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第3話 異世界の日常

 孤児院での生活は、思っていたより悪くなかった。朝は七時に起床して、全員で食堂に集まって朝食を取る。食事は質素だが十分な量があった。パンとスープ、それに果物。午前中は勉強の時間で、といっても読み書きと簡単な計算程度だ。俺は英語の本を読んでいた。


「ルクス、すごいね。もう読めるの?」


 隣に座っていた男の子が驚いた顔で言う。昨夜、声をかけてきた子だ。


「少し」


 と答える。実際はほとんど読める。英語の知識があるからだ。でも、見慣れない単語があるし、すらすら読み進められる訳ではない。


「僕の名前、分かる?」

「……」

「レオンだよ、よろしく!」

「……よろしく」


 レオンは人懐っこい笑顔を見せた。赤い髪が印象的な少年だ。


「ルクス、前はあんまり喋らなかったのに、今日は喋るんだね」

「気分」

「そっか。でも、喋った方がいいよ。友達できるから」


 レオンは明るい子だ。孤児院という環境でも、前向きに生きている。俺も、見習うべきか。


---


 昼食後は自由時間で、子供たちは外で遊んでいる。鬼ごっこや、ボール遊び。俺は図書室で本を読んでいた。この世界のことを知る必要がある。地理の本を開くと、大陸の形が——地球に似ている。いや、ほとんど同じだ。

 ヨーロッパ、アジア、アフリカ。でも、国名が違う。ヨーロッパは「レプビリカ」という一つの国になっている。ロシアは「ホルドグレース」。日本は——記載がない。地図を見る限り、日本列島自体が存在しない。


「面白い?」


 声をかけられて振り向くと、年配の女性が立っていた。クレア院長だ。ルクスの記憶にある。優しい人だった。


「はい」

「ルクス、今日はよく喋るのね」

「……気分です」


 クレアが微笑む。


「そう。でも、嬉しいわ。あなたが喋ってくれると」


 クレアは俺の隣に座った。


「何を読んでいるの?」

「地理の本」

「勉強熱心ね。将来、何になりたいの?」


 将来。考えたことなかった。元の世界に戻ることしか考えていない。


「……分かりません」

「そうね。まだ十歳だもの。ゆっくり考えればいいわ」


 クレアが本を覗き込む。


「地理に興味があるの?」

「はい。この世界のことを知りたくて」

「この世界?」


 しまった。変なことを言った。


「……この街のこと、です」

「ああ、トゥルグね。小さな街よ。でも、平和で良い街」


 クレアが窓の外を見る。

 

「ルクス、もし何か困ったことがあったら、いつでも言ってね」

「はい」


 クレアは優しく微笑んで、去っていった。


---


 夕方、外が騒がしくなった。子供たちが窓際に集まっている。

 

「レオン、何があったの?」

「馬車が来てるんだ。警備兵と魔法使いが」

「魔法使い?」

 

 窓から外を見ると、確かに馬車が三台止まっていた。甲冑を着た兵士が六人、そして、ローブを着た二人の人物。一人は白いローブ、もう一人は黒いローブ。

 

「魔法使いって、……コスプレ?」

「こすぷれ?何言ってんだ、あの人達が魔物を倒してくれるんだよ」

「魔物……」


 この世界には、魔物がいるのか?狼かなんかの別の言い回しか?


「今夜は外出禁止だって」


 レオンが言う。


「なんで?」

「森に魔物が出るから。だから、魔法使いが退治しに来たんだ」

「魔法、魔物退治……」


 俺は窓の外を見つめた。兵士たちは孤児院の裏手へ向かっていく。森に向かって陣形を組んでいる。


「ルクス、見に行こうよ」

「え?」

「炊事場の窓から見えるんだ。戦いが見られるよ」


 レオンが俺の手を引く。断る理由もない。魔物とか魔法が何の事を言っているのか確認したかった。


---


 炊事場の窓から、戦いは見えた。森から飛び出してくる小人のような生物。ゴブリン、とレオンが教えてくれた。地球上には存在しないはずの生き物が、そこにいた。

 兵士たちが弓で射る。ゴブリンが倒れる。そして——魔法使いが動いた。黒いローブの人物が杖を構え、杖の先端が光る。そして、火球が放たれた。巨大な火の玉が、狼のような魔物に直撃する。狼が燃え上がり、倒れる。

 

 「魔法……」

 

 本当にある。魔法が。それと同時に、この世界が元の世界とは決定的に違うものだと分かってしまった。戦いは一時間ほどで終わった。魔物は全滅し、兵士たちは引き上げていく。俺とレオンは、炊事場から出た。

 

「すごかったね!」

 

 レオンが目を輝かせる。

 

「魔法使いってかっこいいよね。僕も魔法使いになりたいな」

「……そうだな」

 

 俺も思った。魔法。もし魔法が使えるなら——元の世界に戻る方法も見つかるかもしれない。


---


 その夜、俺は眠れなかった。魔法のことを考えていた。この世界には、魔法がある。龍介が開発した空間転送の技術を魔法で再現すれば、元の世界に戻れるかもしれない。希望が見えた気がした。でも、どうやって魔法を学ぶ?孤児院にいる限り、魔法は学べない。魔法使いになるには——どうすればいい?


 翌朝、クレアに聞いてみた。

 

「魔法使いになるには、どうすればいいですか?」

 

 クレアは少し驚いた顔をした。

 

「魔法使いに?ルクス、魔法に興味があるの?」

「はい」

「魔法使いになるには、才能が必要よ。魔力を持って生まれた人だけが、魔法を使える」

「才能……」

「でも、才能があるかどうかは、試してみないと分からないわ」

 

 クレアが微笑む。

 

「もし才能があれば、魔法使いが弟子に取ってくれることもある」

「弟子……」

「でも、滅多にないことよ。魔法使いは少ないから」

 

 クレアが俺の頭を撫でた。

 

「でも、夢を持つのは良いことね」


 俺は決めた。魔法使いになる。そして、魔法で空間転送を再現する。元の世界に戻るために。龍介と利香のことを確かめるために。それが、俺の目標だ。子供の身体で、異世界で。でも、諦めない。必ず、戻る。その日から、俺の異世界生活が本格的に始まった。


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