第19会 レナンダール家の栄衰 其の壱
おや?
今日もお城の夢だ。
兵士さんがてんやわんや探し物をしている。
「あのー……、ひょっとして王女様がいなくなったとか……。」
「そうなのだ!
あぁ大変だ、どうすればいいんだ!」
「……あそこだな。」
例の部屋まで徒歩。
本棚の前に行くと……、
「あれ、埃をかぶった本がない。」
それらしい場所を押してみる。
すると本棚が横にずれ、階段が現れる。
「ちょっと変わってるけど基本同じだ。」
階段を下ると、むくれたリーフェが居た。
「貴方ねぇ……、夢が固定しちゃったじゃないの!」
「そう言われましても。」
「何? この姿の私に惚れた?」
「いやいや、そうでもないんですが。」
「魅力ないってか。」
「何でそうなる。」
「王女様ー!」
「ここでバレると……、はぁ。」
階段を上るとリーフェのお父さんが居た。
「やぁ、エシェンディア。
また来てくれたのだな。
以前は突然消えてしまったから我が目を疑ったよ。」
「あれ? 夢が進んでる……?」
「貴方の明晰夢のせいでしょうね。」
「そして最強の戦士よ、貴殿の名前を伺いたい。」
「あ、あー……。」
「ないのか?
では、私がつけてやろう。
……シュライザル・レナンダールと名乗るがよい。」
「僕、めっちゃ日本人なんですけど。」
「従っておきなさい……、全ては貴方のせいよ……。」
恨めしそうなリーフェを横目にとある部屋に通された。
扉も鍵もついている。
「あれ? 前回は扉も無かったのに。」
「……。」
黙っているリーフェ。
心なしか顔が赤い気がする。
「どしたのリーフェ?」
「ふぇっ!?」
「うぉぅ、ビックリした。 そんなに驚くことないじゃない。」
「あのねぇ……、ここ何の部屋か分からない?」
「ちょっと豪華なお部屋。」
「私たちの王国では”同衾部屋”ってのがあってね……、その、新婚の王国夫婦だけが使うことを許された部屋というか……。」
「あっ。」
やっと意味が分かって上気するのが分かる。
「僕、妻帯者なのに王様強引。」
「パパはそういうの気にしないから。
当時のレナンダール家は国力がかなりあったからね。
不倫したって泣き寝入りよ。」
「嫌だ!」
「そう全力で否定されると、ある種複雑な気持ちにもなるんだけど。」
「リーフェだって嫌でしょ!?」
「まぁ、貴方奥さんと仲いいもんねぇ。」
「でしょ?」
「ま、そこを言うあたり貴方らしいけどね。
夢とはいえ。」
「夢だからこそ言い切れる事はあるんだよ。」
「まぁそうでしょうね。
ちょっと立ち上がりたいわ。
手を貸してくれる?」
「はいはい、王女様。」
「それやめてよ……。」
手を貸すと意識がふっと遠のく気がする。
「あれ……。」
「ふふふ……、ごめんなさいねぇ。
でも貴方が悪いのよ。
私が大っ嫌いな夢を固定させるから。
ちょっと罰が必要ね……。」
ハッと気付いたときは暗い闇の中だった。
「ここはっ……!」
「しーっ。」
「え?」
「ここ、例の階段の下の小部屋なの。」
ふっとリーフェがランプをつける。
「すぐにバレるんじゃ。」
「そう簡単にバレないと思うわ。」
「何で?」
「影武者を置いてきたから。」
「よく分からないんだけど。」
「貴方の遺伝子情報を貰ったわ。」
「え?」
「変な意味じゃないから誤解しないでね?
あれから5年くらい経ってるわ。
今地上には過去の私のエシェンディアとその子供が居るはず。
……ま、もうそろそろこの国も滅亡するんだけどね。」
「滅亡? どうして。」
「下剋上にありふれていたこの時代に何の不思議もないわ。
その中でレナンダール家が衰退することだってあるでしょう。
現に私は死んでるんだしさ。」
「あ、あぁ……。」
「どう死んだか知りたい?」
「いいよ、思い出したくないでしょ。」
「貴方って興味や好奇心の塊のくせに優しいんだもんね。
ずるいなぁ……。
大丈夫よ、ちょっと高い台から重い刃が首に向かって降って来ただけだから。
子供も同じようにね。」
「ちょ、ちょっと待って。
それ……。」
「えぇ、ギロチンともいうわね。」
「……リーフェはやっぱりエシェンディアでいた方がいいよ。」
「どうして?」
「亡国のお姫様じゃないか。
語り継いだらどう?
何か書いてみるとか。」
「もう色々試したわ。
でも、時間がありすぎるのよ、私には。
このお役目を天から授かった時、なんて面倒な役回りなんだろうって思った。
でも、貴方に会って変わった。
楽しいのよ。
エシェンディアじゃなくてリーフェとして接してくれる。
そんな貴方が。」
「いたぞー!」
「クッ、ここならバレないと思ったのに!
やっぱり内通者が王家にいたって噂は本当だったのね!」
矢や槍が狭い階段から降り注ぐ。
「……効かないよ。」
まるで水の膜でも張ったかのようにバリアが現れ、攻撃が止められる。
「な、なんだこれは!?」
「あ、貴方……!」
「夢遮断なんて甘いことはしないぞ。
……覚悟しろ。」
握りこぶしを突き出すと兵士は一直線に外に吹っ飛ぶ。
「……よくもエシェンディアを殺したな。
よくもエシェンディアの子供まで殺したな。
下剋上?
クソくらえだ!
俺が状況をひっくり返してやる!」
「ちょっと、待って!
貴方が本気になったらこの周囲一帯がただじゃすまない!」
階段をゆっくり上る自分。
兵士は誰一人近寄れない。
「エシェンディアはどこだ!」
「歴史改変になるわ!
この国はここで滅ぶべきなのよ!」
「知るか!
目の前に死ぬ人がいたとして、黙って見過ごすほど俺は非情じゃない!」
「エシェンディアが何でここにいる?
今頃断頭台にかけられているはずでは?」
煌びやかな鎧の兵士が不思議そうにこちらを見ている。
「おい、お前。
エシェンディアはどこだ。」
「誰に口を利いているんだ?
この私こそ」
バキャッと音を立てて金属製の鎧の腹部が砕け散る。
「ぐあああああっ!」
「最後だ。
エシェンディアはどこだ。」
「街の広場……の中心だ。」
「ご苦労。」
ひときわ大きな一撃を背中から加えると、その男は失神した。
大急ぎで街の広場まで行くと、まさに今刃が落とされようとしている最中だった!
当のエシェンディアは諦めきっているようで頭を垂れている。
「……間に合ったな。」
ガコン。
執行官が刃を落とす。
しかし、刃は動かない。
「ん? 何だ? 故障か?」
「どけ、邪魔だ。」
「何? ぐわっ!」
執行官が遠くへ吹き飛ばされる。
見世物にする気だったのだろう。
逆に見世物にしてやろうか。
「はぁっ!」
首を刈る刃が砕け散る。
拘束具を外すとエシェンディア嬢は不思議そうにこちらを見ていた。
「あーぁ、怒らせるから……。
私、どうなっちゃうんだろう。」
「あの……、貴方は?」
「申し遅れました、名もなき通りすがりの人です。
名前は平民故持ち合わせておりません。
申し訳ございません。」
間に合わなかった王と王妃の処刑姿をあえて見ないふりをした。
「私はエシェンディア・レナンダールです。
この子はアストテイル・レナンダール、4歳です。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
ちょこちょこと後ろをついて回ってきたのはリーフェ。
「あれ? リーフェが縮んでる。
ってこれ前にも言ったな。」
「夢の逆転現象でしょうね。
貴方は歴史改変をした。
明晰夢もここまでくると一級品だわ。
私が生きる可能性を作り出したのよ。
だから私は縮んだ。
お役目を貰うのは将来同じのようね。」
「なんか、ごめん。」
「ううん。
なんか、嬉しかった。」
「そう?」
「えぇ。」
「そちらの方は?」
「未来の貴女よ。」
「え?」
「今から遠く2000年以上も先のそこの男性に憑りつく憑依霊。
リーフェって呼んでくれて構わないわ。」
「では、リーフェ様。
何故私が貴女だと?」
「質問が逆ね。
私が貴女だったのよ。
本来なら私、貴女はここで死んでたの。
でもそこのねー、男の人が止めちゃうからさー……、
ちょっと未来が変わったかな。」
「成程、やはり私は死んでいたのですね。」
「そうよ。
そして貴女は私の影武者。
ここ5年私を守るために王女を演じてもらったわ。」
「そこは今のお言葉で納得しました。
記憶がごっそりないのですから。
ひょっとしたら、私は作られた存在なのではないかと、思っておりました。」
「あら、勘がいいわね。」
「私は貴女ですから。」
「あはは。」
「ママー、これからどうするのー?」
「あっ。」
気付けば大量の兵士に囲まれている。
「アストテイル君だっけ。
ちょっとお母さんに抱っこされててな。」
「貴方、まさか。」
「片づけてくる。」
「正気!?
戦争は数十、数百で行うものじゃないのよ!?」
「シュライザル・レナンダール、参る!」
「え……。」
僕は魔法が下手だ。
飛ぶことくらいしかできない。
だから必然的に肉弾戦になる。
それでも驚異的な速度で辺りの兵士を薙ぎ倒していった。
恐怖を覚えたのか大半の兵士は逃げてしまった。
「取り逃がしが多かった。
僕もまだまだだね。」
「あ、あの。」
「はい?」
「先ほど、シュライザル・レナンダールって……。」
「あぁ。
……言い出しにくいのですが。」
「構いません。」
「お父様からお名前をいただきました。
ですが名乗ってよいものか悩みました。
でも、少なくともこんな敗戦国を見世物にするような国なんか亡べばいい。
僕はそう思っていますよ。
綺麗ごとですけどね。」
「お父上にシュライザルという夫が居ると伺いました。
貴方……だったのですね。」
「正確には遺伝子情報を……」
「リーフェ、分かんないよ。」
「あ、そっか。
確かにシュライザルは貴女の夫だけど、違う。
私が貴女のお腹に直接子供を宿らせたからね。」
「そうですか……。」
「状況が状況だけに飲み込めないことも多々あると思うよ。
でもレナンダール家再建のために僕は力を使おうと思う。
生きてれば、きっといいことがあるはずだから。
ただ……。」
視線を落とす自分。
「お父様とお母様のこと、間に合わなくてごめんなさい。」
「いいえ、貴方は赤の他人である私を救ってくださいました。
もうすぐ来る死という闇に絶望していたのです。
そこに光が差した。
それだけで十分です。
言葉では表しきれませんが、ありがとうございました。」
すっと綺麗なお辞儀をするエシェンディア。
「あ、頭を上げてください!
僕はそんなつもりで人助けをしたんじゃ……!」
「じゃあどんなつもりで人助けしたのよ。
貴方ってほんと熱くなると周りが見えなくなるわよねー。」
「申し訳ない。」
「レナンダール家の再興は私、エシェンディアにお任せください。
アストテイルと共に立派に再建して見せます。」
「あれ、そう?」
「お父上から伺っております。
貴方様はお強い力と引き換えに存在が固定的ではないと。
来れるときと来られないときがある、そう仰っていました。
次にいらっしゃる時は何かお持て成し出来るとよいのですが。」
「幸い建屋に損害は少ないし、国民にも被害は甚大って程でもなさそうだ。
初期段階で対処できたからだろうけど……、大切な人を失ってしまった。」
「返して言えば、その代償で済んだのです。
お父上も母上もお喜びになられている事でしょう。
シュライザル様、ありがとうございます。」
「いやいや、僕は何も。」
「そしてリーフェ様。」
「ん? なぁに?」
「私の命が尽きたとき、シュライザル様にお会いできるのは2000年以上先と先程仰っていましたね?
今の私の記憶はございますか?」
「やっぱ貴女私だわ。
……あるわよ。」
「よかった。
シュライザル様を私の分までよろしくお願いいたします。」
「はーい、任されたわよー。
じゃ、帰ろっか?」
「どうやって?」
「夢遮断。」
「あ、そう……。
エシェンディア姫、またお会いできる日を。」
「楽しみにしております。」
バチン、と夢が途切れた。
いつものリーフェの部屋だ。
「帰って来たー……、ん?」
伸びをしているとリーフェの様子がおかしい。
「リーフェ? どこか調子悪いんじゃ……!?」
「ばか、違う。」
「え?」
「これから貴方がすること全部視えちゃったのよ!
このバカ!」
「なんでだー!」
「はぁ、もういいわ。
エルダーフラワー、飲みたいわ。」
「はいな。」
これから自分は何をするんだろう?
そんな疑念を抱きながらティーポットを温める自分であった。
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