肩透かし
僕の予想に反して、神事はつつがなく終わってしまった。解せぬ。
神事の間に僕が拘束されている日はまたとない絶好の反乱日和であったはずだが、戦神が神事に興味津々だったせいなのか、はたまた何か仕込みがあるのか、何も起こらなかった。
これは僕の人生においてかなりの異常事態である。
幼少期から、乳母の顔より護衛の顔を見ていた時間の方が長い有り様なのだ。スキあらば戦神が裏切り暗殺反乱とイベントを所狭しと並べてくるのである。
今回だって王家に敵対する貴族派がイリアスという超弩級戦力を排除する大チャンスだったのである。
僕が動けずに特定の部屋に拘束され続けるとか、今後二度と起こり得ないというのに、超遠距離砲による絨毯爆撃(あったとしても僕は耐えられるが、兄たちは死ぬ)や、神具への細工による僕の体内の魔道回路への干渉(僕は耐えられるが、放出される余波で兄たちは死ぬ)すら無かった。
帝国にもたらす益は数あれど、もたらす損害も数知れず、触らずとも祟りありと恐れられているイリアスという存在は、計略に組み込むにはアンタッチャブル過ぎると言うのであればさもありなん。
しかし、反王家としてまとまる貴族たちが必ず乗り越えなければならない存在でもある。
イリアスがいると国土は拡大するが乱世になる。そして拡大した国土は、イリアスがいる限り落ち着かず、火種が燻り続ける。死して平和の礎となる存在こそがイリアス。
だから、帝国を支配せんと思うのであれば、最大戦力という意味でも加護の特質という意味でも僕は真っ先に排除せねばならない。しかしイリアス本人が戦神の意に沿った行動をしている限り、加護は弱まることがない。すなわちスキがない。反乱者たちにとって最大の懸念材料にして頭痛の種、悪夢そのもの。
だから、せめて千載一遇のチャンス(と襲撃者たちが信じたいであろうタイミング)をモノにせんと仕掛けてくることはあれど、何もないとは思いもしなかった。思わず、実はお父さまとお義母さまは既に暗殺されており、儀式の魔法陣から遠目に見える帝王夫妻は替え玉、というパターンを疑ったほどである。
僕の加護を恐れてなのか、お父さまとお義母さまは僕と最低限の接触しかしてこない。
その上、僕は人生において帝都にいた期間の方が圧倒的に短い。そっくりさんを連れてこられたとしたら、親の顔など即座に見分けられる自信はなかった。無論、姿形が似ただけのその辺の適当な貴族を連れてきたところで、王家が王家たる所以の神徒にはなれないのであるから、神託を受ければ区別はつく。昔、お兄さまに僕が気がつかないという意味での入れ替わりの危険性を話したところ、お兄さまはとても長い表情を浮かべており、その後お兄さまやお姉さまとの交流の時間がちょっぴり増えたのは良い思い出だ。
無事神事は終わり、戦神からも上機嫌にご苦労ご苦労との労いをもらったので、うっかり斜め上の方を(おそらく天高く何処にかあるという神の領域から僕を眺めていると思しき我らが戦神を)胡乱な目で見てしまった。
通常、加護をいただいている神のご機嫌麗しいことは結構なことなのであるが、戦神についてはそうは問屋が卸さない。
疑心暗鬼になりながら、煌びやかな金細工の冠を外し、宙に浮きながら神事の控えの間に下がると、そこには難しい表情をしたお兄さまが僕を待っていたのだった。




