最後の王城、新しい未来
当日、王城の広間に通されると、すでに王太子とリリア嬢が並んでいた。
その隣には、初老の国王と冷ややかな王妃の姿。
さらにもう一人――私を支えるように、アルノー侯爵令息が立っていた。
「セシリア・ド・ラヴェル」
王の声が響く。
「お前が王都で大きな噂の渦を巻き起こしていること、我らも耳にしておる」
「恐れ入ります。ですが、わたくしはただ……己の道を歩んでいるだけにございます」
「道を歩むのは結構。しかし、その姿が王家の威信を損なうとなれば、看過できぬ」
リリア嬢がすかさず声を上げた。
「そうです陛下! セシリア様はわたくしと殿下のご婚約を陰から嘲笑い、社交界を惑わせておられます!」
(嘲笑っているのは、どちらかしらね)
私は口をつぐみ、静かに視線を落とした。
その代わりに、アルノーが一歩前に出る。
「陛下。失礼ながら、セシリア嬢は断罪の場においても毅然とし、今も自らの誇りを守っておられる。彼女の存在が人々に光を与えているのは、陛下もお認めになるはず」
王妃がわずかに唇の端を上げ、国王も少し穏やかな表情になる。
広間の空気は張り詰め、誰もが次の言葉を待っていた。
――その時。
王太子が、耐えきれぬように声を荒げた。
「セシリア! 貴様はなぜ、いつも笑っていられるのだ!」
その叫びは、嫉妬と焦燥に満ちていた。
私は思わず、唇の端を上げてしまった。
「殿下……。お忘れですの? あの日、私は涙より先に笑いがこみあげた女ですわ」
広間にざわめきが走る。
そして私は気づいた――これこそが私の答えなのだと。
「……笑う、だと?」
王太子リオネル殿下の顔は紅潮し、拳は震えていた。
「婚約を破棄されたお前が、どうして笑っていられる! 誇りも未来も失ったはずだろう!」
広間に殿下の叫びが響く。
リリア嬢は青ざめ、国王と王妃は沈黙し、廷臣たちは固唾を呑んで見守っていた。
私は、静かに息を吸った。
――あの日、涙を選ばず笑いを選んだ自分を裏切らぬために。
「殿下。わたくしは、選ばれませんでした」
その一言で、広間がざわめく。
「けれど……選ばれなかったからといって、わたくしの価値が消えるわけではありません。
むしろ、選ばれなかったからこそ――わたくしは、自分自身を選ぶ道を得たのです」
王太子の目が大きく見開かれる。
リリア嬢は唇を震わせ、国王と王妃は互いに視線を交わした。
「セシリア嬢」
アルノーが一歩進み出て、私の隣に立つ。
「だからこそ、私はあなたを敬愛する。あなたは誰にも縛られず、自分の足で歩んでいる。その姿を、私は誇りに思う」
廷臣たちの間から、低いどよめきが起こった。
「なるほど……」
「悪役令嬢などではなく、まさしく――」
振り返れば、リオネル殿下の顔は苦渋に歪み、リリア嬢の瞳には不安の影が揺れている。
そして、私の隣には確かな温もり――アルノーが立っていた。
(選ばれなかった。だけど、それは終わりじゃない)
むしろ始まりだ。
涙より先に笑いを選んだ、あの日から続く道の。
大舞踏会の夜。
煌めくシャンデリアの下で、私の周囲には絶え間ない笑い声と祝福の言葉が集まっていた。
誰もが「断罪されても笑った令嬢」を語り、私の名を誇らしげに口にする。
――そして、その反対側。
リオネル殿下とリリア嬢は、広間の隅に追いやられていた。
声をかける者はおらず、近づこうとした侍女までもが途中で踵を返す。
「……どうしてだ、これは夢か……? 私は王太子だぞ!」
殿下は必死に周囲を見回すが、誰一人目を合わせない。
リリア嬢が縋るように声を上げる。
「殿下……やっぱり、セシリア様が……」
その名を口にした途端、周囲の視線がさらに冷たく突き刺さる。
王太子とその妃の座が「笑われる存在」となった瞬間だった。
「リオネル、リリア」
国王が歩み寄り、淡々と告げる。
「政略において最も重んじられるのは、人心を得ること。……それを失ったお前らに未来などない!」
王の声は、王宮の大広間に響き渡った。
周りの者たちが息をのむ中、王は冷たく視線を巡らせる。
「よって、即刻、お前らを鉱山へと送る! 日々の労役を通じて、己の過ちを思い知るがよい!」
命令の言葉とともに、衛兵が整列し、対象者たちの手足を縛る音が重く響いた。
群臣たちは固唾を飲み、誰も反論することはできない。
王の威厳と怒りが、その場の空気を凍らせていた。
「逃れることは許されぬ。鉱山――そこがお前たちの新たな“未来”だ」
リオネルとリリアの顔が蒼白になる。
そして、王の命令を受けた衛兵たちに連れられ、彼らは重々しい足取りで王宮の門を後にした。
アルノーがそっと手を差し伸べてきた。
「行きましょう、セシリア。あなたはもう、ここにとどまる必要はない」
私はその手を取って、広間を後にした。
外に出ると、夜空に白い月が輝いていた。
ひんやりとした風が頬を撫で、胸いっぱいに新しい空気を吸い込む。
「……やっと、自由になれましたわね」
そう呟いた私の笑みは、かつての“悪役令嬢”という烙印を遠くに置き去りにしていた。
月明かりが花々を照らす中、セシリアの頬を一筋の雫が伝った。
自分でも驚くほど、あまりにも自然に。
その涙を、アルノーがそっと指先で受け止める。
彼はただ、優しく微笑んでいた。
セシリアは小さく息をつき、握られた手に力を込める。
言葉はいらなかった。
夜の静けさの中で、二人の影だけが寄り添い重なっていく。
未来はまだ見えない。
けれど、涙より先に笑いを選んだあの日の私なら――きっと、この先も笑って歩けるだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて連載版完結です。
短編ではかけなかったアルノーとの描写、背景などを増やしたことで、物語に深みを持たせることができました。
泣かないはずの令嬢が最後に見せた一粒の涙――そこから、読んでくださった方が何か感じ取っていただけたなら嬉しいです。
悪役令嬢ものや婚約破棄ものには「スカッとする」展開を求められることが多いですが、胸キュン要素を入れ、最後は少しだけ柔らかく、ほっとするような余韻を残すのも良いかなと。
読後に「ざまぁだったな」と同時に「ちょっと温かい気持ちになったな」と思っていただければ幸いです。
ぜひ、評価、感想などよろしくお願いいたします。
それでは、また別の物語であなたと再開できますように。