ブチ切れアートノルトpart2
この話は本編の第三章・第百四話読了後に読むことをお勧めします。
それは海礼祭当日、皇城での式典が終わってからすぐのことだった。
「いやーテラスから見たら圧巻だったな海礼祭。さすが皇国一番のお祭りなだけはある」
「話に聞いてた通り、本当に面白そうな店も沢山あったな。後でアシュリーたちと海礼祭を周るのが楽しみだ」
皇城の廊下を歩きながら、アランとリオはこの後の事について話していた。
テラスから見た光景だけで海礼祭の面白さが伝わってきた。二人とも今は皇都で遊ぶことしか頭になかった。
「シエルはどうすんだよ。お前も遊ばないのか?」
「う〜ん、私は取り敢えず寝たいかなぁ。ちょっと今は……眠すぎるよぉ。遊ぶのは一眠りした後かぁな」
「まぁシエルさんはリヴァイアサンを封印した後も城を直してたからね。本当にお疲れ様」
眠そうな目をしながらシエルもアランの横を歩いている。睡眠をこよなく愛する彼女にとって、昨晩、睡眠時間を無くしてまで皇城の修復作業を手伝わされた反動は大きい。今にも眠ってしまいそうな状態だ。
「お姫様ぁ……しっかぁり追加報酬出してよぉ?ただでさえ長期休暇を削ってリヴァイアサンの相手したのに、その後にぃ城の修復とかぁ……ホントに高く付くからぁね?」
「分かってますよ。それだけの仕事はしてもらいましたから」
「あ、俺の報酬も上乗せしといてくれよ。『十二死天』のリヴァイアサンと戦うとか、二百万セルク程度の報酬じゃ割に合わないから。もちろんリオにも相当の報酬は出せよ?」
「いや僕は別に……」
「なーに言ってんだ。お前が一番頑張ったんじゃねぇか。一人でリヴァイアサンを止めてくれなかったら俺たちはマトモに戦うことすら出来なかったんだぞ。ちゃんと報酬貰っとけ。な?アリシア」
「もちろんリオ・ロゼデウスにも相当の報酬は出しますよ。むしろこれ程の働きに報酬を与えないようでは、王族として失格ですから。アラン君は……確かに当初の想定を遥かに上回る仕事を任せてしまいましたね。後で報酬を増やすよう父上に進言します」
「お前金にがめつ過ぎじゃないか?流石にみっともないぞ」
「黙れグレイ。こっちは旅行の予定と長期休暇を返上してまで仕事させられたんだぞ。こんくらいの報酬は要求して当然、むしろこの程度で留めてる俺の理性に感謝してほしいくらいだ」
「逆にこれ以上求めることってあるのかい?君はそこまで金に拘る人じゃないだろ」
「え、最初は皇都をぶっ壊すつもりだったけど?」
「「「…………」」」
グレイ、リオ、シエルはドン引きしていた。アランが狂人であることは分かっていたが、流石にここまでするとは思わなかった。
「やっぱりコイツはこの辺りで処刑しておいた方がいいと思うんだが。コイツを生かしていたら絶対いつか大事件を起こすぞ」
「お前は人が罪を犯しそうだからってだけで人を裁くのか。腐った正義感だなー見損なったよ脳筋堅物」
「お前の場合は実際に罪を犯してるだろう!今までどれだけの命を奪──!」
「グレイ・フォーリダント、そこまでにしてください。この場でそうした話はするものではありません」
「……すみません、アリシア様」
「ぷぷぷー怒られてやんの」
「貴様……!」
アランは相変わらずクズであった。
「でも実際俺悪くないしな。怒り任せに皇都を焼き払ってもおかしくないくらいの事はされてるし。もう当分は王族の命令は受けない。もちろんアンタの指示も受けないからな、アリシア」
「それに関しては本当に申し訳ないとしか言いようがありません。私もしばらくは無茶な要求は控えます」
「よーし言質取った!今後王族から何か言われたらアンタを盾にするから。それで良いな?アリシア」
「構いませんよ。それだけの事はしましたから」
エルデカ王国の国王、ローヴェン・エルデカの判断とは言え、アランに当初の予定を捨てさせてまで事件の解決を強制した罪悪感はアリシアにもある。アランの要求に反論はできなかった。
「流石に他人の善意と罪悪感に漬け入り過ぎじゃない?アラッチ」
「俺は『貰える物は貰っとけ』の方針で生きてるからな。他人の甘さを利用しない選択肢はない」
「言ってることがクズのそれだね」
「今更だろ。そんな話よりこの後の話しようぜ。どこの出店に行くかを考えよう」
罪悪感0%の表情で楽しい話題に切り替えるアラン。だがそこへ恐るべき一言が投げ込まれた。
「その事なのですが……」
アリシアは嫌そうに、心底嫌そうにしながら口を開く。
「アラン君、私たちはこの後も仕事が残ってますよ」
「《闘則術式一型───」
「待て待て待て待て待て待て待て待て!!!」
一瞬にして殺意を解き放つアランを大慌てでリオが羽交締めにした。
「退けリオ、今回ばかりは必ず殺す。もしくは皇都を更地にして、その仕事の意味も無くしてやる」
「殺すって言ってるじゃないか!とにかく落ち着け──って、うおっ!?」
気付いた時にはリオは床に叩き付けられていた。リオの反応すら追いつかない速技でアランはリオを伏せさせた。
「……で、どういうつもりだアリシア。さっき言った事は嘘だったのか?」
既にアランはブチ切れている。それこそエルデカ王国で国王ことローヴェンからアリシアの護衛を命じられた時と同じかそれ以上にブチ切れている。
思考を支配する殺意は彼のリミッターを外してしまった。今にも攻撃を繰り出しそうな暴虐者を前にアリシアは答える。
「嘘ではありません。先程言った事はエルデカ王国を出る前に父上が貴方に命じた内容に含まれています」
「なんだと?」
「私はこの後もここでやる事があります。そうである以上、私の護衛である貴方は私に付き添う義務がある。それだけです」
「…………」
ぐうの音も出ない正論だった。アランが命じられた仕事は事件の解決とアリシアの護衛。ならばアリシアに常に付き添う義務があるのは当然の事だ。
だがそれにアランが納得できるかは別問題である。
「……お前の言い分は理解した。確かにそれは正当だ。だかアリシア、そんな理屈が俺に通用すると思うか?」
アラン・アートノルトという人間を勘違いしてはいけない。彼は決して責務や規律を守るような常人ではない。あらゆる常識や道徳を平然と踏み躙り、自身の願望に尽くす残虐無比の狂人だ。フィーネとシリノアが極めて特別なだけで、本来アランは何事に対しても利己主義に生きている。
たとえアリシアが正当な理由を振りかざそうともアランを止められる道理はない。そもそもアランは一度アリシアたちに長期休暇を帳消しにされた身だ。一度は中途半端な善意で命令を承諾したが、二度目は決してあり得ない。それを分かっていたからこそ、アリシアもこの発言に消極的だったのだ。
「……納得しないでしょうね。もちろん貴方に責務や常識といった言葉が通用するとも思っていません。貴方なら平気で要求や報酬を裏切るという事も理解しています」
「なら俺を止めるのは不可能だと分かっているだろう。また武力で止めるか?その場合皇都がどうなるかは知らないがな」
「…………」
アリシアは黙るしかなかった。武力行使は間違いなく周囲に被害を及ぼす都合上、論外である。だが他に彼と交渉できる材料などアリシアにはない。
元々アランは報酬などに興味を持たない人間だ。彼が仕事で報酬を貰っているのは『安易に仕事を任されたくないから』というサボり癖に従った結果に過ぎない。今更大金を積んだところで彼の反応が変わることは無いだろう。
アランの興味を惹けるような物を持ち合わせていれば交渉も出来たかもしれないが、アリシアはそこまでアランを熟知していない。それが出来るのはアランを育て上げたシリノアだけだ。
「……諦める、という事で良いんだな?」
「……そうするしかないようですね」
「よし!じゃあリオ遊びに行こうぜ!」
「え、この流れで遊びに行くのか!?と言うか背中が痛いんだけど……」
「大丈夫だって!怪我しないくらいの威力に調整したから。んじゃ行こう行こう!」
何という変わり身の早さか。急激に元の調子を取り戻したアランは軽い足取りで廊下を進んで行った。リオは背中をさすりながら後ろを付いていく。
「……改めて見て思ったけど、お姫様、よくアラッチと仲良くなれたねぇ。明らかにぃアラッチとお姫様って性格真反対だぁし、絶対に仲良くなれるような人じゃないとぉ思うんだけどぉ」
「それについては……正直、私も不思議に思う時がありす。気分を害さない限りは良き友人となってくれる人なのですが、一度意見が衝突するとすぐにこれですからね。性格が絶望的に合っていないことは私も自覚しています」
「やっぱり牢獄に入れておいた方が良いですよアイツ。あのままだといつか『エルデカ王国を滅ぼす』とか言い出しますよ」
「ああ、それは過去に何度か言われましたね」
「言われたんですか!?」
「はい。ですが実害が出たことはあまり無いので大丈夫です」
実際は過去に一度、キレたアランを取り押さえようとしたアリシア以外の生徒会役員と一部の風紀委員たちがアランにボコボコにされたという事件があったりもしたが、それは言わないことにした。
「難儀だねぇ〜常識が通用しない人ってぇ」
「まるで他人事のように言っていますが貴方もその一人ですよ、シエル・グレイシア」
「そぉんな事ないよぉ。私ほど平和的なぁ人間、なかなかいないよぉ?」
シエルは《指輪》の聖裝能力を起動し、目の前の空間を別の空間に接続させた。
「取り敢えずぅ私は学園に帰って寝るかぁら。皇都で遊ぶのはその後だぁね」
「待ってくれシエル・グレイシア。どうせなら俺も連れて行ってくれないか?まだ今日の分の風紀委員会の業務が残っているんだ」
「ん?良いよぉ。んじゃお姫様、お仕事頑張ってねぇ」
「アリシア様、お先に失礼します」
「はい。二人とも、よく休んでくださいね」
遂にはアリシアがこの場に一人残されてしまった。この流れでアリシアを放置しようと思う辺り、あの二人も十分に自分勝手な人間である。
「はぁ……どうしてエルデカ王国の最高戦力には自分勝手な人しかいないのでしょうか」
実力に関してはこの上なく信頼の置ける者たちだが、どうにもそれ以外の要素が欠けている。アリシアはため息を吐きながら廊下の先に進んで行った。




