第3会 謎のチンチラと姉
今日も一日つらかった。
でも、それも終わりだ。
寝る時間が来たから。
身体が温かいうちにとっとと寝てしまおう。
眠りに落ちると、いつもの部屋の椅子にリーフェの姿が無かった。
「あれ、リーフェ?」
「ばあ!」
「わあっ!?」
後ろから突然声が響いたものだからびっくり。
「あははははっ!」
「リーフェ……。」
「ごめんごめん、ちょっとやってみたくて。」
振り返るとチンチラを抱き抱えたリーフェが笑いながらこちらを見ていた。
「そういや、このチンチラちゃんは名前って付いてるの?」
「……付いてるわよ。」
「何て言うの?」
「本人に直接聞いてみたら?」
「チンチラは喋らないでしょう……。」
するとチンチラが光の玉になって輝きだし、光が人の形を成す。
そして僕より少し年下くらいの女の子になった。
「え? えぇ?」
「こほん。
初めましてー、お父さん。」
「……はい?」
間髪入れずリーフェが説明に入る。
「あぁ、言い忘れてたわ。
その子、貴方の未来の子供よ。」
「はいい!?」
「私の名前は双葉ー。
普段はチンチラの姿をしてるけどれっきとしたお父さんの子供だよー。」
「ふたばちゃん……。」
「まぁ、まだ伴侶も居ない貴方には途方もない未来の話だけどね。」
「ふぇー……。」
上から下まで見てみるが、自分の趣味が出ているのがよくわかる。
ツインテールの髪形にフリルの付いたワンピースを着ている。
流石にヘッドドレスまではしてないけど。
ゴシックロリータ趣味とまでは行ってないようだ。
「双葉に触らなかったのは噛みつかれると思ったから?」
「それもあるけど、他人のペットには勝手に触っちゃちゃいけないでしょう。
羨ましい程よく懐いてるなぁ、とは思ってたけど。」
「お父さーん、頭撫でて。」
「いいの?」
「はーやーくー!」
「は、はい。」
頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
「ずっと貴方に撫でて欲しかったみたいよ?」
補足するようにリーフェが続ける。
「そうだったのか、ごめんね。」
「ううん。」
また、光り輝くと双葉はチンチラの姿に戻ってしまった。
「あれ?」
「今はあまり長く人の姿を保っていられないの。
だから、早く撫でて欲しいってせがんだのよ。」
足元にいるチンチラはもの言いたげに僕のズボンの裾を咥えて引っ張っている。
「……抱き上げて欲しいんじゃないかしら。」
「違った時は覚悟します。」
ひょいと抱き上げるとちょろちょろと腕を回って肩に止まった。
先日のリーフェのように頬ずりしてくれている。
「可愛いなぁ……。」
「その子を現実にするか否かは貴方にかかってるわ。
それでも確率は半分半分でしょうけど。」
「そうなの?」
「あーっ! ここにいたー!」
「はい?」
奥から誰かが来たと思ったら見慣れない女の子がこちらに駆けてくる。
「リーフェの知り合い?」
「あー……、パラレルだわ、これ。」
「パラレル?
あのパラレルワールド?」
「そうそう、分かる?」
「わかりますけども。
最も、それに凄く興味があって夢見ているようなところもありますし。」
「原因はそれか。」
「ん?」
「私を置いていくなー!」
「ところで君はどちら様?」
「私? 私は貴方の未来の娘よ!」
「……はい? また?」
「だから言ったでしょ、パラレルだって。」
「どうパラレルしてるんですかね。」
ポンッとチンチラが人の形に戻る。
「お父さんはふたばのなのー!」
「どうだか、概念的に姉である私がパパの子供にふさわしいわ!」
「くすくす、取り合いになってるわね。
気分はどう?」
「あんまりよくない。
君、名前は?」
「陽菜。」
「ひなちゃんって言うのね……。」
言い方に棘があるなぁ……。
あんまり好きじゃない。」
「何がよ。」
「見た目は双葉と同じくらい十歳くらいだけど、陽菜は何で双葉を下げて言うの?
陽菜が下がって聞こえるよ。
自分を磨いて上げた方がいいとは思わないの?」
「なっ……!」
「陽菜、一本取られたわね。」
「うー……。
反論できない。」
ケンカしていた二人は僕の仲裁ですっかりその怒りを収めた。
「概念的にお姉さんってことは僕は二人子供を授かるのかな。」
「パラレル的な要素を含んでるから何とも言えないところはあるわね。
どっちも生まれるかもしれないし、片方かもしれないし、両方生まれないかもしれない。
「難しいですね……。」
「代わりにまたお茶会に招待してあげるから。」
「そう言えば今日はテーブルもティーセットも無いですね。」
パチンとリーフェが指を鳴らすとテーブルに椅子にティーカップにティーポットが奥の影から飛んでくる。
「凄いなぁ……。」
「さ、座って。」
「はい、ってこれは執事たる僕の仕事では?」
「気分よ、いいから座りなさい。」
「分かりました。」
トポポ……といい音を立ててティーカップに紅茶が注がれる。
「あ、いい香り。」
「マリアージュフレールのポンムよ。
これなら飲みやすいと思って。」
「ありがとう。」
双葉はチンチラに戻り、肩に乗ったかと思えばすっと降りた双葉は膝の上で丸まって寝ている。
「双葉ちゃんを起こさないようにするの、緊張するなぁ。」
「起きてるわよ?」
「え?」
「狸寝入りってわけじゃないけど、会話は聞こえてるわ。
緊張しなくても落ちそうになったら向こうから動いてくれるから。」
「あ、そうなんだ……。」
「お茶菓子は何がいい?
何でもあるわよ。」
「では、クッキーを。」
「ケーキって言わない辺り、控えめな貴方らしいわね。」
「そうですか?」
「まぁね。」
また魔法でクッキーが召喚される。
「明日が楽しみです。」
「貴方ならすぐに飛べると思うわ。
感覚上ではものにしてるし、後は実践だけだから。
風属性だし、問題ないわ。」
クッキーを頬張りながら、ふと疑問が浮《y》かんだのでリーフェに投げかけてみる。
「そういや、小さい頃から空を飛ぶ夢や落っこちる夢を見てたんだけど、あれって起きた時に何であんなに疲れてるんですかね?」
「心の快楽を得るための精神的超常解放状態による反動ね。
心と身体は表裏一体。
精神が疲れれば身体も疲れる。
そういう事よ。」
「あぁ、それで。」
納得したところで紅茶をいただく。
林檎のいい香りが口いっぱいに広がる。
「美味しい。」
「やっとお口に合って何よりだわ。」
「これからは僕がお茶会の準備を?」
「お茶会は私が開くわ。
貴方は魔法と陽菜と双葉の相手をしなさいな。」
意外な回答が返って来た。
「何のための執事なんです?」
「ん? 陽菜と双葉の面倒を見てくれてるじゃない。
私より懐いてるわよ。」
「……お。」
視線を落とすとチンチラである双葉がこちらをじっと見ていた。
「双葉ちゃん、ありがとうね。」
撫でようとすると、袖をくいっと咥えて引っ張られた。
「ん?」
「ははぁ、余程貴方の事を気に入ってるのね。
呼び捨てにして欲しいんじゃない?
他人行儀っぽくて嫌なんじゃないかしら。」
「そうなの? 双葉……?」
すると、手に頬ずりしてきた。
「リーフェ、よく分かるね。」
「まぁ、付き合い長いし。」
「あれ?
でも生まれたのって僕が原因だよね?
付き合いが長いも短いもないんじゃない?」
「あぁ、それなら生まれる前の付き合いかな。
分かりやすく言うなら概念的なところかな。
型を成すまでに付き合いがあったって事。」
「あぁ、成程。
存在しないならどういった形でも、例えば言葉でも霊的な意味でも存在は出来ないもんね。」
「貴方…本当に十二歳?」
「よく言われます……。」
「私を置いていかないでって!」
「ごめんごめん、陽菜。」
木漏れ日が差すように辺りが明るくなってくる。
「……時間ね。」
「そうだね。」
「あ、逃げる気!?」
「そうじゃないよ。
向こうの身体が起きる時間なんだ。
……起きない方法ってないかな。」
「植物人間にでもならない限り無理よ。
私達はここで待ってるから。
行ってらっしゃいな。」
「……行ってきます。」
天井が見える。
目が覚めたらしい。
またつらい一日が始まる。
でもそれはもう今までとは明らかに異なる一日だった。一日だった。
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