第5会 あるところの珈琲店
気持ちが沈んでいた。
お気に入りの珈琲店が閉店されていたのだ。
色々珈琲を飲んで来たけど、一番美味しいと思える珈琲店が閉店になってしまっていたのだ。
あまり長い付き合いではなかったのだが……。
割とショックだった。
「こんばんは……。」
「あら、元気ないわね。」
「お気に入りの珈琲店が閉まっちゃってね。」
「あぁ、貴方が気に入っていたあのお店の?」
「うん。」
「それは残念ね……。」
「一応本店に行けばいいんだけど、ちょっと敷居が高くて。」
「貴方、あまりそういう冒険はしないものね。」
「そうなんだ。
唯一ブラックでも飲める珈琲だったのに。
一番美味しいと思っていたものの先が途絶えて、今まで一番と思っていたものに戻るのはなかなかにきつい。」
「わかるわ。
私も中々手に入らないお紅茶が飲めた時は嬉しいけれど、入手性が悪いとつらいわよね……。」
「久々に堪えたよ……。」
「余程美味しかったのね。
ちょっと味覚の記憶を辿らせてもらってもいい?」
「どうぞ?」
「んー……、あら美味しい!
紅茶派の私でもこれは美味しいと思えるわ。
こんなに美味しい珈琲があるのね。
澄んだ味がするわ。
後味も喉に引っかからない。
ガムシロップも要らないくらいね。
入れたらなお美味しいんでしょうけど。
……本店に行ったら?」
「まぁ、味と量を考えると値段は適正なんだけども。
大分遠いんだ……。
日々通える距離ではないかな。」
「あぁ、一日の始まりには些か厳しいのね。」
「うん。」
「まぁ、元気出しなさい。
マリアージュフレールのポンムを出してあげるから。」
「お、ありがとう。」
紅茶とお茶菓子が出される。
テーブルを囲んで座ると人数が少ないことに気付いた。
「ん? 陽菜に双葉が居ないな。」
「最近何かやってるみたいだけど何かしらね。
私も詮索はしてないんだけど。」
「ケンカとかしてない?」
「仲はいいわよ?」
「ならよかった。」
お茶菓子を口に放り込んで紅茶を口にする。
「うん、紅茶はやっぱりこれだなあ。」
「貴方、あんまり好き嫌いしないわよね。
食わず嫌いはするけど。」
「食べちゃったらそればっかり食べるけど。」
「それもよくない。」
「たはは……。」
「最近は何が好きなの?」
「切り干し大根煮。」
「また随分と和風なのが来たわね……。」
「体重が増えてるんだよー、減らしたくて。」
「昔が瘦せ過ぎだったのよ。
それに今は年齢的に体重が増えても仕方がない。
そういう時期だから。」
「うー……。」
「奥さん、そういうところで貴方を物差しで測らないでしょう?」
「まぁ、そうですね。」
「逆に聞けば、貴方も奥さんの事を見た目で判断しないでしょう?」
「それは勿論。」
「そういうことよ。」
「健康のためってのもあってね?
身長の割には多い……。」
「最高時期に比べたら痩せたんじゃない?」
「まぁ、そうですね。」
「夜ご飯食べないようにしてるんだって?」
「そうですね。」
「倒れない?
三食食べないとかちょっと私的には驚きなんだけど。」
「リーフェはまだ若いからね。
代謝がいいんだよ。
40代間近になると必然……。」
「仕方ないんじゃない?
その中で空腹をあえて選ぶ辺り、貴方は精神力が強いというか何というか。」
「体脂肪率は減ったなぁ、確かに。」
「いくつくらい減ったの?」
「36%が28%になった。」
「ちょっと……、そんなに急激に減らして大丈夫なの?」
「食べたいものは割とよく食べてるよ。
ただ食物繊維質が多いものだったり、豆類だったり食べるものを変えたかな。
まぁ、一食外すようになったのは大きいかもしれないね。」
「無理がないならいいんだけど。」
「無理だったら続いてないだろうね。
食に関しては珈琲の件もそうだけど、意志が弱いから。
日々体重計に乗るのが結構楽しみだったりします。」
「結果が出れば面白いでしょうね。
でも、痩せた後どうするの?」
「着たい服があるんだ。
特殊な染色を施したジーンズでね。
痩せてた時でも穿くのがギリギリだったんだ。
それをもう一回穿きたい。」
「どんなジーンズなの?」
「アウトレットショップでも売ってなかったなぁ、何だっけ。
エドウィンの502ユーロとかって名前だった記憶がある。
色は青が深くて凄く綺麗だよ。」
「着られるようになったら見せてもらおうかしら。」
「それはもう是非。
もうちょっと頑張って痩せないとなー。」
「ちなみに目標体重はいくつなの?」
「50キロ台。」
「今、いくつか聞いてもいい?」
「76キロ……。」
「ちょっと……。」
「最高が84キロだったんで結構これでも減らしたんですけどね。
今年豪雪で運動がなかなかできなくて。
いや、無理にでもしようとしたら滑って転んで膝と肘を強打。
思いっきり擦りむいて打ち身して治るまでに時間かかって酷い目にあった。」
「何やってるのよ……。」
「痩せたいんだよぅ!」
「いーい?
痩せるのは急激に出来るもんじゃないのよ。
体重が増えたってことはそれなりの理由が体にはある筈。
無理に痩せたら危ないわよ?
ちょっと体重が多いくらいが長生きの秘訣なんだから。」
「まぁ、そうだけどさー……。」
「気持ちはわからなくもないけど、そんなに目立つ見た目でもないでしょうに。
そんなにジーンズを穿きたいの?」
「割と。
他のジーンズは手放せてもあれだけは手放せなかった。」
「変なところに頑固ね……。」
「まぁ、ぼちぼち頑張ります。」
「そうなさいな。
……あ、こういう事なら出来るか。」
「……ん?」
リーフェの指先が輝くとその光がゆらゆらとこっちにやってくる。
身体に当たるとその光は沈むように溶け込んでいく。
するとどうした事か。
身体が痩せていくではないか。
「お、おぉ……。」
「あ、やっぱやめ。」
「えっ?」
光がすっと抜け出てくると体型が元に戻ってしまった。
「ちょっと!?」
「貴方、痩せない方がいいわ。
痩せた姿見てみたけど、結構危ない。」
「どう危ないの。」
「何かしらね、痩せすぎで危険な体型してる。
ちょっと体重が多い方が素敵よ。」
「そうかなぁ。」
「それこそ珈琲でも飲んでゆっくり考えなさいな。
どちらにせよ痩せるのにはもっと時間が必要だと思うから。」
「そうだね。」
サァ……と光が差し込んでくる。
「そろそろ朝かぁ。」
「一食外してもいいけど無理はしない事、いいわね?」
「はーい。」
目が覚めると空腹感に見舞われていた。
朝ごはんの準備しなきゃ。
こうして今日も一日が始まるのであった。
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