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「つまるところこれは叔母の私生児なの」


 さらりと、ミルドレッドは言った。アンリゼットは固まった。


「王妃、殿下が――」


「違います、母さんは不義をしていません」


 シルヴィンは騎士らしくアンリゼットに向き直った、きちんと距離をおいたまま。


「フェンリス侯爵家の血筋には、稀に魔素が肌や髪に沈着した状態で生まれる子が出ます。忌み子です――つまり、俺のことです。表に出せば悪い噂が立つどころじゃない。母さんは俺を産んだあと、しばらく王宮を離れていました。表向きは、産後の肥立ちが悪いので静養すると言って。離婚するつもりだったと聞いています。でも父さ、国王陛下は彼女を手放す気なんてなかったんです」


 声には出さず、ミルドレッドはシルヴィンを指さして口をパクパク動かす――彼のことも、ね。


「数年が経って、迎えが来ました。母は俺の頭を撫でて、一人で旅立ちました。それ以来会っていません。弟妹たちにも。いつの間にか俺は生まれていなかったことになっていました。フェンリス侯爵家は俺を育ててくれました。でもいつまでも世話になってばかりではいられない。だって俺の見た目はどう考えてもフェンリスの血筋じゃありませんからね」


 シルヴィンはアンリゼットに向かって頭を下げた。


「騙すつもりはなかったんです、奥様」


「いいえ、いいえ――顔をお上げください。どうかそのようなことは、今後はなさらないでくださいませ」


 アンリゼットは慎重に言った。顔を上げた彼の顔に浮かんだ失望の色。だが貴族らしい貴族として躾られたアンリゼットには、もはや彼を自分の護衛騎士として接することなどできない。

――この人は、少しボタンがかけ違えば王太子殿下であったのだから。

 確かに国王陛下も王妃殿下も金髪碧眼だが、彼らと少しばかり色が違うことになんの意味があろう。アンリゼットが目を伏せると、シルヴィンはふっと笑った。


「あなたは最初から俺の見た目で態度を変えなかったのに、出自を知ったらそうなってしまうんですか?」


「ですが――」


「お願いです、奥様。今まで通りにしてください。俺はただのシルヴィンで、それ以上の者ではないのですから。どうか、アンリゼット様」


 アンリゼットは不承不承、頷いた。

 シルヴィンの目を見たら、そうしなければならないと思ったのだった。切実で、希望と絶望のあわいにある不安定な目だった。拾ってきた本物の猫みたいだ。そう思えば、アンリゼットは頷くしかない。


「あたくしが彼と示し合わせてあなたをペテンにかけている可能性もある」


 ミルドレッドがからから笑う。闊達な声にアンリゼットは肩の力を抜いた。


「そうする理由がありませんわ、ミルドレッド様」


「どうして? あたくしはあなたの味方とは限らないよ?」


「あなた様に不利益しかないからです、ミルドレッド様。彼が王妃様のお子であろうが、なかろうが。フェンリス侯爵家の姫がルベッタ伯爵家の領地までわざわざ出向いて、大立ち回りをしたことはすぐ知れ渡りますわ。そこに居合わせた元傭兵なんて痛くもないのに探られる腹そのものです。この上私を騙して楽しむ必要はありません。この状況は、あなたにとって十分楽しいものでしょうから」


 からからとミルドレッドは笑った。芯から面白がっている声だった。

 コンコンとノックの音がして、場に緊張が走る。ミルドレッドはアンリゼットを見、ルベッタ伯爵夫人として彼女は声を張り上げた。


「お入り」


 テラスがたった一人で入室してきた。静謐な無表情の奥に、抗いきれない感情が蠢いているようにアンリゼットには思われる。


「審問官様をお呼びします」


 誰かが何かを言う前に、老人は早口に喋った。


「王の権威の元、いったい誰が何をしたのか解明していただくのです。真に裁かれるべきは誰かを白日の下に晒すのです。おお、そうでなければいったい真実とは、正義とは何なのでしょうか?」


 喋るうちに自信を取り戻したのだろう、動き回って乱れた髪もそのままに、どこか得意げに彼は言い終える。いいえ、とアンリゼットは首を横に振った。


「審問官は貴族の呼び出しにしか応じません。使用人であるあなたの名前では、手紙を送っても無視されてしまうでしょう。ああ、それに、ユージミーの名前でもだめですわ。若すぎます。審問官を動かすには、それなりの報酬を示しコネを総動員しないと。だから……だから、この国の司法はダメだって言われるんでしょうけれど」


 もちろんテラスとて、そんなことは分かっていただろう。だが彼は気取った仕草で胸に手を当て、とっておきの宝物を見せびらかすように微笑んだ。


「ユージミー若様の殺害の証拠があると付け加えました。手柄欲しさの若い審問官でしたら、召喚に応じますとも」


「それはどんな?」


 老人は微笑んだまま、答えない。はたして彼にこれほど冷たい目つきができるとは、アンリゼットは知らなかった。

 シルヴィンが膝の上に肘をついて、大あくびをした。


「もうやめましょ、テラスさん――なあ、じいさん? 老体に鞭打ってまでそんなことをする必要はないって。認めた方がいいよ。何もかも自分の仕業だったってな」


「若造が、口を挟むのをやめろ。いったいなんの権限があって雇われ騎士ごときが己に考えがあると思い込むのか」


「なあ、もういい加減にしろ」


 シルヴィンは立ち上がった。彼はテラスより頭一つ分は背が高かった。

 ミルドレッドは面白そうに足を組みかえる。アンリゼットは立ち上がり、シルヴィンの腕に手を置いた。


「あなたの言う通り彼は老人で、もう逃げ場はないわ」


 シルヴィンは頷き、まだ土汚れの残る頬を少しだけ緩ませる。


「俺、今回はいいところなしですね。あーあ、あなたのためにもっと活躍したかったんですが」


「おお、奥様。これこそまさに、証拠です。あなた様はユージミー様よりその男をこそご心配なさるのですな。あなたの目つき。それこそ――」


 テラスが口を挟んだが、語尾に被せるようにシルヴィンは話し始めた。


「なあテラスじいさん。亡き奥様の【呪い】っていうのはさ、つまりあんたが屋敷の全員にかけてる精神操作の魔法のことなんだろう?」


 

 

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