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第1話 殺された男

 その日の朝は、いつもと変わらなかった。


「おはよう」


 と声をかけると、利香が眠そうに目をこすりながらテーブルについた。相変わらず寝起きが悪い。それでも、毎朝こうして二人で朝食を食べるのが、俺たちの日課だった。

 利香は婚約者だ。高校時代からの付き合いで、気づけば十年近くになる。仕事が落ち着いたら籍を入れる予定だった。


「今日のインタビュー、一緒に来ない?」


利香がトーストを齧りながら聞いてくる。


「いきなりだな」

「空間転送技術の話、健太の方が詳しいでしょ?私、理系の話苦手だし」


 利香はジャーナリストで、今日は大手企業の取材があるらしい。"有史以来最大の発明"と騒がれている空間転送技術を開発した会社だ。


「テセウスの船のパラドックスは解決したのか?」


 と俺が聞くと、利香は得意げに答えた。


「それを確かめに行くんでしょ。転送された人間が、元の人間と同じって言えるのか」

「哲学的だな」

「だから"空間"を転送するんだって。素粒子の配列ごと移動させれば、意識も連続するっていう理屈」


 利香は昨夜、遅くまで資料を読んでいたのを俺は知っている。真面目なんだ、この人は。


「午後二時の約束だから、それまでゆっくりできるわよ」

「じゃあ、久しぶりにゲームでもするか」


平和な朝だった。まさか、これが最後の朝食になるとは思ってもいなかった。


---


 午後、俺たちは都心のビルに向かった。受付で名前を告げると、案内された先には——見覚えのある顔があった。


「よう、健太。久しぶりだな」


 龍介だった。六年ぶりだ。高校を卒業してすぐ、龍介は突然消えた。連絡先も分からず、どこに行ったのかも分からない。俺たちは心配したが、何も手がかりはなかった。


「龍介……お前、ここで働いてたのか」

「ああ。研究チームにいる」


龍介は笑った。でも、その笑顔はどこか——昔と違う気がした。


「利香も元気そうだな」

「え、ええ……久しぶり」


 利香は戸惑っていた。そうだ、龍介は昔、利香のことが好きだった。俺と利香が付き合い始めたのを知った時、龍介は複雑な顔をしていた。それから数ヶ月後、龍介は消えた。まさか、それが理由で——いや、考えすぎか。


「今日は特別にバックヤードも案内してやるよ」


 龍介に連れられて、地下の研究施設に降りた。長い通路だった。異様に長い。歩いていると、頭が痛くなってきた。


「これが転送門なんだ」

「転送門?」

「ああ。空間を転送するための装置。この通路自体が、巨大な転送装置になってる」

「まさか、もう実用化されてるのか?」

「秘密だけどな」


 龍介が意味ありげに笑う。頭痛がひどくなる。めまいがする。


「健太、大丈夫か?」

「ちょっと……気分が……」


 意識が遠のいた。


---


 目が覚めると、豪華な部屋にいた。


「ここは……」

「アメリカだよ」


 龍介が椅子に座っていた。


「転送は成功した。お前、今アメリカにいるんだ」


 頭が混乱する。転送?アメリカ?龍介が詳しく説明してくれた。技術は既に完成していること、マスメディアには秘密にされていること、龍介がプロジェクトの中枢にいること。


「すごいな、龍介。お前、そんなプロジェクトに……」

「ああ。六年間、ここで研究してた」

「六年間……そうか、だから連絡がなかったのか」

「悪かったな。でも、連絡できなかったんだ。機密だから」


 龍介の表情が、少し暗くなった。


「健太、ちょっと二人で話せないか?利香には悪いんだが」

「……分かった」


 利香は不安そうな顔をしたが、別室で待つことになった。


---


 個室に入った瞬間、背後から腕が回ってきた。誰かが俺を羽交い締めにしている。力が強い。動けない。


「龍介、これ、どういう……」

「すまない、健太」


 龍介の目が、狂気を宿していた。


「何で利香とお前が婚約してるんだ!」


 龍介が叫ぶ。


「俺は好きでお前らの前から消えたわけじゃない!戻ってきたと思ったら……裏切ったのはお前らじゃないか!」

「なんの話だよ!お前が勝手に消えたんだろ!」

「勝手に?……ああ、そうだよな。お前らには分からないよな」


 龍介の声が震えている。


「じゃあ説明してくれよ!話せば分かるだろ!」

「もう、手遅れなんだ」

「何が手遅れなんだ?」

「俺が決めた事だ」


 龍介が何かを取りに行く音がする。足音。金属のこすれる音。包丁だ。


「おい!やめろ!」


 龍介の手に包丁が握られていた。


「健太にはすまないと思っている。でも許さなくて良い」

「意味わかんねぇよ……三人で飯でも食べよう、な!」


 龍介は答えなかった。ただ、包丁を振り下ろした。

 右手の指が三本、飛んだ。痛い。こんな痛み、経験したことがない。でも、龍介は止まらなかった。左手も、同じように破壊した。視界が歪む。意識が飛びそうになる。でも、龍介は俺に水をかけて、無理やり覚醒させた。


「お願いだから、やめてくれ……」


龍介は銃を取り出した。


「……三つ、覚えておいて欲しい事がある」


 龍介の声が、遠くから聞こえる。


「一つ、失う事は非常に悲しい事なんだ」


 何を言ってるんだ。


 「一つ、死ぬ事は何よりも怖い事だ」


 狂ってる。完全に狂ってる。


 「一つ、……利香は俺のものだ」


 ああ、そういう事か。結局、お前は利香を諦められなかったんだな。でも、これは——やりすぎだろ。

 銃口が燃えた。弾丸が胸を貫いた。肺に穴が開いて、呼吸ができない。血が逆流して、口から溢れる。視界が暗くなる。寒い。とても、寒い。死ぬのか、俺。利香、ごめん。守れなかった。龍介……お前を、許さない。必ず……必ず……


 意識が途切れた。木下健太という人間は、そこで終わった。二十八歳。大学院を出て、メーカーで働いて、婚約者がいて。平凡だけど、幸せな人生だった。それが、親友の手で終わった。でも——物語は、ここから始まる。死んだはずの男が、もう一度目を開ける物語が。

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