第53会 雪
またしてもふと夢が始まった。
雪だ。
不思議と寒さは感じない。
相変わらずパジャマなのはご愛敬。
湖面ではなく地面だ。
どこまでも広がる真っ白な世界。
リーフェって寒がりなんだろうか。
付き合いは長いが聞いたことがなかった。
しんしんと雪が降り続いている。
音も風もない。
ひたすらに静かだった。
「ふー、寒い。」
振り返るとリーフェだった。
「おや、今日も書斎じゃないのか。」
「なんでこんな寒い夢見てるのよぅ。」
不満そうに口を尖らせるリーフェ。
「ちょうど雪が降ってるからかもしれませんな……。」
パチン、とリーフェが指を鳴らすとテーブルと椅子が出てくる。
テーブルの上にはティーセット。
雪が避けるのかと思ったら普通に降り積もっている。
「もう、すごい雪。」
「こっちではそんなこともないんですけどね。」
「慣れちゃったのねぇ。」
そそりと紅茶とよもぎ餅が出てくる。
「すごくいい天気!」
明らかに不満そうだ。
「まぁまぁ、なかなか出来る経験じゃありませんよ。」
「まぁねぇ。」
「リーフェは雪好き?」
「ちょっとならね。
あなたの住んでるとこよく降るじゃない。」
「メートル単位では降らないんですけどね……。」
「それはもう脅威よ。」
「ですな……。」
しばらくお茶を楽しんでいると遠くから人影が。
「おや?」
「すごい雪ですね。」
「ミカエル様。」
「シュライザルのところ雪だそうですよ。」
「まぁ。」
ふと椅子が増えてそこにミカエルがかける。
「お紅茶にしますか、コーヒーにしますか。」
「お紅茶をいただけますか。」
「はい。」
「あ、僕やってみたーい。」
「ではシュライザルに。」
ティーカップに紅茶を注ぐ。
「どうぞ。ってもほぼ何もしてないですが。」
「ありがとうございます。」
そーっと紅茶を飲むミカエル。
「ふう。」
「パソコン不具合ないですか?」
「そこまで気にかけてくださるんですか?」
「触ったパソコンなら気になりますね。」
「幸い絶好調です。」
「よかったです。」
「シュライザルにお聞きしたいことが。」
「なんでしょう?」
「今触っているパソコンから、
集合するサーバー的パソコンを遠隔で触る方法はありますか。」
「リモートデスクトップ接続になりますかね。」
「出来るんですね?」
「はい。
受け側のパソコンのOSがプロフェッショナルかつリモートを許可し、
ログインパスやアカウント等各種設定をしておけば可能です。」
「ふむ。
いちいち移動するのが面倒でしたが何とかなりそうですね。
対価を支払いますので設定をお願いできませんか。」
「電気ナマズの石をいただきましたが。」
「あれはリーフェの昇進祝いです。」
「ふむ。」
「そうですねー。
桃色の夢はシュライザルは好まないでしょうし。」
「参考までにどんな夢を見せるおつもりで?」
「今思いついた夢かと。」
「浮気になるんで勘弁していただけますか。」
「夢でも厳しい方ですね。
まぁ、そこも含めて良きと思いますが。」
「あ、そうだ。
エクスカリバーの再整備で構いません。」
「あれは私の希望でやっております。
あなたのためにはなりますが、あなたの希望ではありません。」
「んむー。」
「小さい超付金落でも構いませんか。」
「この夢で使えるんですか?」
「少なくとも天界では大金持ちですね。」
「あら……。
そういや、僕が掘った超付金落はどうなりました?」
「思いのほか大きかったんですよね、あれは。
ですので、天界にて厳重に保管しております。」
「……ミカエル様が私のものってしないんですね。
いや、悪意があって言っているわけではないのですが。」
「分かっておりますよ。
まぁ、天界の宝物にしておいたほうがいいでしょう。
私の私物にしてはあまりに価値が大きすぎますのでね。」
「億千万兆の付加価値がある金脈ですものね。」
「えぇ。」
「ちなみに入る側のパソコンってデスクトップのほうですか?
ネット環境が違う状況でリモートになると設定がややこしいと言いますか。」
「同一のネットワークですね。」
「だとしたらそんなにかからないですね。」
「よかったです。」
「……それで超付金落を賜るんですか?」
「シュライザル、自分の能力を過小評価してはいけません。」
「お。」
「素晴らしい技術だと思います。
ほぼ独学で為されているというのが驚きです。
能力、技術を借りるために対価を支払うことは通常のこと。
よろしくお願いします。」
「は、はい。」
「シュライザル、貴重よ。
ミカエル様が頼み事をするなんてなかなかないから。」
「ちょっと調べたら引っかかるだけに複雑な気持ち。」
「心配しないでください。
我々では引っかかったとて理解に及びません。」
「そんなもんかなぁ……。」
「そこも含め、技術というのですよ。」
「そっかぁ。」
3人で紅茶を啜る。
「そういえばミカエル様、NAS運用されてましたけど。」
「茄子?」
「ネットワークの記憶装置ですね。」
「あぁ、シュライザルが目を輝かせていましたね。」
「誰がつけたんですか?」
「私ですね。
なんかデータが安全に保管できると聞きまして。」
「ちなみに容量は?」
「2TBとか聞きました。」
「2TBですか。」
「おかしいでしょうか?」
「構成によりますが、結構お高かったのでは?」
「言うほど高くなかったような……?」
「ミカエル様、RAIDってご存じですか?」
「いえ?」
「……やばい。」
「え? 何かまずかったですか?」
「ピーピー鳴ったりしてませんか?」
「そういえば最近鳴ってましたね。
なんで分かったんですか?」
「ひぎゃー。
記憶装置壊れてますよ、その音。」
「え?」
「アクセスはできるんですか?」
「出来ますよ?」
「早いうちに記憶装置交換しないとデータロストしますね。」
「本当ですか?」
「記憶装置は何本入ってますか?」
「2本かと。」
「幸い分散記憶の設定じゃなかったのね。
データを保全して記憶装置を両方交換したほうがいいです。
というかしてください。」
「……あの、非常に申し上げにくいのですが。」
「やってくれと言われたら喜んでやりますが。」
「いいんですか?」
「任せてください。」
「シュライザルに出会ってなかったら危なかったですね……。」
「難しいものですから仕方ないです。
僕も最近になって興味が出てきたものなので。
あ、だから夢に出たのかな。」
「かも知れませんね。」
「ふむ。」
雪がやんできた。
「ミカエル様、リーフェも髪べしょべしょですな。」
「まぁ、ねぇ。」
タオルを召喚して二人に渡す。
「あら、ありがとう。」
「シュライザル、すみません。」
「いーえー。」
「そういうあなたも真っ白なんだけど。」
「自分も拭きますかね。」
タオルを召喚してわしわし髪を拭く。
「リーフェ、大丈夫ですか?
だいぶ髪が長いようですが。」
「そうなんですよねぇ。
腰までありますからね。
昔はもっと長かったんですけど……。」
「4メートルくらいなかったっけ。」
「3メートルよお馬鹿さん。」
「それでもまぁまぁ長い。」
「こんな雪中に放り出されない限り困らないんだけどねぇ。」
「雪見酒。」
「……お酒、飲んでいいんだっけ私。」
「あ、まずい。
リーフェは酒癖が悪いんだった。」
「酒癖が悪いですってぇ?」
「ガバガバ飲むし甘えるし、すごいことに。」
「リーフェ、そうなんですか?」
「え? えぇまぁ。」
「ミカエル様はくすくすされるんでしたよね。」
「うまくオブラートに包んでもダメです。
笑い上戸なので、恥ずかしながら。」
「お酒には強そうなイメージ。」
「ウリエルのほうが飲みますかね。」
「あら意外。」
「あの子はー……、焼きもちを妬きますね。」
「ほー。」
「シュライザルは知っているのでは?
ラムート酒を飲んだウリエルを知っているのでしょう?」
「そうですね。」
「エクスカリバーに対して嫉妬しました。
まぁ、あの子がシュライザルに好意を持っているのもあります。」
「もう堕天しませんと聞いていますが。」
「しませんね。
ただ、他の天使にそれを見られるのはよくないですね。
天使同士ならまだしも、その……。」
「下位種族だからですね?」
「すみません。」
「いやいや、いいですよ。
ミカエル様もしゃんとしてください。
僕に気を払う必要はないですよ?」
「っ。
意味が分かって言っているんですよね?」
「人間ですからね。
天使の前ではひれ伏して当然かと。」
「……。」
カチャリとミカエルがティーカップを置く。
「アルメルスを覚えていますか。」
「ウリエル様に連れられたときに会った天使様でしたね。」
「あの教会では一応に筆頭天使なのですが……。」
「そうなんですね。」
「私のパソコンを直していただきましたでしょう?」
「えぇ。」
「驚いたようです。
パソコンは買い替えるもので直すものという認識がなかったからです。
私のパソコンのデータを何とか引き上げられないか、
それが我々に課せられた課題の一つでもありました。」
「それをちゃちゃっと直しちゃったのよね、シュライザルが。」
「お……。」
「アルメルスはあなたを覚えています。
印象が強烈だったんでしょうね。
シュライザルは来ないのかってよく聞かれます。」
「おや。
行き方を存じ上げませんが。」
「リーフェやシュライザルは天界への道が開いております。
シュライザルは確かに単独では来れませんが、今はリーフェがいますからね。
お好きな時にいらしていただいて構いませんよ?」
「ありがとうございます。
リーフェ、大丈夫そう?」
「少し修練がいるかしら。
私も翼を持って浅いから使い方がちょっとね。」
「やっぱ予想通りに動くもん?」
「動かし方が予想外だったわね。」
「ほー。」
ゆっくりと太陽が上がり始めてくる。
「次は天界かもしれないよ、リーフェ。」
「宿題にしとくわ。」
「では!」
「また。」
起きたときは少し寒かった。
寒波が来てるとか言ってたっけ。
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