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戦国if

戦国地獄戦記 ~ 本能寺より始まる魔王黙示録 ~

掲載日:2026/07/10




 天正十年六月二日未明。


 京の夜を焦がし、本能寺が燃えていた。

 桔梗紋の旗が幾重にも寺を囲む。


 天下統一まであと一歩。

 織田信長の掲げた天下布武は、今まさに炎の中へ沈もうとしていた。



「是非もなし」



 信長は口元を歪め、畳の上へどかりと胡座をかいた。



「無念にございます!」



 森蘭丸の悲痛な声が響く。



「ノっブ! どうしてヨ! 逃げるネ!」



 ヤスケと名を与えられた南蛮人の従者が叫ぶ。

 その顔には焦りが浮かんでいた。



「騒ぐな」



 信長は白着物の肩を荒々しく落とした。

 炎に照らされた肌には、幾筋もの古傷が刻まれている。



「ハラキリ、ダメダメ!」



 ヤスケは目を見開き、信長へ飛びつくように駆け寄った。



「オウッ!?」



 だが、燃える天井の梁がヤスケと信長の間を阻む。


 火の粉が舞い上がる。

 熱風が吹き荒れる。


 信長はその向こうで笑っていた。



「ふっ……。天命か」

「ノっブうううううっ!」



 炎は燃え盛り、ヤスケは後ずさるしかない。

 やがて、ヤスケの姿も炎の向こうへ消えた。



「蘭、首はくれてやれ。

 光秀なら、お前を粗末に扱ったりはせん」



 万の兵を動かしていた男も、最後に残ったのは一人だけだった。

 その忠勤に応えるべく、信長は肩を揺らした。



「何をおっしゃいます! お供させていただきます!」

「……馬鹿な女よ」



 男装の少女は首を横に振った。

 頬を涙が伝う。


 それでも、迷いなく刀を抜く。


 主君にその時が訪れたなら、一瞬でも早く苦しみを終わらせるため。

 そして、主君が旅立ったなら、すぐにその後を追うため。



「では、参る!」



 信長は脇差を腹へ。

 切っ先が肉を裂く。



「人間五十年!」



 横一文字。

 信長の顔が苦悶に歪む。



「下天の内をくらぶれば!」



 さらに、下から縦一文字。

 おびただしい赤が飛び散る。



「夢幻の如くなり!」



 信長は笑い、脇差を放る。

 両手を腹に突っ込み、臓腑を引きずり出すと、それを掲げた。




 ******




「よう、おつかれ」

「ぬっ!?」



 そこは、曇天の下に広がる泥沼だった。


 炎も。

 煙も。

 怒号も。

 悲鳴も。


 すべてが一瞬で消えていた。



「なかなかの見ものだったぜ」



 背後から聞こえる拍手。


 信長が振り向く。

 髑髏の山の上に、一人の男がいた。


 金色の双眸。

 額には、もう一つの碧眼。


 赤銅色の肌を黒衣で包み、あぐらをかいたまま頬杖をついている。



「……何者だ」

「おいおい、困るな」



 男は肩を竦めた。



「俺の名を名乗っていたのは、お前だろ?」



 男の言葉と奈落のような光景。

 信長の眉がぴくりと動く。



「第六天魔王か……。」

「大正解!」



 男はぱんっと手を打った。

 まるで、出来の良い子どもを褒めるような気軽さだった。



「では、やはり地獄に落ちるというわけか」



 信長は笑った。



「望むところよ」

「いいや、駄目だね。地獄なんて、つまんねーよ」



 額の碧眼が妖しく細められる。

 その視線は、心の内まで見透かしているようだった。


 信長は眉間に皺を刻む。



「なに?」

「だが、役目だ。選ばせてやるよ」



 男は頬杖を外し、髑髏の山の上で身を乗り出した。



「次に進んで、地獄に行くか」


「それとも、戻って、地獄を作りにいくか」



 曇天の下。

 泥沼を渡る風が二人の間を吹き抜けた。


 信長は一瞬たりとも迷わない。



「愚問……。」

「かっかっかっ! いいね! 実にいい!

 お前なら、その道を選ぶと思ったよ!」



 男は膝を叩いて笑った。

 信長は鼻を鳴らす。



「さっさとしろ」

「よーし、喜べ! 俺の名に恥じない力もやるぞ!」



 男は勢いよく立ち上がった。


 黒衣が翻る。

 髑髏の山がざわめくように崩れ、無数の頭蓋骨が転がり落ちた。




 ******




「ノっブぅ~~……。」



 焼け落ちてゆく本能寺を前に、ヤスケは慟哭をあげる。


 だが、次の瞬間には現実が押し戻した。

 包囲する明智の軍勢を、突破しなければならない。


 信長の首を渡してはならない。

 たとえ、敵の手に落ち、三条の河原に晒されようと、奪い返す。


 それが今のヤスケの使命になっていた。

 涙を腕で拭い、走り出そうとした、その時だった。



「天魔覆滅……。」



 もう一度聞きたかった声が届く。

 ヤスケが振り返る。


 本能寺は、天を焦がす業火の柱に包まれ、一瞬で消えた。



「ふっはっはっはっはっはっ!

 これが力! 魔王の力か! 愉快痛快!」



 白い炎の中で、信長は悠然と笑っていた。

 その右手にぶら下がるのは、忠臣の少女の首だった。



「蘭よ、共に地獄を作ろうぞ」

「はい、お供します」



 ヤスケは、ただ膝をつくしかなかった。



「……で、デーモンロード」



 その声は、戦場の喧騒に呑まれて消えた。




 ******




 明智光秀の謀反によって、織田信長は本能寺の炎に焼かれた。

 天下が桔梗紋に染まりかけた、その時。



「ふっはっはっはっはっはっ!」



 第六天魔王が蘇る。

 焼け落ちたはずの男が、白い炎の中から新生するように。


 その悪道を支えようと、地獄の底から影が這い上がる。



「爆破! 爆破! 平蜘蛛爆破!」


 裏切りの梟雄、松永久秀。



「ん~~、もっと苦しんで、甘美な響きを聞かせてください」


 毒の美食家、宇喜多直家



「もっとだ! もっと、私に痛みと苦しみを与えろ!」


 百倍返しの血だるま、山中幸盛



「一心不乱の闘争が私を呼んでいる!」


 狂った義、上杉謙信



 もはや、戦国時代をやっている場合ではなかった。


 帝の勅は、豊臣秀吉と徳川家康を結びつけ、戦国最大の連合を生み出す。

 武者たちは、その旗のもとに続々と集う。


 しかし、魔王と死天王の歩みは止まらない。

 日本列島は、東北と九州を残し、地獄へと塗り替えられていく。


 だが、闇が蘇るならば、光もまた動き出す。



「この目は、真実を見通す!」


 開眼した竜、伊達政宗。



「愛染明王の輝きを受け! 今、必殺のっ……。」


 愛の伝道師、直江兼続。



「我が槍に、鬼も魔王も斬れぬものなし!」


 千槍を従えし武神、本多忠勝。



「その名は、捨てました。今は、南光坊天海と呼んでください」


 そして、光を束ねし者、明智光秀。



 今、ここに戦国という名の地獄が始まる!




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