第9会 お土産売り場のある旅館の大ホール
……まただ。
記憶にはあるけど覚えが殆ど無い光景。
暗がりだからリーフェの部屋かと思ったけど、違う。
ここは……、旅館だ。
背後にお土産屋さんがある。
修学旅行の記憶だろうか。
立っている場所はお土産屋さんから一段下った大ホール。
ほぼほぼ消えかかっている記憶だが、見て大丈夫な夢だろうか?
「また、奇怪な夢を見てるわね。」
「おっと。」
背後から声がして少し驚いて振り返る。
「リーフェ、この夢は見て大丈夫?」
「大丈夫なんじゃないかしら。」
「記憶が抜け落ちている感覚がするんだけど……。」
「まぁ、死にはしないわよ。
強制的に目が覚めるか、夢が切り替わるかだけだから。
念のため陽菜に双葉は呼ばないけど。」
「そっか。」
「お土産屋さんも稼働しているのに人はいないのね。
……ほら、冷蔵庫は動いてる。」
「……本当だ。」
「……飲み物は取らないの?」
「万引きですよ?」
「夢でも律儀なのね。」
「まぁ、性分ですし。」
「私にお酒は飲ませたのに?」
「それ言われるとつらいな。」
「あの時は取り乱して申し訳なかったわ。」
「あ、覚えてるんだ?」
「一応……。
しっかし、広いホールね。
何の記憶なのかしら。」
「多分、修学旅行じゃないかな。」
「暗いのは?」
「忘れかけてて滅失しかかってるとか。
現に記憶にはあるけどいつの記憶か思い出せない。」
「スイッチで電気とか付けられない?
暗くて足元が不安だわ。」
「んー……。」
突如、部屋に電気が灯る。
「きゃっ!」
「やってみたんだけど……。」
「ビックリしたー……、いきなり明るくなるんですもの。」
「ごめんごめん。」
見回すが正方形の木のパネルが並べられたホール。
やはり記憶が無いに等しい。
「うーん、思い出せない。
扉は埃だらけだった?」
「えぇ。」
「だろうなぁ。」
「でも昨日ほどじゃなかったわよ?」
「あれ?
でも、こんなに忘れてる。」
「学生時代の記憶だからかもしれないわね。
幼少時の記憶は強く残ってても学生時代はあまりいい思いをしてなかったみたいだし。」
「ふむ。」
「いいわ。
そこの冷蔵庫のジュースを取らないなら、私がお茶会を開きましょうか。」
「万引きですって……。」
「あはは、冗談よ。」
ティーセットを召喚すると、いつものアップルティーとクッキーが用意される。
今回はお土産屋さんとホールの段差を利用して座った。
「リーフェ、座ってるところ硬くない?」
「そういうことは気にしなくていいの。」
「気になるから聞いてるのに。」
「……ありがと、大丈夫。」
「うん。」
紅茶に口を付ける。
「スイッチ、どこにあったの?
やっぱり出入口?」
「いや、明るくなれって明晰夢的な。」
「あー、そっちかぁ。
じゃあ、この明かりは仮初のものね。
貴方が照らしてることになる。」
「そうなの?」
「夢の力で照らしてるわけだからね。
思いのほか光量が強いけど。
思い出したい気持ちが表れてるのかもしれないわね。」
「でも、思い出せない。」
「それでもいいんじゃない?
案外嫌な思い出が復元されて付いて回るかもしれないわ。
忘れさせようとしている記憶だってなくはないんだから。」
「あ。」
「何?」
「これ、僕の夢に欠損があったとして夢が途切れたり、切り替わったりしたとしたらリーフェは大丈夫なの?」
「そこは大丈夫。
自分の部屋にすっ飛ばされるだけだから。
前の悪夢と一緒。
ほーんと、変なところに優しいんだなぁ。」
「そんなもんですかね。」
「奥さんもそういうところに惹かれたんじゃないの?」
「わかりません。
惚気るつもりもありません。」
「私はそういう話、好きだけど?」
「リーフェ、結構読めないところあるよね……。」
「あら、そういう貴方だってそうでしょう?
で? 奥さんは貴方のどういうところに惹かれたんだって?」
「……内緒。」
「あっ、私に反抗した。」
「もう僕も38歳だよ?
いつまでもリーフェの子供やってるわけにはいかないんだよー。」
「……ふふん、私これでも数百数千年は生きてるのよ?」
「えぇ!?」
「たった38年が何ですって?」
「概念として僕が生まれる前からいたの?」
「貴方以外の人の夢にいた事もある、が正答かな。」
「じゃあ、色々と別れを経験してきたんだね。」
「え?」
「生まれ、出会い、老いて、別れ、再び生まれた人へ出会いを繰り返して僕のところに来てくれたんだ。
僕もその輪廻の中の一人に過ぎない。
つらくない?」
「……参ったわ、こんなこと言われたの初めてよ。」
「ん?」
「貴方、女性ウケしてたでしょう?」
「全然。知らない。」
「はあ、無自覚か……。」
「何が?」
「いえ、何も。
でも貴方ほど明晰夢の錬度が高い人はいなかったわね。」
「じゃあ、その人と出会っても話せる時間は僅かだったわけ?」
「そうね。」
「……僕なら自分を見失いそうになるな。」
「どうして?」
「それだけ長く生きてて、ちょっとしか接することが出来ずにいてまた他の人に移り変わるわけでしょ?
明晰夢が出来なかったら概念のままだ。
型すら成せない。
明晰夢には危険が伴う。
自ら自分を痛めつける人は少ないと思う。
まぁ、精神的に病んでしまったらこの限りじゃないと思うけど。
それを抜きにしても、存在が曖昧な状態なのはつらいと思うな。
僕の場合は興味とか居場所作りだったわけだけど……、リーフェは運命に振り回されている感がある。
リーフェの自己同一性は本当はどこにあるんだろうね?」
「……奥さんが貴方に惹かれた理由が分かった気がするわ。」
「え? 僕リーフェの事しか話してないよ?」
「今のは私を口説いてるのと一緒よ!バカ!」
「むぐっ!?」
クッキーを口に押し込まれる。
当のリーフェの顔は真っ赤だ。
僕は何か変なことでも言ったのだろうか……?
「むぐむぐ……。
ところでリーフェはさ。」
「何よ。」
「今は僕という明晰夢に概念を形にしているわけだけど、話している回数は多い方かな?」
「今は人生80年から100年くらいかしらね。
その中で私と出会えるのは通常5回も無いわ。」
「え!?」
「貴方がどれだけ異常か分かった?
こうして毎日のように私と接しているのはそれはもう何十人という人の輪廻を飛び越えていることに等しいのよ。」
「あ、改めて言われると恐ろしく感じる。」
「ちなみに付け加えておくけど、空を飛べる人はいたけれど、魔法を、それも反属性の魔法を容易く扱った人、私の魔法に反応出来た人はいなかったわよ。」
「うへぇ。
エイプリルフールネタであってほしい話だ。」
「それは4月1日。」
バツン!と急に照明が落ちる。
「わっ! 何だ!?」
「時間が来たみたいね。」
「いつもみたいに明るくならないの?」
「この夢は不確定要素が多いみたいだからいつものようにはいかないみたいね。
また、明日も来れそう?」
「……嫌じゃなければ。」
「いつ、誰が嫌だと言ったのよ。」
「じゃあ、またお付き合いください。」
「うふふ、喜んで。」
ふと、目が覚めた。
まだ外は暗い。
寝なおしたらまた彼女に会えるだろうか?
しかし、冴えてしまった目が再度寝付くことは無かった。
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