第21会 レナンダール家の栄衰 其の参
栄枯盛衰。
よく聞く言葉だ。
繁栄するものはいずれは衰退する。
レナンダール家もその法則には抗えなかったようだった。
次に僕が来た時には国は滅亡寸前の状況であった。
「なっ……、あの短期間で何が……!?」
「シュライザル様……。」
倒れている兵士を抱き起こす。
「何があった!?
こんな短期間でここまで防衛線が崩されるなんて!」
「海から突然大きな船が……、見たこともない武器でこの国を……うっ。」
「も、もういい、話さないで。
命に障る……。」
「私より……エシェンディア様が……。
貴方をお待ちです……。」
「エシェンディア……!」
王間まで駆けていく。
不躾にノックもせずに入ると完全に王間は荒らされている状況だった。
「な、なんという……!
一日だぞ……!
たった一日で僕が夢を壊したのか……!?」
「シュライザル様……。」
「っ!
エシェンディア!」
王座にもたれかかるようにかけているエシェンディアを見つけすぐさま駆け寄る。
「何があった!?
こんな……、あぁ……、血まみれじゃないか……。」
「アストテイルは……命を落としました。
私も……この国ももう長くないでしょう。」
「そんな……!
嫌だ!
やっと知り合えたのに!
38のおっさんがだよ!?
こんな未来ある若い子を見送るなんて……!」
「……大丈夫です。
私たちは、また出会えます。」
「何で!?」
「リーフェ様が……、私ですから。
あと2000年程待つだけです。」
「~~~~っ。」
脂汗を流しながら微笑む血まみれのその表情に悲しみがこみ上げる。
落ちかけた夕日が照らすその表情は胸を切り刻まれる思いだった。
「……敵国は?」
「去って行きました。
この国の財も民も全て奪われました。」
「……何と名乗ってた?」
「……エルバンタール、そう名乗っていました。」
「……属国になる気はなく、抵抗したんですね?」
「私は……誤った選択をしたのでしょうか。
民を思いやったつもりでしたが、敗戦してしまえばこの有様です。
私は……かはっ!」
「エシェンディア!」
血を吐くエシェンディア。
もう長くない。
明晰夢を使うか?
でも彼女が望むだろうか?
「ひとつ、聞きたい。」
「……何なりと。」
「エシェンディア姫一人でも生きていく気はあるかい?」
「私はここで果てる運命なのです……。
民を逝かせておきながら自分だけのうのうと生きるなど、民に顔向けできません……。」
「顔向けなんてどうだっていいんだよ。
君はどうしたい?
エシェンディア・レナンダールではなく、一人の人間として。
僕には君を救うことが出来る。」
「お父上や母上と同じです……。
ここで……死なせてはいただけませんか。」
やはり、彼女は明晰夢による延命を望まなかった。
こうなれば彼女も一歩も引かないだろう。
レナンダール家王女としての高貴なる戦死を選んだのだ。
「ただ……。」
「何!?
何かできる!?」
「逝くときはやっぱり淋しいので、抱いていて下さいませんか……。」
「……わかった。」
王座からゆっくり彼女を降ろすと、包み込むように腕で抱きかかえる。
「あぁ……、温かい。
貴方と出会えてよかった。
2000年は長いでしょうけど、貴方様にとってはきっと一瞬なのでしょうね……。
早くお会いしたいです……。
短い間ではありましたが、楽しかっ……」
「……エシェンディア?」
「――……。」
「うぅぅ……、ちくしょおおおおおお!」
まだ温もりの残るたった今零れ落ちた命を横たえる。
「エルバンタール……、この代償は高くつくぞ……!」
相当な部隊数だったのだろう、足跡が大量に残されている。
「船だろうが何だろうが逃げられると思うな……!」
出航場所を発見。
「星空のローブ……、今回は私怨だ。
力を貸してくれなくてもいい。
でももし……、
もしも力を貸してくれるのならエルバンタールのいる船へ僕を導いてくれ!」
フワリと浮かぶ身体。
「ありがとう、星空のローブ……。」
船はあっという間に見つかった。
船頭に着地する自分。
「むっ!?
侵入者だぞ!
皆、武器をとれ!」
「……エルバンタールか?」
コツコツと足音を立てて歩みを進める。
「そうだ!
貴様はどこの者だ、名を名乗れ!」
「レナンダール家の生き残りだ。」
「何?
あの反抗的な国にまだ生き残りが居たのか。
ちょうどいい、退屈してたところだ。
その細首ひと思いにはねて……」
「……煩い!」
右手拳を思いきり振り抜くと敵兵は海へ派手にバッシャーン!と落ちる。
「強敵だぞ!
皆、一斉にかかれぇ!」
「ばーか。」
鉄製の足元の甲板がバキバキ割れていく。
「なっ!?」
「よくもレナンダール家を滅ぼしたな……!
よくもエシェンディアを殺したな……!
幼いアストテイルまで……!」
「た、隊長!
彼奴の魔力値が計測できません!」
「ば、馬鹿な!?
あんな小国にこんな魔王クラスの魔術使いがいてたまるか!」
「テレス・レイ。」
周囲一帯が真昼のように明るくなる。
ドーン!と派手な音がしたかと思ったら船が傾き始めた。
「な、何が起きた!?」
「ど、動力室が吹き飛んでいます!
このままでは船は沈没してしまいます!
すぐさま脱出を……!」
「何だと!?」
「心配いらないよ。
全隻沈めてあげるから。」
「は、ははは!
何を言うかと思えば!
10は超えるこの艦隊を滅ぼすとでも?
寝言は寝て」
「テレス・レイ。」
バシャーン!と音がして即座に一隻沈没。
「え……。」
「ある種魔王かもなぁ?
レナンダール家の感じた恐怖をそっくりそのまま返してやるよ!」
「う、うわぁぁぁぁっ!」
いつぞやの戦闘より早く事が済んだ。
空からビームを船にめがけて打つだけ。
あっという間に艦隊は全滅した。
近隣を見回しても無人島すら無い。
真の意味で全滅だ。
また、レナンダール家の王間に帰って来た。
出来ることなら救いたかった。
でも彼女が望まなかった。
その彼女の望むようにしたかった。
それがこの結果だ。
周囲はすでに真っ暗だった。
ランプを探し、火を灯す。
ゆらゆらとエシェンディアの顔が映し出される。
冷たくなった頬を撫でる。
「仇は取って来たよ……。」
それくらいしか、出来なかった。
明晰夢を使うことが許されない時がある、それを思い知らされた辛い現実。
この時代では珍しいであろう、火葬にてエシェンディアを葬った。
この国は本当に豊かで大工道具も揃っていたから棺桶を作るのにも手間はかからなかった。
ただ、慣れていないせいで時間はかかったが。
棺を明晰夢で出してもよかったが、それでは意味がない。
人の命を送り出すのだから―。
灰塵と化した彼女を葬り、石碑を立てる。
”エシェンディア・レナンダール ここに眠る”
僕はレフトインピースなんて格好のいい言葉はその時には思いつかなかった。
葬式なんて自分のためにやってるようなものなのかもしれない。
だってこれ、日本式だもの。
隣にはアストテイル君もいる。
淋しくないといいけど。
全てが終わり自分の無力さに打ちひしがれていると、バツン!と夢が途切れた。
「はっ!」
「……満足した?」
「リー……、」
名前を言いかけて口をつぐむ僕を見て彼女は悪戯っぽく笑う。
「エシェンディアって言いたい?」
「今は、なんとも。」
「葛藤しているのね。
まさかエルバンタール艦隊を滅ぼしていたとは思わなかったわ。」
「歴史改変して、ごめん。」
「ううん。
どちらにせよ貴方には深い傷を負わせることになる結果になっていたのよ。
……ごめんなさいね。」
「とんでもない。」
血マメだらけの手に気づいた彼女が駆け寄る。
「何このケガ……!
すぐに治療しないと……、化膿してるじゃない!」
「いいんだ。
放っておけば治る。
僕には……、こうすることしか……出来なかったんだ……。
無力な自分が悔しい。」
「……。
双葉に陽菜は寝てるわ。
ちょっと、私の部屋に来ない?」
「うん。」
いつか通されたか、彼女の部屋に通される。
ふと、写真立てに目が行く。
「あ……。」
「気付いた?」
銀版写真だ。
相当古い。
そこにはエシェンディアと僕の姿が並んで映っていた。
写真の中のエシェンディアははにかむ様に微笑み、隣の僕は緊張で固まっている。
見てすぐに分かった。
恐らくはこれを見せるために、あえて目につきやすいここに置いたんだろう。
「あ、あれ?
時代が合わない。
銀版写真って1800年代だよね?」
「ちょっと加工してあるの。
第一ここは貴方の夢なんだから何があっても不思議じゃないわ。」
「そうか……。」
「貴方、ほんと昔から変わらないわね。」
「……そう?
でも、この2000年は僕にとっては君の言う通り一瞬で……」
「たしかに、そうかもしれないわね。
でも、正解でもないわ。」
「え?」
「2000年の間に歴史改変がなかったと思う?
貴方がいない事実だって有り得たのよ。
でも、貴方は生まれてきてくれた。
そして12歳の時、よく知りもしない私に助けを乞うて38歳になって逆に国を、私を救ってくれた。
私はあの時に命を落としたことを後悔していないわ。
……貴方には相当キてるみたいだけど。」
「……明晰夢を使わせてくれないなんて、ずるいじゃないか。」
「明晰夢自体がずるいのよ。
あそこで私が息を吹き返したらどうなっていたと思う?
民を失った何もない国で。
国の再建なんて夢物語よ。
下剋上に敗れたのよ、私の国は。
守りのみに徹したのが失策だったわね。
攻めこそ最大の守り。
前提条件が違っていたのよ。」
「違う、違うよ。
エシェンディアはもっと広く大局を見ていた。
相手をも思いやっていた。
その優しさに付け込まれたから僕は怒ったんだ。
滅ぼしてやったんだ。
でも、そんなことしてもエシェンディアは帰ってこないのにね……。」
「ここにいるじゃない。」
「へ?」
気が付くと、12歳のリーフェではなく20歳のエシェンディアがそこにいた。
「え? えぇ?」
「貴方様に綺麗に埋葬されたから無事天に昇華されたんです。
アストテイルはお役目を頂戴してますがまだまだ半人前でしょう。
でも、あの子も無事天に昇華されました。
心の籠った手厚い葬儀のお陰で。
様式なんて如何様でもよいのです。
葬儀とは遺された者が生きるための道筋。
その手を見たらどのような気持ちで痛みに耐えながら埋葬されたかがわかります。
貴方には感謝してもし切れません。」
「え? エシェンディア……?」
するとスーッと背が縮み12歳のリーフェに戻る。
「というわけで、ありがとね。」
「あはは……、あははははは。」
泣き笑い。
なんだ、エシェンディアはそこにいるじゃないか。
そうだ。
僕は守れたんだ。
命は零してしまったけれど存在自体は消えていない。
リーフェはエシェンディアなんだ。
お役目を貰って僕に憑りついているエシェンディア―。
「ね、もう一度聞いていい?」
「ん?」
「今なら私のことどう呼びたい?」
「リーフェ。」
「ありがと。」
にこーっと微笑むリーフェ。
エシェンディアの人生は僕が見送って来た。
だから、今の彼女は僕が名前をあげた通りリーフェだ。
出会った当初に名前が無かったのもそのせいだろう。
それは変わらない。
これからも。
「今日は私がお茶を用意するわ。」
「お、そうですか?」
「その……、お礼くらいさせなさいよ。」
「いいのに。」
「私のために怒ってくれる人がいる。
私が死するときに一人にせず泣いてくれる人がいる。
痛みに耐えながら埋葬してくれる人がいる。
それが純粋に嬉しかった。
私にはもう随分前からそれが”視えて”いたけれど、貴方が経験することで記憶が呼び起こされる。」
「あ、それはつらいことを。」
「いいのよ。
それ以上に嬉しかったし、仇も取ってくれたしさ。
でもよかったの?
敵兵にも家族はいるんじゃなかったっけ~?」
悪戯っぽく笑うリーフェ。
「その家族を奪われたんだよ。
戦争ってこういう負の連鎖だから無くならないんだろうね。」
「あら、貴方ならこの連鎖を断ち切って見せる!って言うと思ってたのに。」
「そこまで甘っちょろくないよ。
世の中綺麗ごとだけで出来てない。
ヒトがヒトである以上争いは避けられないと思う。
最も、ヒト以上の存在が現れたら話は変わるだろうけどね。」
「そうねぇ……。」
ティーカップに注がれたマリアージュ・フレールのポンムを口にする。
「でも妙ね。」
「何が?」
「20歳の私、意外に可愛かったのに貴方に手を出されなかった。」
「ぶはっ!
今までの感動が全部台無しだよ!
僕は妻帯者だ!
第一、38のおっさんが20歳の女の子に手を出すとかどうかしてる!」
「うーん、お淑やかだったと思うんだけどなぁ、当時。」
「そういう問題じゃなくて。」
いつもの日常が帰ってきそうだった。
おそらくレナンダール家の夢はもう見ないだろう。
だって、エシェンディアはすぐそこにいるのだから―。
Copyright(C)2023-大餅 おしるこ




