第55会 魔法生物と己の限界
今夜も書斎から。
リーフェのサイズが気になる。
「こんばん……、わ。」
「いらっしゃい。」
「小さいままだ。」
「意外に困らなくてね。」
「ほー。」
「ストップ。」
「ん?」
椅子に掛けようとしたら止められた。
「椅子に掛ける前に頭を撫でていって。
これから。」
「……あれ? 意外によかったの?」
「とても。」
「ふむ。」
リーフェのほうに行き頭を撫でる。
「うん。座っていいわよ。」
「女の子の不思議を感じる瞬間でもあるかな。」
「お紅茶飲む?」
「いただきます。」
「コーヒーって気分にならないのかしら。
あるもので合わせてない?」
「していただいていることですよ?」
「私はもてなしたいの。」
「あ、そうはいったものの紅茶がいいです。」
「はい。」
かちゃりとティーセットが出てくる。
「いただきます。」
「どうぞ。」
すーっと紅茶をいただく。
「お茶菓子は?」
「そんなに気を遣わなくても。」
「遣いたいの。」
「よもぎ餅を。」
「はい。」
ことりと小皿が出てくる。
「なんか申し訳ないな。」
「あなたが普段奥さんにしていることよ。
私くらいしたっていいでしょ。」
「こんなにしてないよ?」
「奥さんの食欲が無かったら好物のポテトを揚げるくせに?」
「痛いところ突きますな。」
「食べ終わったらちょっと付き合ってほしいことがあるんだけど。」
「はーい。」
紅茶とよもぎ餅をいただくと、リーフェが小屋を持ってくる。
「どうしたの、なんか入ってる。」
「出ておいで。」
入口が開かれると4匹、何かが飛び出してくる。
「飛んでる! ……モモンガ?」
「そそ、大陸モモンガ。」
「珍しい子を連れてますね、4匹も。」
会話をする二人の周りをひょーいひょーいと飛び回っている。
と、一匹手にちょろちょろ登ってくる。
「あら可愛い。」
手を上げるとひょーいと滑空していった。
「よく懐いてるね。
訓練したの?」
「そんな根気のいることすると思う?」
「違うんだ?」
「魔法生物よ。
モモンガの形はしてるけど。」
「もっと珍しいものだった。」
「手を上げて呼んだら来るわよ。」
「こう? おいでー。」
手を上げて呼んでみると、
4匹みんながくるりと方向を変えて飛んでくる。
「ひーっ、可愛い。」
ちょろちょろ腕やら肩に乗っている。
「魔法生物っていいねぇ。」
「うーん……。」
「リーフェ?」
「思った以上に懐いてるわね。」
「え?」
「神聖属性を持ってるからかしら。
私でもここまでは懐いてこないんだけど。」
「およよ。」
「天界に行ったほうがいいかしら。」
「リーフェの気が向いたらね。」
「っ。気が向かないってわかったの?」
「リーフェだったら、そんな前振りしない。
行きましょう、だと思うから。」
「あはは、よく見られてるわね。
私、天界あんまり好きじゃなくて。」
「いいんじゃない?
リーフェにも不得手があるんだね。」
「基本的にこっちは見下される存在だからね。
気分悪いのよ。」
「おぉ、リーフェが強い。」
「なんでも敵うわけじゃないってのはわかってるんだけどね。
天使相手だし。
ただ、私は今どうなのかしら。
天使らしいとは聞いてるんだけど……、試すのは面倒ねぇ。」
「新生天使ですし格下なのでは。」
「そうそれ、それが嫌なの。」
「リーフェはもともと上の人だったもんねぇ。」
「正当な理由があるなら別にいいのよ。
従うだけだから。
ただ、なんとなく格が下になるのは嫌よ。」
「ふむ。」
話し合っていると最奥の部屋から影がのぞく。
「こんばんは。」
「あら、ミカエル様。」
「こんばんは、ミカエル様。」
「……リーフェ? 小さくなってませんか?」
「動きやすいので。」
「天使としては正解だとは思いますが。」
ミカエルが椅子に掛ける。
「ミカエル様、リーフェは天使としてはどこのあたりでしょう?」
「あ、こら。」
「ふむ、新生天使ですからね。
天使としては最下層になりますか。」
「リーフェにもメンツがあります。
僕が従っていますからね。
格を上げることはできるでしょうか。」
「……やっと希望を言いましたね?」
「あ、そういえば……。」
「いいでしょう。
リーフェ、異族権譲をします。」
「え。」
「なんですか、それ。」
「リーフェの格を天使長たる私に合わせることはできませんが、
ウリエルと等しくすることはできます。
異なる種族に権利を与える魔法ですね。」
「よ、よろしいんでしょうか……?」
「シュライザルが望んでいますので。
そもそもリーフェ。
格下を嫌ってこちらに来ないのでは話になりません。」
「聞かれてたんだ。」
「シュライザル、ありがとう。」
「いいえぇ。」
ミカエルの指先から白い球が飛んできてリーフェに溶ける。
するとリーフェの羽の色が黄色がかる。
「あ、羽の色が変わった。」
「翼の色は格の象徴でもあります。
かなり高位の天使になりました。
最近さぼり気味でしょうが、自己研鑽を怠らないように。」
「はい。」
「格が上がるだけでもダメなのか。
リーフェちょっと忙しくなっちゃったね。」
「やりがいがあるからいいわよー。」
ミカエルに紅茶を差し出す。
すーっと紅茶を飲んでいるミカエル。
「お仕事はひと段落ついたんですか?
今聞いていいのかはわからないのですが。」
「仕事しているほうが落ち着くんですけどね。
あまりに無休で働くので釘を刺された感じです。」
「潰れた僕とは大違いだね。」
「シュライザル。」
「はい?」
「あなたが体を壊したとき、私以上の働きをしていました。
睡眠時間が殆どなかったじゃありませんか。」
「まぁ、そうですけど。」
「見方によって意見は様々あるでしょうが、
私はあなたが働きすぎたのは明白だと思います。
その理由は、あなたは優しかったからです。」
「自分がいなくても回ることしてたんですよね。
情けない話です。」
「そうでしょうか。
ゴミも片づけないで放置されていて、
あなたは気になったから片付けた。
それの積み重ねです。
確かにあなたがやらなくてもよかったかもしれない。
ですが、あなたは漢です。
黙って不言実行をしていたのですから。」
「良かったのかいまだに答えが出てないんですけど。」
「だから、今は幸せなんですよ。
お天道様は見ているという言葉を知りませんか。」
「存じております。」
「我々にも有効ですね。
いつ何時でも何かしたことは見られているということ。
肝に銘じておかなければなりません。
必ず、自分に返ってきますから。」
「気を付けておきます。」
「結構。
まぁ、あなたなら大丈夫だと思いますけどね。」
「わかりませんよー?
だらけ癖がついてますからね。」
「……無理が出来なくなっただけでしょう。
茶化さないほうがよろしいですよ。」
「お、すみません。」
「身長の数十倍も跳ねるという蚤。
瓶に閉じ込めて天井にしこたま強くぶつかると
瓶を外しても瓶以上の高さに飛ばなくなるという話を聞いたことがあります。
シュライザルも一緒でしょう。
無理がきかない体になってしまったんですね。」
「限られた範囲でどこまでできるか考えるようになりましたけどね。」
「いいことです。」
ひょーいとモモンガがミカエルの頭にとまる。
「あ。」
「あ。」
「うん? 何ですか?」
「ミカエル様、ちょっと前に魔法生物のモモンガを放してまして。」
「ほう、私の頭に乗るんですね。」
「ひゃー……。」
「どれどれ、手に乗りますかね。」
ちょろりとミカエルの手に乗るモモンガ。
ジーっと見ているミカエル。
「……。」
「ミカエル様、怒られました?」
「……可愛いですね。」
「あら、ミカエル様がほっこりしてるわ。」
「この子達はリーフェが?」
「シュライザルには少々難しいかと。」
「彼には明晰夢があるでしょう?」
「これだけのものだと負荷が大きいですね。」
「ふむ。」
「ほらみんな、帰るわよ。」
リーフェが声をかけて小屋を開けると、
器用に飛び移って中に戻っていった。
「……リーフェは面白いことを考えますね。」
「この子たちですか?」
「考えもつきませんでした。」
「食べないし出さないので飼ってる感覚もないんですけど。」
「魔法生物ですからね。」
「えぇ。」
「コーヒーはありますか。」
「ただいま。」
サイフォンを取り出してフラスコにお湯を入れ火にかける。
漏斗を差し込んでコーヒー粉を入れるリーフェ。
「慣れてますね。」
「シュライザルが好きですからね。
気を遣ってあまり頼んでくれませんが。」
「手間がかかる。」
「だから美味しいんでしょう?」
「ふーむ、自分が出来ないことだしなぁ。」
「だからお金なりなんなり出してお願いするんでしょ。」
「僕はリーフェに何を払ってる?」
「この環境。」
「そう来たか……。」
漏斗に熱湯が上がる。
竹べらでお湯とコーヒー粉が混ざった液体を混ぜる。
火から離してテーブルに置くと、カップを用意する。
その間に漏斗からお湯が上下しながら下がってくる。
「よく考えられてるよねぇ……。」
「そんなに楽しんでもらえると冥利に尽きるというものよ。」
漏斗を外すとフラスコからコーヒーをカップに二つ注ぐ。
「はい、お待たせしました。」
「いただきます。」
「いただきます。」
息を吹きかけて冷ます。
ミカエルは少しずつもう飲んでいるようだ。
「ミカエル様強いですね。」
「天使だからですね、と言ったらよいですか?」
「天使っていいこといっぱい!」
「真に受けない。
ミカエル様が強いだけ。
私だってすぐには飲めないわ。」
「ありゃー。」
飲み終わったところで少しずつ日が差してくる。
「朝になるね。
ミカエル様、リーフェ。
ありがとうございました。」
「相変わらず謙虚ですね……。」
「またいらっしゃい。」
「ではー。」
と、ここで目が覚めた。
今日は……、そうだね。
コーヒーを飲みに行こうかな。
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