第3王子はやる気がない
自室に転移した僕を待ちかまえていたのは、剣を手に周囲を警戒する完全武装の兵士たちだった。彼らは認識阻害の魔法を発動している僕に気が付かず、僕の足元にある転移用の座標マーカーを血走った目で見つめている。
鎧の差し色は深緑と魔術騎士団のものなので、予想通り、将軍と魔術師塔は帝家を滅ぼすつもりらしい。神の加護を持たないただびとだけで、神徒たる帝家を滅ぼそうとは、不遜と言うか、身の程知らずというか。
「円刃波」
手元の典礼用の剣でも加護を持つこの身が振れば神剣と化す。剣を構えて踊るようにくるりと一回転するのに合わせて放つ衝撃波は、室内にいた騎士をぐちゃぐちゃに引き裂いた。同時に、手元の剣は魔力負荷に耐えきれず自壊する。
周囲を警戒する兵士と目が合うと、兵士が腰を抜かした。
「ひっ!い、第三王子だ!」
「おい、第三王子が来るなんて聞いてないぞ!」
「冗談じゃねえ!」
武器を取り落としながら後ずさる大人たちが目障りで、思わず顔を顰めた。見苦しいので左腕の一振りで大気中の魔素に働きかけ、氷漬けにする。
「後ろから撃たれたくなけりゃ前進しろ!敵前逃亡は死ざっ!?」
雑兵を押しやる指揮官は熱照射魔法で狙い撃ちに。
「お前を殺せば、……妹が助かるんだ!」
覚悟を決めて一番槍で襲ってくる兵は、両手に三日月刀を召喚するついでに首輪もろとも刎ね飛ばす。
返す刀で手近な人間も2~3人巻き込んだ。
「ずいぶんとけったいなお出迎えだね。う~ん。もしかして、君たちの部隊長が権力闘争に負けちゃったのかな?それで無理やりこんな死地に追いやられている?」
僕は両手のシミター2本をくるくる回して血を掃いながら、周りを取り囲む兵士たちを見つめ返す。
やろうと思えば全員すぐに殺せるけれども、それだと誰が首謀者なのか分からずじまいだ。さてどうしたものか。
「……前進しろ!魔法士隊は兵ごと第三王子を撃てぇ!」
「うるさい」
「ぐっ!」
「もう、大きな声出すから、思わず魔力で殴っちゃったじゃん。大体ねぇ、君たち。忘れてるかもしれないけど……臣下の身にありながら、神徒である僕の意志に逆らうとか不敬だよ?」
そうなのだ。どういうつもりか知らないが、王族の僕の敵になった時点で詰んでいる。そんな簡単なことがわからず、僕の襲撃なんて損な役回りを引いた捨て駒部隊に、事情を知っている人間なんていない……?うーん。考えるのが面倒だし、殺そうかな。
そう思って、薄ら笑いを浮かべたまま兵士たちに近づくと、僕の魔力に当てられた兵士たちが一様にガタガタと震え始めた。
「な、なにとぞお許しを……!」
「し、知らなかったんです!ここがイリアス様の部屋だなんて!」
一人、二人と兵士がひれ伏し始めると、次々と兵士が膝をつき許しを請い始める。
「決して、い、イリアス様を、が、害そうというわけではなく!」
その言い訳を聞きながら、僕は無言で右手のシミターを一閃。
「だからさ、僕の許しもなく僕に話しかけるとか、不敬だから」
口を開いた兵士たちの首を撥ねたので、あちこちで血柱が立つ。
同僚の血を受けて卒倒する兵や必死に逃げようと這いずり回る兵がいて、大変見苦しい。しかし、ただ殺すというのももったいないかもしれない。練度の低い部隊でも、魔法で制約をかけてやれば使いようはあるし。
「ま、本来なら全員反逆で死罪にするところだけど、ちょっとしたお願いを聞いてくれたら見逃してあげるよ。何でこんなところにいたのかは知らないけど、王族を襲撃して命が助かるだけラッキーだよね?」
アルクメニア帝国は、ニカイア半島が小国の都市国家群で占められていたころ、半島の最南端に自然発生的に成立した戦士団を前身としている。
その名もなき戦士団は、領土獲得のための征服戦争に明け暮れ、今から267年前の今日、周辺の主要な都市国家を下して帝国の樹立を宣言した。
初代帝王の名前はイリアス・アルクメニア。
戦場に生き、戦場に死んだ王として名を馳せている。
そして僕の名前もイリアス・アルクメニア。
第三王子にも関わらず、初代帝王と同じ名を継承したのは、3歳の誕生日にもたらされた神託のせい。
「その王子、生まれながらにして戦場を統べるもの。戦場を離れること能わず、戦場に生き、戦場で死ぬ」
巫女のその言葉と共に、僕は光り輝き、髪は黒から金に、目の色は黒から碧に変わったのだった。
帝国には、王子が生まれると必ず霊山テピュライにある神殿で神託を受ける伝統がある。建国より遥か昔、1000年以上の歴史を誇るテピュライ神殿と王家の親交は深い。それだけに、テピュライ神殿の神託によって、王子の人生は大きく左右されてきた。過去に僕と同じ神託によってイリアスとなった王子は、初代イリアスを含めて4人。いずれも神託どおり、戦場に生き、戦場で死んでいる。
そして残念ながら、僕も今のところ先達と同じ道を歩んでいる。イリアスという存在は戦神の加護によって戦争に対して無類の強さを誇る代わりに、物事がどう転んでも戦を引き寄せてしまうので、否応が無しに戦地を点々とする羽目になるのだ。
当然、放っておけば戦勝を重ねる僕に軍の支持が集まり、軍部に担がれてクーデターを起こす恐れがある。情勢不安を嫌った父と義母は、僕がイリアスとなったその日のうちに、僕を加護する戦神への誓いを立てさせた。
一つ、帝国を守り、帝国の敵を滅すること
一つ、帝国の王たる者を守り支えること
一つ、帝国への悪意を持たないこと
そうして、僕個人の立身出世やクーデターの可能性を排除するとともに、軍部が必要以上に僕に肩入れする旨みを削ろうとしたのだ。
当時まだ3歳の僕に大人の意図が分かるはずもなく、英雄譚に出てくる誓いに憧れていたこともあって、僕はあっさり誓いを立て、戦神はそれを喜んで受け入れた。そして、誓いの印として、他のイリアスには無かった使徒の紋章を右手の甲に授けられ、僕の戦闘力はさらにアップした。当然、父と義母は頭を抱えていた。
実は、この戦神は地上の戦争を娯楽として楽しむ存在で、味のある縛りプレイを希望してきた幼児に大いに喜び、歴代イリアスの持つ加護にさらに加護を付け足してきたのである。後日、当人(当神?)に聞いたところ「せっかく面白いことになりそうだから、早く死んじゃうともったいないと思って」などと宣い。
というわけで、僕は、歴代イリアスの中で最も強い力を持ち、最も戦を引き起こし、そして戦神がこの遊戯に飽きたら命運が尽きることが決まってしまったのである。理不尽。
そんなこんなで、4歳から戦場に放り出され、戦場を遊び場にすくすくと育つこと6年。数々の反乱と領土争いを制して立派に戦神の目を楽しませていると、帝都から呼び出しがかかった。
イリアスが建国祭の神事を執り行わなければ戦神の神罰が下ると神託があったというのである。これも後日、当人(当神?)から話を聞いたのだが、「そういえば今までイリアスの神事を見たことが無かったなと思って。あと最近の帝都がちょっと温いと思って!」というただの愉快犯的発想であった。解せぬ。
しかし、イリアスの力の根源はその勝手気ままな戦神なので、当神の気分を害すると僕の身に大小様々な不幸が起きることは想像に難くない。
その方がよほど酷い目に合うと思われるので、しぶしぶながら神事を引き受けに帝都に来たのが1週間前。僕がしばらく帝都に滞在することによって誘発されたのか、早くも帝都ではきな臭い動きが見え隠れしていた。