葉の触手は小さくしぼんでゆき、宵闇の中へと消えてゆく。

 後に残るのは……カグツチによって焼かれ焦げたあたりの大地と、星明りに照らされる暁たちだけとなった。

 誰もが目の前の事態についてゆけずに呆然とする中、暁が小さく舌打ちをした。


「……ったく、相変わらずよぉ」


 そして空を見上げ、忌々しそうに呟いた。


「こっちがどれだけ踏ん張ってると思ってやがるんだ……それをあっさり踏み越えて、全部持っていきやがって……。腹立たしいときたらねぇぜ、ホントによぉ……」

「……先輩。どうして、わかったんですか……?」


 啓太が、駿と光葉が消えた後を見て、尋ねる。

 普通であれば、影の中へと消えた光葉の姿を捕えることは常人には不可能なはずだ。

 だが、暁は光葉が現れる前にその存在を感知してみせた。いったい、どうやったのか?

 ……そんな啓太の疑問に対する暁の答えは、あっけらかんとしたものだった。


「いや、なに。駿がああなると、どこにいても光葉の奴が現れるからな。いったいどうやって感知してんのかは知らねぇが……まあ、駿の限界を感じてるんだろ」

「そんなこと、できるんですか……?」

「さあな……。少なくとも、影があれば知覚も伸ばせるとは思うが、そこん所は光葉に聞くしかねぇさ」

「そのミツハさんだけれど……、大丈夫なの?」


 フレイヤの言葉に、暁は顔を上げる。


「なにがだ?」

「なにがも何も……カグツチに体を触れて、明らかに焦げていたわよ? あれで、本当に無事でいられるの?」

「そ、そうですよ! あんなに全身が燃やされて……」


 啓太は、フレイヤの言葉に光葉の惨状を思い出す。

 熱に焼かれ、焼け焦げ、爛れた皮膚……。

 彼女の異能が関する名の元となった女神、イザナギの最期の姿にも似た、彼女の姿を思い出して啓太は体を震わせた。


「あれじゃあ、光葉さん、生きてられないんじゃ……!」

「心配いらねぇよ……駿の奴は、火傷位なら燃やしてなくせるからな……。だいたい、駿が暴走しきったときは、いつもああやって止めてきたんだ……。光葉だって、今更死にゃしねぇよ……」

「そんな……!」


 気だるげで、光葉のことなどどうでもよさそうな暁の様子に、啓太は一瞬頭に血を登らせるが、すぐに先ほどのことを思いだし。


「……先輩が、言うなら、そうかもしれませんけど……」


 小さく、そう言い直した。本心から、納得しているわけではないのだ。

 だが、少なくとも暁がそう言うのであれば、その通りなのだろう。

 押し黙り、何とか自分を納得させる啓太。

 暁は疲れから欠伸を掻き、フレイヤは暁の様子を見て不満そうに髪の毛を弄る。

 そんな三人に北原が近づき、苦笑しながら声をかけた。


「んー、まあ、つまり……タカアマノハラの危機は去ったってわけでいいんだよねぇ?」

「当面は、じゃねぇの? あの二人を狙ってる連中がいなくならねぇ限り、また同じようなことは何度だって起きるだろうよ」

「今回の一件に関しては、異能騎士団が責任もって処理させてもらうわ。二度とこんな気が起きないように、きっちり叩き潰しておくから」

「そうかい」


 フレイヤの言葉に小さく頷き、暁は再び空を見上げる。

 満天の星空と、丸い月。どちらも、カグツチの輝きに照らされて、さっきまで見えなかったものだ。

 空にあるのが当たり前の輝きを見ながら、暁は、本当に悔しそうに、呟いた。


「……結局、約束は守れずじまい、か……」


 小さく小さく呟かれたその言葉は、フレイヤにも、北原にも、啓太の耳にも届くことなく、風に流れて消えていった。






 いやなこった。

 目つきの悪い男の子は、そう答えて、続けました。

 人を殺すのなんざ簡単すぎる。世界に、俺が最強であると認めさせるには、テメェが生きてて、俺が勝つのが一番わかりやすいんだよ。

 だからお前は殺してやらねぇ。目つきの悪い男の子はそう言い、そしてさらに続けます。

 代わりにこっちは約束してやる。テメェが暴走した時は、俺が必ず止めてやる。生きたまま、絶対に止めてやる。それなら、俺は約束してやる。

 目つきの悪い男の子の言葉に、男の子は目を丸くし、そして小さく頷きました。

 ――わかった。なら、約束してくれ。俺が自分の力を押さえられなくなったら、君が俺を止めてくれ。

 ああ、分かった。必ず、俺が止めてやる。

 目つきの悪い男の子はそう言って、力強く笑いました。

 男の子も小さく笑い、漏れ出た炎を目つきの悪い男の子に無理やり叩いて消されました。

 ――その頃の約束は目つきの悪い男の子……新上暁の中に、今でも息づいているのです……。




 駿の暴走は、結局光葉が食いとめました……。

 さて、今回の騒動のツケ、きっちり大本に支払ってもらいましょうか?

 以下次回ー。

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