外伝:皇太子リヒャルトの婚姻(後編)
後日、リヒャルトは父皇帝の了承を得て、ペトラに求婚した。 「私のような、美しくもない年上の女には、とても皇太子妃は務まりません」 必死に辞退する彼女の手を握りしめ、リヒャルトは真剣な目で告げた。 「私は、君の知性が瞬く灰色の瞳を、何よりも美しいと思う。 君を一生大切にするから、共にこの帝国を盛り立ててくれないか。 私は取り立てて優れた男ではないが、君にふさわしい器になれるよう懸命に努力するよ」
二年後。リヒャルト20歳、ペトラ25歳の時、帝国を挙げて盛大な結婚式が行われた。鳶色の髪に真珠色のロングベールを纏った花嫁は、誰もが驚くほど気高く、美しかった。
リヒャルト26歳、ペトラ31歳の時、待望の皇子、ラインハルトが誕生した。なかなか子に恵まれず側妃を勧める声もあったが、リヒャルトは「私の妃はペトラ一人だ」と断固として拒否し続けた。赤ん坊は母譲りの鳶色の髪と、皇帝の血筋を示す鮮やかなサファイアブルーの瞳を持っていた。
ラインハルトが1歳になった時、アルヴィン皇子が正式に帝位継承権を放棄した。彼は異母兄に子が生まれるのをずっと待っていたのだ。 「兄上、おめでとう。これでようやく、僕も自由に冒険の旅に出られるよ」 軽やかに笑う弟にリヒャルトは深く感謝し、厚い信頼とともに、旅立つアルヴィン新公爵を見送った。 かつての異母兄へのコンプレックスは、ペトラという唯一の理解者を得たことで、頼もしい兄弟の絆へと昇華されていた。 ラインハルト皇子は、冒険から帰ってくる度に、面白いお土産話と奇矯な発明品を持ち帰る叔父によく懐いた。
年月が流れ、五十代後半でペトラが先立った際、クオーターエルフの皇帝の容姿は、まるでまだ三十代のように若々しかった。甲斐甲斐しく生前の妻の介添えをしていた彼の姿は、傍目には母に付き添う息子のようにも見えたという。しかし、彼らに仕えた者たちは皆知っていた。賢帝と呼ばれるこの皇帝が愛したのは、皇后の若さや美貌ではなく、その高潔な魂と知性であったことを。
その後十年以上が経ち、ラインハルトに皇位を譲って退位した前皇帝は、しばしば帝国西方の地を訪れる。かつて妻と共に議論を重ねて引いた、乾地をめぐる豊かな水路を眺めるために。 広がる鳶色の大地は愛する妻の髪色を思い起こさせ、そのサファイアの瞳には、今も変わらず、愛しき灰色の瞳が映っているかのようであった。




