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アルノーの過去、王城の呼び声

舞踏会の一幕は、翌日には王都中の話題となっていた。


「王太子殿下が声を荒げたのをご覧になった?」


「ええ、それをさらりと受け流して、侯爵令息の手を取ったあの姿……!」


「“笑う悪役令嬢”どころか、もはや“微笑みの淑女”ですわね」


私が歩くたび、耳に入るのはそんな囁きだった。


皮肉なものだ。

ほんの少し前までは断罪された哀れな令嬢として笑いものにされていたのに。


(でも……悪くない気分ね)


もちろん、すべてが歓迎の声ではない。

「王太子を挑発するなんて愚かだ」と陰口を叩く者もいる。


だが、私をあからさまに侮辱する声は、もうほとんど聞こえなくなっていた。


――そして、その変化をもっとも敏感に察したのは、リリア嬢だった。


「セシリア様……皆さま、あなたを褒めてばかりです。わたくしは……っ、殿下の婚約者なのに……」

ある茶会で、彼女は思わず泣きそうな声を漏らした。


隣にいたご婦人方は顔を見合わせ、困ったように視線を逸らす。


その瞬間、私には理解できた。


(ああ、この子は――光を独り占めしていたはずなのに、初めて影の冷たさを知ったのね)


かつて私が味わった孤独を、今度はリリアが味わい始めているのだ。


「リリア」

私は彼女に歩み寄り、穏やかに声をかけた。


「ご安心なさい。殿下の隣に立つのは、あなたです。 わたくしはただ……自身の道を歩いているだけ」

彼女の瞳が大きく揺れる。


それは嫉妬か、不安か――本人にも分からないのだろう。


一方、アルノーはと言えば、そんな騒ぎをよそに私の隣に自然に立ち、茶を注ぎながらこう囁いた。


「人の評価など、風のようなものです。追いかけても捕まえられないし、背を向けても勝手についてくる」


「……貴方は本当に、変わっているわ」


「ええ。だからこそ、あなたと話が合うのです」


紅茶の香りに包まれながら、私は思った。

――社交界の風がどう吹こうと、もはや恐れる必要はない。


アルノーは茶を差し出す手を少し長く止め、私の手元を見つめた。


「……セシリア様、こんな風に自然に笑うあなたを見られるのは、嬉しいことです」


私が顔を上げると、彼の瞳には真剣さと優しさが混ざっていた。

言葉にはない誠実さが、静かに胸に響く。


「アルノー……私、以前は誰かに心を許すことすら怖かったのです。殿下や社交界の視線に、いつも縛られていましたから」


吐き出すように話すと、彼は軽く頷き、手をそっと重ねてきた。


「だからこそ、今こうして隣にいるあなたの笑顔を見られることが、私にとっても特別なのです」

指先が触れるたび、心の奥で小さな温かさが広がる。


「……ふふ、貴方は本当に、私を安心させるのが上手ですね」


「ええ、だからこそ、あなたと一緒にいる時間が、私にとってもかけがえのないものになります」


紅茶の湯気が立ち上る静かな空間で、自然に肩が触れ合う距離。


社交界の喧騒は遠く、二人だけの時間がゆっくりと流れる。


私は小さく笑みを返し、彼の手に軽く触れた。

――この触れ合いが、私の心をほどき、笑顔を本物にしていく。


アルノーの存在は、単なる傍観者ではなく、私を理解し、支えてくれる人。

その事実が、私の胸に静かな力を与えた。


「……これからも、あなたと一緒に過ごす時間を、大切にしたい」

つい零れた言葉に、彼は柔らかく頷く。


「もちろんです、セシリア様」

微かな沈黙が心地よく、笑い声や囁きも、ただの背景になってしまうほどの静けさ。


――社交界の風がどう吹こうと、私の隣には、私を理解してくれる人がいる。

その確かさが、私に新たな勇気と自由をくれた。


紅茶の香りと指先の温もりに包まれ、私は小さく息をつき、深く心を落ち着ける。

――これが、私とアルノーとの距離をさらに縮めた。


紅茶の香りとアルノーの手の温もりに包まれた穏やかな時間から、日常は静かに戻っていった。


社交界のざわめきや囁きも、二人だけの世界ではただの背景に過ぎない。


しかし、舞踏会での「笑う悪役令嬢」との評判は、王都の人々の記憶に鮮明に残っていた。


私が屋敷で微笑みながら紅茶を楽しむ姿を見聞きした者たちは、徐々に噂を膨らませ、勝手に物語を紡ぎ始めていたのだ。


――そして十日後。


その噂は、一気に王都を駆け巡ることになる。

屋敷の門番までもがざわつき、使用人たちがひそひそと話す声が廊下に響いた。


「セシリア嬢が侯爵家に正式に求婚されるらしい」

「いや、まだ話は出ていない。ただ……王宮がついに動いたそうだ」


私のもとに届いたのは、王家からの正式な召喚状だった。

“セシリア・ド・ラヴェル、王城に出頭せよ”


(また、あの場所に呼ばれるのね……)

かつて断罪の場で涙を流さず、笑いを選んだ私が、再び王城に足を踏み入れることになる。


今回は、どのような筋書きが待っているのだろうか――胸の奥に、微かな緊張と期待が入り混じる。

ここまで読んでいただきありがとうございました


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