第54会 甘えるリーフェ
今夜は書斎から。
天界に行くことがあるんだろうか。
「こんばんは。」
「いらっしゃい。」
紅茶を飲んでいる天使が……、ん?
「リーフェが羽伸ばしてる。」
「だいぶ慣れてきてね。
ただ、羽伸ばしていないと窮屈に感じることも増えてきてね。」
「ここならいくらでも伸ばせるもんね。」
「そそ。」
ぱさりと翼が動くと羽が一枚飛んでくる。
「あ、羽が抜けた。」
「痛くないから大丈夫よ。」
「そうなんだ?」
「元気なものを抜くと痛いけどね。
髪と一緒かしらね。」
「試したの?」
「ちっちゃい羽抜いてみたらちょっと痛かった。」
「そういうもんなんだ……。」
「……天界、って気分じゃないのよねぇ。
あなたには申し訳ないんだけど。」
「いいよ?」
テーブルにつく。
「意外。
行きたいって言うと思ってたのに。」
「リーフェの気分でいいと思う。
そこは僕のお願いであって強制する部分じゃないと思う。」
「優しいわねぇ。
モテたでしょ、幼少期。」
「……。」
「ふふ。私の前じゃ嘘つけないもんね。」
「恋多き幼少期ではあったかな?」
「……うまくかわしたわね。」
「女の子には優しく。
でも隷属するわけじゃないので意見は言う。
合わないならそこまでだね。」
「隷属癖あったじゃないのあなた……。」
「何かしてあげるのが好きなだけ。
隷属って言うない。」
「じゃ、抱っこしてって言ったらしてくれる?」
「リーフェを抱っこするにはちょっと身長が大きいかな。
抱っこしてほしいんだ?」
「うーん。
出来るなら、だけど。
あなたたちの娘として、男でもいいんだけど。
生まれたかったわねぇ。」
「お互い子供が苦手でね。」
「しょうがないわねぇ。」
「聞き分けのいい子供だと将来が心配だし、
僕がその……、きつい育ちをしたんで
子供にもしそうなのが一番に並ぶくらいの大きな理由。」
「子供に暴力をふるいそうってこと?」
「そうだね。
こう見えて短気なんだよね。」
「そうねー……、うーん。
言ってみたらあなたオウムっぽいのよ。」
「オウム?」
「嫌で来たら嫌で返すし、素直で来たら素直で返す。
オウムじゃ失礼かしら。
鏡みたいって言ったほうがよかったわね。」
「オウムで失礼なの?」
「知能が低いって言ってるように取られたらなって。」
「そこまで考えないよ。」
「あなたは考えるから言ってるの。」
「あらそう?」
「紅茶、飲む?」
「いただきます。」
すーっと紅茶を飲む。
「……ん?
味が薄い気がするな。
リーフェ?」
「記憶が薄くなってきたんでしょうね。
何年飲んでないのかしら。
マリアージュフレール。」
「あー……。」
「今年はご実家には帰られるの?」
「予定なかったんだけど、妻が帰らせてあげたいって。」
「優しい奥さんじゃない。
二十時間近くも車に乗ってるの、私は嫌よ。」
「僕も半分くらい運転したらもう帰りたいです。」
「それでも半分なのね……。
よく飽きないものだわ。」
と、リーフェが小皿をテーブルに置く。
「何これ、ニンニク?」
「すりおろしたのによくわかったわね。」
「いい香りがする。」
「ミカエル様たちが色々置いていって下さってね。」
「ほう。」
「なんだったかしら、ヒファムニンニクって仰ってたわ。」
「聞き覚えがないですな。」
「まぁ、夢だからねぇ。
ちょっと舐めてごらん。」
「口臭が気になるんですが。」
「いいからほら。」
ぺろり。
「お。香りが強いね。
でも……、あんまり辛くないな。
ニンニクなんだけど、食べたことない味。」
「あら、そんな味なんだ。」
「リーフェは食べなかったの?」
「こっちは食べたんだけどねぇ。」
今度はまた小皿。
……鶏の唐揚げだ。
「からあげ!」
「途端に目を輝かせるんじゃないわよ。
子供じゃあるまいし。」
「はっ、すいません。」
「あはは、いいのよ。
奥さんそういうところに惚れたのかもね。」
「そうでしょうか……。」
「食べてごらん?」
さくさく。
「……リーフェ、料理上手だね?」
「ニンニクダレはいかが?」
「ネギ醤油にニンニクが効いててすごくいい。」
「ふむ。
感謝しなさいよ。
一国の主が料理を振舞ってるんだからね。」
「そうでしたね。」
「真に受けるんだったわね、あなた。
そういえば。」
「何、冗談だったの?」
「そんなもん振りかざしてどうするのよ。
千年以上前の話よ?」
「でも間違ってないし。」
「本当に面白い人ねあなた。
ちょっと抱っこしてくれない?」
「その話に戻るんだ。」
「重くはないと思うんだけど。」
「はいよ。」
立ち上がったリーフェをひょいと抱っこしてみる。
「お。リーフェ軽い。」
「……。」
「リーフェ?」
「……やっぱりあなたの子供に生まれたかったな。」
「父性がもぞもぞするのでやめてくださいませんかね。」
「父性あるんだ?」
「親戚の従姉妹抱っこしたときにぞわぞわーって。」
「幼女趣味が働いただけだったりして。」
「よその子なのに守らにゃならん気がした。」
「あら、立派に父性だわ。」
「あるんだねぇ。
自分の感情で驚いたものの一つだよ。」
「……ねえ。」
「うん?」
「私相手にも父性が働くか試してみない?」
「恐ろしいこと仰いますな。」
「胡坐かいて、そこに座るから。」
「ほいほい。」
ラグマットに座ると、
リーフェが前から背を向けて座り込む。
「……どう?」
「ぞわぞわ……しないような。」
「陽菜と双葉もしないのよね?」
「そういやしないね。」
「守る存在じゃないんでしょうねぇ。」
「超常的な存在ですし。」
「残念ねぇ。」
「リーフェでもそんなこと言うんだねぇ。」
「……甘えたことなんてなかったからね。」
「そうでしょうな。」
「ねぇ、頭撫でてくれない?」
「やけに甘えるじゃない……。」
「はーやーく。」
「はい、なでりこなでりこ。」
「……わぁ、これ凄いわね。」
「どう凄い?」
「とても落ち着くわね。」
「女の子って頭撫でられるの好きだよね。」
「否定はしないわ。」
「ご両親に撫でられもしなかったの?」
「ジャンヌダルクの頭を?」
「だよねぇ……。」
「そこで、納得しちゃうんだ。」
「レナンダール家を見てるとね。」
「そういえばあなたはエルバンタールに牙をむいたけど
レナンダールも領地を広げてきたことには変わりないわけで。」
「……やり方ってもんがあるでしょ。」
「見てるわねぇ。
手が止まってるわよ。」
「いつまで撫でるの。」
「いいって言うまで?」
「朝になりそう……。」
胡坐をかいたところに座っているままのリーフェ。
ぱちぱちと暖炉の薪が燃える音がする。
「あったかいね。」
「そうねぇ。」
「もういい?」
「子供だと思ってもうちょっと。」
「25倍くらい年取ってそうな人捕まえて子供みたいとな?」
「今はそう見えるでしょ。」
「まぁねぇ。」
「もうちょっと身長縮めようか。」
「出来るの?」
「私を誰だと思ってるのよ。」
目の前のリーフェが縮んでいく。
「およおよ。」
「陽菜と双葉くらいになったわね。」
「幼少期のリーフェを見ているようですね。」
「可愛いでしょ。」
「もともと可愛いでしょ。」
「あなた……、やめなさいってそういうの。」
「おっと。
夢では出ちゃうんだよ。」
「現実世界で出たら大変よ?」
「そもそも人嫌いなんで。」
「変わった気質してるわよねぇ。
……ほら、手が止まってる。」
「はいな。」
「……。」
「リーフェ?」
「やっぱり、子供は苦手?」
「変な病気持ってるかもしれないね、僕。
子供の叫び声とか周りの音が大きく聞こえるんだ。
ただ小さい音は聞こえなくてね。
音の分別が昔っからうまくつかなくて。」
「あー、それは疲れそうね。」
「活動時間が短くてもすぐ寝てしまう。」
「もう、時間切れかぁ。」
「そもそも陽菜も双葉もいてどっちも来れなかったんだから
リーフェが来るのはないでしょうね。」
「わかんないわよー?
押しのけて行っちゃってたかもしれないし。」
「かわいそうじゃない?」
「私はかわいそうじゃないわけ?」
「リーフェがいつもと違う。」
「今日は甘えたい気分?」
「紅茶でも淹れようか。」
「自分でする。
そういうのはいいの。
……今は娘と思ってちょっとだけ。」
「あとで、あーってならない?」
「なってもいい。
今、すごく羨ましくて。」
「あらそう?」
「奥さんから取る取らないの話じゃないんだけど。」
「リーフェそういうの無理でしょ。」
「無理ねぇ。」
「娘としてならいいよ。
あまりたくさん来られると困るけど。」
「困るんだ?」
「どうしたの、リーフェっぽくない。」
「自分でもそう思うんだけどねー。
あなたの記憶見てたらちょっと羨ましくなって。」
「誰の記憶を見たんですかね。」
「あなた基本的に甘やかしじゃない。」
「そうですね。」
「一回流されてみたいなって。」
「ほー。」
「うーん。」
ぎゅーっと伸びるリーフェ。
「……小さいままでいようかしら。」
「元に戻ろうよ。
椅子とか合わせてあるんでしょ。」
「やり直すだけじゃない。」
「えぇ……。」
「陽菜と双葉の気持ちになるのも悪くないわね。
子供には子供にしかできない時間があるのよ。
もっとも、それがわかるのは大人になってからなんだけどね。
あんなに大人になりたかっただろうに。」
「やっと大人かもしれないな、っと思っているのですが。」
「そういう大人、じゃあないのよ。
子供から見た大人はね。」
「自分もそういう時期あったけど、
子供である自分が嫌だった。」
「あなたはまた別ね。
早く大人になれば環境が変わるはず、だった。
十数年苦しんだんだからね。」
「良かった、のかなぁ。」
「経験にはなったでしょう?」
「親にはなれなかったけどね。」
「親になるもならぬも、それも親。
子供が出来るだけが親じゃないわ。
あなたは自分をよく見て先に親になったのよ。」
「双葉や陽菜、リーフェに手を挙げるとか考えたくない。」
「考えた結果、子供を望まなかったんでしょう?」
「そうだね。」
「ならそれでもいいじゃない。
私はこうしてもらえればいいわけだし。
陽菜も双葉も一緒よ。」
「その陽菜と双葉は?」
「お昼は神様に遊んでもらってるんじゃない?」
「高尚な遊びしてるなー。」
「あなたが来る時は寝てる時間だからね。」
「だねぇ。」
「顔見に行く?」
「親っぽいね。」
「親なのよ。」
そーっと寝室へ顔をのぞかせる。
二人ともすやすや寝ている。
「……ごめんね。」
意識が遠くなるように夢が覚めた。
何か、こう悪いことをした気がした。
選択肢に後悔はないはずなのに、ね。
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