強い者の味方
夏の日。
貴族の娘である私は誘拐された。
「指の一本でも送りつけてやる。そうすりゃ、相手も真剣になるだろう」
誘拐犯の言葉に怯え、泣いていると不意に彼は死んだ。
そちらを見ると傭兵と思わしき男が立っていた。
見知らぬ男だった。
男は無言で私の縄を解いて言った。
「お嬢様。もう安心ですよ」
震えながら私はあなたに問う。
「何故、私を助けたの?」
「お嬢様。私は強い者の味方です」
あなたの言葉は転がる誘拐犯の上を心地良く跨いだ。
帰還した私は父に頼んであなたを私の護衛として雇った。
「お嬢様。私は強い者の味方です。ご安心ください」
素性の知れないあなたを父は信用していなかった様子だが、あなたの言葉に遂には折れてしまった。
私が十二歳となった頃、私の家は政争によって滅びた。
両親は勿論、召使いから庭師の子供に至るまで殺された中であなたは私を守り切った。
「どこにも行かないで」
一人きりになってしまった私はあなたに縋る。
しかし、あなたは残酷に告げた。
「お嬢様。私は強い者の味方です」
体の震えを無理矢理抑える。
ここで弱い姿を晒してしまえばあなたは私の下を去ると分かったから。
故に私は少女であることを辞めた。
剣を振るい打ち負かし、弁舌で説き伏せ、民を鼓舞して勇気づける。
そんな人間となった私を人々は英雄と呼んだ。
そして、十数年の時が経ち傷ついた家名も名誉も私は取り戻す。
隣に居るあなたに私は言う。
「今日まで支えてくれてありがとう」
あなたは笑って答えた。
「お嬢様。何を今更。私は強い者の味方です」
それから数十年。
すっかり老いたあなたはベッドの上で微笑む。
「目に狂いはありませんでした。あなたは誰よりも強かった」
お婆さんとなった私は少女のように泣きながら告白する。
あの日々の心細さを。
あなたに見捨てられることを恐れていたことを。
たった、それだけを理由にして動いていただけで、人々の言う英雄などではないことを。
しかし、あなたは言った。
「お嬢様。私は強い者の味方です」
それを最後にあなたは旅立った。
三年もないであろう日々を私は生きる。
涙を見せず。
強く、穏やかな姿を演じて。
だって、そうしなければ。
あなたはきっと黄泉の国で待っていてくれないだろうから。