第56会 本気と叱咤
今日も書斎から。
リーフェは甘えたことを後悔しないのかな。
「こんばんは。」
「いらっしゃい。」
「……。」
「なぁに?」
「小さい、ままだね。」
「結構具合がいいのよね。
高いところは飛べばいいし。」
「ふむ。」
椅子に掛けようとしたところ、声を掛けられる。
「こら。」
「……ねぇ、後悔してないの?」
「全然?
第一、そんなちまちましたこと気にする気質じゃないでしょ。」
「そうでしたね。」
リーフェのそばに行って頭を撫でる。
「うん、いいわよ。
珈琲にする? それともお紅茶?」
「珈琲をください。」
「お。
珈琲を頼んだわね。
いいこといいこと。」
上機嫌でサイフォンを取り出すリーフェ。
「踏み台使ってない?」
「愛嬌があるかなって。」
「不便じゃない?」
「浮いたままでもいられるからねぇ。」
「器用だった。」
ふと目をやるとビーカーやらフラスコが並んでいる。
「何か実験?」
「え? あぁ、あれ?
フルオロ酸の実験をしててね。」
「ネズミでも出るんですかここ。」
「まさか。
強酸に興味があってね。」
「劇物使ってまでまた面妖な……。」
「モノフルオロ酢酸って知ってたっけ。
なんでネズミが出るって思ったのかしら。」
「ちょっと興味があって。」
「残念ね。
私がやってるのはフルオロスルホン酸の方。
一般に入手できるなかで強いの酸の一つ。」
「フルオロアンチモン酸だったら逃げますよ僕。」
「現状で最強の酸ね。
硫酸の2000京倍だっけ。
科学が好きなあなたらしいわね。」
笑いあいながら珈琲を待つ。
フラスコに下がった珈琲をカップに移してもらって出てきた。
……ケーキと同時に。
「嬉しいけどケーキは頼んでないよ?」
「試食してほしくて。」
多層のケーキだが生クリームに苺が乗っている不思議なケーキ。
ミルクレープとショートケーキを合わせたようなものだ。
「また不思議なものが出てきましたな……。」
「ミルフェって名前を付けようかと思ってね。」
「いただきます。」
さくりとフォークが入る。
「あ、崩れにくいね。」
「あなたが気にするからね。」
「すみません、気にしぃで。」
「綺麗に食べたいだけでしょ。」
「そうなんですけど。
リーフェってパティシエの心得あるの?」
「んーん。
今までさ、私してもらう側だったんだけどさ。」
「だってそりゃ王女……。」
「最近、あなたにこうすることが楽しいの。」
「そう?」
「えぇ、とても。」
切れ端を口に運ぶ。
「はえ……、苺?」
「見たままよ。」
「いや、クリームに苺が入ってる。」
「気づくのね。
起きたら覚えてるかしら。」
「これは忘れないや。」
もぐもぐ食べていると、リーフェが反対側に座る。
「……ご実家、帰ったのよね?」
「帰りました。
行きが13時間で帰りが21時間中睡眠90分。」
「前々から思ってたんだけど、
あなた、弟君と仲いいわよね。」
「一般的に兄弟を聞くと仲は良くないですね。
まぁ、弟にしてみたらしんどい兄だったと思いますよ。
わがままでヒス起こしたこともありますし。」
「一般的な話ね。
あなたはそれを改善する力がある。
もうやってないじゃない。」
「ん……。」
「あなたに弟君が応えたんじゃなくて?」
「どうでしょう。
……うーん。」
「ふふ。
お母さまにも弟君をよろしく頼まれてるんでしょう?」
「僕にとっては遺言ですね。」
「兄弟姉妹って遺産相続で大体揉めるのよね。
まぁ、あなたたちは珍しく大丈夫そうだけど。」
「継げるか否かはありますがね。」
「そうねぇ。」
テーブルの端に目をやると、
テディさんのそばに羽が生えている人型のものが見える。
「リーフェ、お人形さん趣味ってあったけ。」
「だいぶ前に卒業したわねぇ。」
「そこのお人形さん、なぁに?」
「……よく気付くわねえ、相変わらず。
ソファロ。」
「はい。」
くるりと人形が振り返ったからびっくり。
「え!? 生きてらしたの!?
ご、ごめんなさい!」
「いいえ、大丈夫です。
シュライザルさま。」
「シュライザル……さま?」
「あなたの神聖属性の分身よ。」
「え?」
ソファロと言われた妖精はにこーっと笑ってこちらの肩に止まる。
「ソファロ、ちゃん?」
「呼び捨ててください。
その方が気が楽です。」
「では、ソファロ。
君は僕の分身?」
「はい。
若干のパラレル要素を含んでいます。
シュライザルさまが天界で生まれたとき、私です。」
「女の子として生まれたのか……、なるほど。」
「ソファロ? そんなところに止まって大丈夫?」
「あ。」
リーフェに言われて何かに気づくソファロ。
「すみません、肩に止まりましたが失礼ではありませんか?」
「可愛いなぁ、くらいだねぇ。」
「ありがとうございます。」
「ソファロはどういう種族……って言ったらおかしいのかな。」
「シィオヒトニンフという種族です。」
「そうなんだ。」
「天界事情は私も疎いからあれだけども
なかなかないんじゃないかしらね。」
「ほうー。」
「シュライザルさま、今度わかるようにしておきますね。」
「律儀だねぇ。
無理に知らなくてもお手を煩わせるだけでしょうに。」
「それが私の役目ですから。」
「じゃあお願いしてもいい?」
「かしこまりました。」
と、肩にいるソファロが薄く輝く。
「おや?」
「来るわよ。」
「来る、とは?」
「ミカエル様かウリエル様に念が行った、ってこと。」
「あれ。
そんなことして僕怒られちゃうよ。」
「怒られないんじゃないかしらね。
あの方々はあなたには一目置いてるし。」
「全然自覚がない。」
「そこも含めて、よ。」
「そんなもんかなぁ。」
最奥の部屋の陰から人影が。
「やっほ、シュライザル。」
「ウリエル様!」
「ソファロに気づいたのね。」
「えぇ。」
「ウリエル様、お紅茶か、珈琲お出しします。」
「ん。じゃあ珈琲もらってもいい?」
「はい、ただいま。」
リーフェがコーヒーを淹れている間、話を続ける。
「ソファロって僕だったんですか?」
「可能性として、ね。」
「そうなんですねぇ。」
「ソファロそのものだったら彼女の存在が曖昧になるから。
あくまで、可能性、ね。」
「ふむ。
……で、ソファロに聞きたいことが。
あれ?」
ソファロがフリーズしている。
「ソファロ?」
「一応に私たちの伝聞役でね。
ミカエル様か私が来ちゃうと止まっちゃうんだな。
充電みたいなものだと思ってくれていいかしら。
この子も単独では動くことは長時間だと苦しくてさ。」
「あぁ、何かあったわけではないのなら。」
「やっさしいねぇ。」
「普通です。」
「優しいのが普通と。」
「違います違います。
特に何も意識してません。」
「意識してたらちょっとなぁ……。」
「そうですねぇ。」
「シュライザル、ちょっと握手しよっか。」
「どうしてまた。」
「いいじゃん、ちょっとさぁ。」
「まぁ、いいですが。」
手を差し出し、ウリエルの手が触れた瞬間。
バチン!
「痛っ!」
「うん? 何されたんですか?」
「……私は何もしてないわ、私はね。」
「うん?」
「ミカエル様だな。
私がシュライザルにこういうことしないために、予防線を張った。」
「あら。」
「ウリエル様、珈琲です。」
「ありがと。」
冷ましながらすーっと珈琲を飲み始めるウリエル。
「……余計なことを。」
「何か言いました?」
「ううん……、うーん。」
「どうしました?」
「脱いだりしたら当たるのかな、あのビリビリ。」
「当たらなくてもそんなことしたら僕が止めますが。」
「絶対ミカエル様だぁ、もう。」
「ウリエル様も天使のご自覚を持ってください。
下位種族ですよ、格下ですよ。」
「踏まれる趣味あったっけ。」
「犬を踏むならそうなんでしょうねぇ。」
「……いい例を出したね。」
「ふふ。」
「そっか、最高の友達にはなれるってことだよね。」
「命令には従う、決まり事、躾は守るという距離を置けばですがね。」
「相変わらずかったいなぁ、シュライザルは。」
「ウリエル様がフランクすぎるかと。」
「シュライザルが望むなら何でもしてあげるのに。」
「んー、今モテ期来ましたかね。
二兎追うものは一兎も得ないというあれです。」
「私を選べば」
バチン!
「痛っ!」
「ウリエル様、今のほぼ失言ですよ。」
「発動条件がわかんない。」
「こんなにわかりやすい発動条件もなかなかにないですね。」
「リーフェ! あんた私と立場一緒なんでしょ!
お役目を変わりなさいよ!」
「へ?」
バチン!
「痛ったぁーい!」
「ウリエル様、天使の尊厳を忘れてますよ。」
「うぅ、私はシュライザルのそばにいたいだけなのに。」
「ウリエル様、ミカエル様に怒られますよ。」
「たぶん、このビリビリがお叱り。」
「じゃあやめましょう。」
「……抗ってみようかな。」
「ウリエル様、真面目にやめましょう。
天界規則みたいなのがあったとして
重度の規約違反を行ったと仮定して
輪廻に掛けられる事態になったら僕嫌ですよ。」
「……手も握れないのに。」
手をそっと伸ばしてみる。
「ちょっ……!」
手がそっとウリエルに触れる。
「あれ?」
「やっぱり。
僕から触れる分には発動しないんですね。
ウリエル様、これでちょっと我慢してください。」
「うん……!うん!」
涙目のウリエル。
気持ちは本気なんだろうけど応えられないんだよね。
お話はもう少し続きます。
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