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Prologue「――諸君。異界学園へようこそ」

「――諸君。異界学園へようこそ」


 静謐で広大な講義場。その壇上の上に立つ、一人の初老の男が、そう口にする。

 男の前には、たくさんの人が、固いパイプ椅子に腰かけて座っている。

 そこには男もいれば女もいる。子供もいれば大人もいる。さらには人種の垣根もなく、ありとあらゆる人間がそこには存在した。

 そして、その人間たちは、まっすぐに壇上の男を見つめている。

 期待に満ちたまなざしを浮かべた者、その中に多量の疑念を含んだもの……あるいは、諦観や寂寥といった感情を含むものまで……。

 人種同様、そこには多種多様の感情が渦巻いていた。

 それらを一身に受けて、だがしかし、初老の男はひるむ様子はなかった。

 それどころか、それら一つ一つをつぶさに観察するように、講義場の中をゆっくりと見まわしていた。


「――多くの者が知っていよう。私が、この異界学園の理事長、異世研三だ」


 初老の男……異世研三は自ら名乗り、そしてしばし沈黙した。

 壇上の上の男の名乗りを聞いても、講義場の中は静まり返っている。

 それを確認し、男は一つ頷いた。


「極めて重要なことだ。何度でも言おう。――諸君。異界学園へとようこそ」


 もう一度同じ言葉を繰り返す研三。


「これより諸君らが学ぼうとしている……私が提唱した科学、異能科学論……。これは、今だ多量の未解明分野を残した、学問だ。諸君らは、その解明のために名乗り出てくれた、優秀なテストケースであると私は考えている」


 研三の率直な物言いに、幾人かの生徒が鼻白む。

 そんな生徒たちの様子に気づいてか気づかずか、研三は続けた。


「すでに説明は受けていると思うが、諸君らにはこのタカアマノハラにおける一定以上の権利……そして義務が与えられている。……だが気負う必要はない。権利も、義務も、どのように行使するかは諸君らの自由であると私は考えている」


 そう口にしながら、研三は今一度壇上から、異界学園の生徒となる者たちを見つめる。

 ほとんどのものが、研三の言葉に訝しげな表情になっていた。

 おそらく、前もって受けていた権利と義務の説明と、研三の言葉に齟齬を感じているのだろう。

 研三はそんな彼らの表情を受けながら、小さく頷く。


「異能科学……諸君らが超能力や異能力と呼ぶそれには、何よりも自由な発想や思想が不可欠であると私は考える。それらを束縛する制度は、元来不要なものであるはずなのだ」


 学園に存在する制度を否定するかのような物言いに、生徒たちが騒然とし始める。

 だが、研三はそれを気にすることすらなく、言葉を続けた。


「しかしながら、自由な発想や思想というものを初めから持ちうる人間は極めて少ない……。誰もが常識という殻の中に収まり、そのことに安堵する。まずは、その常識の殻を打ち破るのだ。そう……不可能に挑戦し続ける彼の様に」


 彼。一体、誰の事だろうか。


「諸君らも知っているはずだ……この学園には、神の子と呼ばれる異能者がいることを。私の息子でもある……異世駿の存在を」


 研三の言葉を聞き、ざわめきが止む。

 異世駿……それは最強の異能者の名前だ。

 現世界に数多く存在する異能の中でも最も強力とされる能力を有する少年の名……。


「だが、諸君らは知るだろうか……。駿の存在を、能力を、彼我の力量の差を知ってなお……あの子に挑み続ける少年がいることを」


 その研三の言葉に、再び騒然となる講義場。

 この場にいる全員が、異世駿の異能を知っている。すべてを飲み込み、破壊しつくす最強の異能……その名を、カグツチ。

 そして知って、誰もが思う。あの能力に勝つことなど、できるはずがないと。


「信じがたいか? だが、事実だ。彼は、いずれあの子を……異世駿を打倒する気でいるのだ」


 彼の存在を思い出しているのか、研三がどこか遠くを見つめるような表情になる。

 その視線の先に映るのは、いかな存在なのか……それを伺い知ることはできなかった。


「……その彼の決意が、意志の強さが、そして柔軟な発想が……彼を最高の念動能力者に育て上げた」


 最高の念動能力者……その言葉を聞き、幾人かの生徒たちが息を呑む。

 彼らには、心当たりがあったのだろう。その、念動能力者に。


「彼は余人に喚かれ、叩かれ、騒ぎ立てられ、罵られ……あるいは自身の全てを否定されても、その両の足で立ち、今をもってなお、最高の念動力者であり続けている」


 感情の窺えぬ眼で、研三が講義場の上から生徒たちを見下ろす。

 その瞳の奥に見えるのは……どこか慈愛を思わせる光だった。


「……諸君らも、あるいは誰かに……あるいはすべてに否定されるやもしれん。だが、私は……私だけは諸君らを肯定しよう。たとえ何があったとしても、私は諸君らの理解者であろう……。だから見せてほしい。諸君らの、魂の輝きを。その体の奥底に眠るであろう、原石の輝きを……。それが、私が諸君らに願う、唯一の事象だ――」


 研三はそう言い終えると、話は終わったと言わんばかりに講義場の中から視線を逸らし、壇上から姿を消していく。

 場内はしばし唖然としていたが、やがて万雷の拍手を持って、彼の退場を見送る。

 こうして、水上都市「タカアマノハラ」に存在する、唯一の公的異能者育成機関……異能科学研究世界学園、通称“異界学園”の入学式は幕を下ろしたのだった。






 ……魂とは、何か。

 いつ提唱されたかもわからない、そんな研究を、人類は永い間突き詰め続けてきた。

 とある実験によれば、魂の重さは21グラムであるとされている。

 とある宗教によれば、それぞれの奉ずる神の御許に導かれるものだといわれている。

 あるいは、輪廻と呼ばれる輪の中を、永遠に回り続ける存在であるとも言われている。

 そんな魂の存在を、明確に定義した一つの学問が存在した。

 “異能科学論”。日本に住む一人の学者である、異世研三によって立ち上げられた学問である。

 日本に限らず世界中に点在する、科学では証明できない数々の現象……。それらを魂が有するエネルギーによるものであると定義し、科学的に証明した学問である。

 提唱された当初は、大半の学者たちはこの学問の存在を一笑に付した。数多く存在するインチキ学問と同様の、素人が考えた眉唾ものだと考えたのだ。

 だが、そう言った多くの学者たちの考えは覆されることとなる。研三が提唱した、この異能科学論によって、少しずつではあったが、普通の人間ではもちえない能力を持つ人間……異能者が現れ始めたのだ。

 初めは、日本の片隅の小さな田舎町から。それが少しずつ、うわさを聞いてやってきた人間などを介して日本を広がっていき、気が付けば、世界中に異能科学論の研究学術書が広く頒布されることとなっていた。

 まるで百匹目のサルが芋を洗った瞬間、世界中のサルが芋を洗い始めたかのように、いつの間にか広がっていた異能科学論は、やがて発祥の地、日本に一つの都市を生み出した。

 世界初の完全水上都市“タカアマノハラ”。古来の日本に存在したと伝え、記される神の居住区の名を冠した、世界でも有数の人工島。

 東京湾の中ほどに建造されたそこには、ありとあらゆる物、人種、そして力が集まった。

 そして日々、異能についての研究が行われ、そして多くの若者たちが新たに異能に目覚めていく場なのである。

 異能に目覚め、そして異能を磨く若者たちは、まだ見ぬ領域を目指す。

 言葉の通り、前人未到のその領域を、人々はこう呼び習わす。

 すなわち、“神の領域”と……。






「……首尾はどうか」

「行動を遅らせることには成功した、あとは、こちらの人員を潜りこませるだけだ」

「そうか……しかし、本当にうまくゆくのか?」

「どうした、今更。怖気づいたか?」

「当然だ。これは、我々にとっては大きな隙となる。場合によっては、全てが水泡に帰すのだぞ」

「だが、うまく行けば、我らの悲願に大きく近づくことができる」

「そうだが……リスクが大きすぎる」

「貴公は、心配性であるな。何も問題などおこらんよ」

「……そう言えるだけの根拠はあるのか? その自信はどこから湧いてくるのだ」

「それだけ準備を重ねてきたということだ……。イノセンツの若造どもを騙くらかすための方便も、タカアマハラの連中を誤魔化す方法も、幾度も重ねて準備してきた」

「だが……」

「当然その先も見据えて計画を練っている……。万一にも抜かりはない」

「………貴公がそこまで言うのであれば、もう何も言うまい」

「フフ、貴公は、座って吉報を待っていてくれ……。必ずや、満願成就を達成してみせようぞ」

「………期待せず、待っていよう。何しろ相手は……」




「カグツチとイザナミなのだからな」




 そんなわけで新シリーズ。異能科学論によって目覚めた異能者たちの日常を綴ります!

 そして時間は飛んで一ヶ月ほど経ってから、本編主人公がお目見え!

 以下、次回ー。


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