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神事

*帝歴267年春、帝都ミレスト*



「その王子、生まれながらにして戦場を統べるもの。戦場を離れること能わず、戦場に生き、戦場で死ぬ」


今のところ先達と同じように、僕も神託どおりの道を歩んでいる。イリアスという存在は戦神の加護によって戦争に対して無類の強さを誇る代わりに、物事がどう転んでも戦を引き寄せてしまうので、否応が無しに戦場を点々とする羽目になるのだ。

だから、1週間も帝都にいるのはかなり久しぶりのことだった。

あの元凶の戦神が()()()()に神事を執り行うよう愉快犯的な神託を下したせいで、戦禍の火元とも言うべき僕は窮屈な帝都に押し込められている。僕も迷惑しているが、多分帝都の方もあちこちが迷惑している。



「あーあ。早く帰りたい。」

白い布に金の獅子をあしらった、ゴテゴテした飾りのついた衣装を着せられる間、手持ち無沙汰に窓の外を見つめてぼやく。

女官は僕が何を言ってもほぼ無言なので、完全に独り言だ。戦場にいると忘れがちだが、イリアスに関わるとどこで戦と(えにし)が結ばれるか分からないからと、イリアスと話したがる常識人は少ない。



それだけでもいい気はしないというのに、帝都に来てから全く自由がない。

神事の手順を反復させられ、主要な大臣と面通しをするのはまだマシ。僕自身や僕の周りに反乱の兆しが無いか、常にぴったり貼り付いて監視されるのだ。帝都で僕と接触した臣下は誰なのか、事細かに記録をつけて、そこに戦の気配がないか、ここ数日の同行を念入りに洗うらしい。



帝都入りした初日に説明を受けたが、戦神の権能に対する理解の浅さに閉口した。代々のイリアスを贔屓している戦神の権能は、人間の悪あがきで逆らえるものではないので、無意味なことは早急にやめてほしい。僕にその気があろうがなかろうが、帝都(ここ)に僕がいる間は戦いが起こりやすくなり、ましてや反乱が起きれば、必ず僕という存在が反乱の規模を大きくし、被害を拡大し、死者を増大させる。

何か対策をしたいのであれば、僕が帝都にくる前に、済ませておかなければいけないのだ。流石の戦神の権能も、火のないところに煙を立てるのには少々時間を要するのだから。



支度の仕上げに煌びやかな金細工の冠を被せられたので、冠の重さを魔法で軽減してから部屋を出る。

衣装が崩れないよう、魔法で宙に浮いて回廊を通り、監視を兼ねた侍従を引き連れて謁見の間へ向かうと、他の兄弟たちはすでに揃っていた。

「遅いぞ、イリアス」

鋭い目つきなのは、アナバシスお兄さま。金髪碧眼の美丈夫で、美の女神の寵愛を受けている王太子。僕とは加護を与える神同士の仲が悪いので対立しがちだが、何だかんだで家族への情を感じる時もある。



「大きくなったわね、イリアス」

優しく微笑んで迎えてくれるのは、アンドロマケお姉さま。詩の神の寵愛を受ける黒髪赤眼の朗らかな美人で、いつも僕のことは贔屓してくれる。その理由は、生死を神に定められた弟に対する憐憫なのだけれども。



「お兄さま、お姉さま。久しぶりです」

「相変わらず器用なことだな。気軽に宙に浮かんでいられるとは。俺にはそういう繊細な魔力操作はできん」

「お兄さまは充分背が高いからいいじゃないですか。僕だと神事の舞で身長が足りないんです」

宙をふよふよと漂いながら、侍従から式典で使う錫杖を受け取る。背の低い僕では、こうでもしないと錫杖を回す動作が取れないからやむを得ない。



「それはそうと、お父さまとお義母さまは来ないんですか?」

「そんなわけないだろう。もうじきいらっしゃるはずだ」

「それでしたら、先ほど元老院の方々と執務室から出てこられたのを見かけましたから、もうすぐでしょう」

「ならいいんですけどね。帝都に来てからの警戒態勢には、僕もまいってるんですよ」

「その点はイリアスの宿命だ、諦めろ」

すげなく言い返すお兄さまを思わず胡乱な目で見てしまった。



「何を恐れているんだか知りませんが、神事のあいだは何があっても僕は手助けできませんからね。せめて目の届くところにはいて貰わないと対処が遅れる可能性があります。何か懸念があるならもう少し近衛を増強してもいいくらいなんですが。……それとも何か、近衛が動かせない理由でも?」

すっ、とお兄さまの耳元に顔を寄せてささやくと、表情がわずかにこわばる。



「……両陛下も私も、それぞれに加護を受けているのだ。滅多なことは起こるまいよ」

そのまま目を細めてはぐらかすお兄さまに、ついため息が出た。

「お父さまの方針に従って僕に隠し事をするのは勝手ですが、神の権能同士で相殺するにしても限度がありますよ。どうせ僕を担いで対岸の皇国と戦争したいどこぞの一門がこそこそ悪巧みしているんでしょう?そして絶妙にあと一歩のところで尻尾が掴めないんでしょう。だから、わざわざ僕を帝都に留め置いて、あえて反乱させようとしている。」

右手に持つ錫杖を弄びながらお兄さまをちらりと見やるが、その微動だにしない表情から内心は窺い知れない。



「下手すると、死にますよ。お父さまとお義母さま」

「おい、それは流石に不敬だぞ。世界随一の戦士団を祖とする王家に弱者はいない。」

「ここまで強く加護を受けた僕に不敬とかありませんよ。僕が敬うべきは、僕を加護する戦神アレシスだけですし」

僕の軽口に眉を顰めるお兄さま。うん、美男子はこういう時も様になるからずるいなあ。



生来の運命により早逝が確約されている()()()()という立場は、王家の中でも特殊な地位を占める。戦絡みの事柄においては王太子よりも上の権限を持つため、この話題においてはお兄さまに特にへりくだる必要はない。

「それに、領土拡大に貢献したことへの褒章がこのように監視を付けられることなら、お父さまもお義母さまも()()()()というものが分かってないですね」

揶揄うように付け加える僕につける薬無しと思ったのか、お兄さまはため息をついて黙りこくってしまった。


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