第15会 少女への差し入れ 其の弐
不摂生が祟ったのか風邪をひいてしまった。
眠りにはつくが夢はほとんど見ないし覚えていられない。
調子が良くなった頃にとあるハーブティーを買ってきて飲んだ。
さぁ、今日はこれをお土産にしよう。
薄暗いテントのような部屋に足を踏み入れると、少女がこちらを向く。
「……罰が当たったわね。」
「あはは。」
開口一番叱られてしまった。
「扁桃腺腫らせて熱まで出して。
流行り病だったらどうする気だったのよ。」
「申し訳ない。」
「まぁ、違ったからいいんだけど。」
「約束通りお土産、持ってきたよ。」
「あら、何かしら。」
「エルダーフラワー。」
「珍しい、貴方がハーブティー何て持ってくるなんて。」
「花言葉は愛らしさとか思いやりとか色々あるけど、まぁ似合うかと思って。」
「……ねぇ、やっぱり貴方私を口説いてない?」
「違う違う!
飲めそうなハーブティー入門がこれだったんだよ。」
「……冗談よ。」
クスクス笑う少女を見て分かってて言ったことは明らかだった。
ティーカップにティーバッグを置き、熱湯を注ぐ。
「意外に香りはしないのね。」
「飲んだ時に広がるよ。」
「ふぅーん……。」
待つこと約5分。
ティーバッグを取り出すと、リーフェにティーカップを向ける。
「どうぞ。」
「いただきます。」
ちょい、とハーブティーを口にする少女。
「あら、美味しい。」
「口に合ったようでよかった。」
「でもまた何でエルダーフラワーを?」
「ちょっと思い入れがありまして。」
「そう……。
効能とかって知ってる?」
「冷え性、関節痛、消化器系にいいんじゃなかったかな。
僕も後で調べたんだけど。
苦しみを癒すっていう花言葉の通りだなって思った。」
「そういえば、冷え性と言えば奥さん大丈夫なの?」
「骨と神経には異常はないようです。
むしろ健康体の太鼓判押されたくらい。
痛みの原因は血管神経かもしれない。」
「つらいわね。」
「またポケベルの夢を見たって言ってたし。」
「また例の夢を見たの?
余程精神的に追い詰まってるんじゃない?
貴方、ちゃんとサポートとか構ってあげたりとかしてる?」
「……最近は出来てないかも。」
「こーら。」
「すみません。」
「私を口説く暇があったら奥さんを口説きなさい。」
「意識してやってるつもりないんだけど……。」
「なお悪い。」
「うええ。」
「あ、お父さーん。」
「お、双葉。」
「えっへっへー、抱っこしてー。」
「ほいさ。」
膝上にポンと乗せると嬉しそうにゆらゆらしている。
「陽菜は?」
「ひなお姉ちゃんはもうちょっと後で来るよー。」
「そうかそうか。」
「これ、何の飲み物?」
「エルダーフラワーって言うハーブティーだよ。」
「飲んでみてもいーい?」
「いいけど、ちょっと癖あるよ?」
「うん、わかったー。」
ちょい、と口を付ける双葉。
「ひゃっ、ちょっとスーッとするー。」
「双葉にはちょっと早かったかな?」
「のめるもんー。」
「あはは。」
「ただいま。」
「お、陽菜。
おかえり。」
「……何飲んでるの?
いつもの紅茶じゃない。」
「姉妹だねぇ、同じところ気にしてる。」
「う、うるさいなぁ!」
「陽菜も飲んでみる?
エルダーフラワーってハーブティーなんだけど。」
「ん……。」
ちょい、と口を付ける陽菜。
「……甘い。
砂糖でも入れてるの?」
「いや?」
「ひなお姉ちゃんスーってしないー?」
「多少はするけど、香りの方が勝ってるかな。
いい香り。」
「ふたばの方が子供だったー……。」
「これから成長すればいいじゃないの。」
「うにー……。」
くしくしと頭を撫でられて嬉しそうに目を細める双葉。
「でも、その様子だと子供は本当に望めなさそうね。
リスクが大きすぎるわ。」
「そう思う。
妻以上に子供を愛せる自信がないんだ。
それが例え自分の子供であってもね。」
「ふたばでも嫌ー?」
「子供を育てるって大変なんだよ。
特に小さいときはね。
あとは生まれるまで、生まれる瞬間とかかな。
お母さんに何かあったら僕は立っていられない。」
「そっかぁー。」
「双葉、無茶言うんじゃないの。
それが叶わないから私たちはお父さんの悪夢を断つ二刀になったんでしょ。」
「うんー。
でもひなお姉ちゃんも生まれたくないー?」
「ま、まぁ生まれられたらそれはそれでいいけど……。」
「でしょー?」
「でもお母さんの命を奪ってまで生まれたいとは思わないわ。
それは私達からしたら二刀として現実の人を殺したことになるのよ。
神様がそれを赦してくれると思う?」
「あー……。」
「今があればそれでいいのよ。
それ以上は望まない。
何かを成そうとすれば何かが必ず崩れる。
そこからまた均衡を取り戻すのは至難だわ。」
「そうだねー……。」
「陽菜はよく考えてるんだね、ありがとう。」
「べっ、別にパパのためじゃないんだからね!?
私たちが消されないように考えただけで……!」
「ひーな。
素直になりなさいな。
貴女、ちょっとツンデレの節があるけど、あまり意地張ってるといい事ないわよ。」
「う……。」
「でも、やっぱりありがとうかなぁ。」
「……どういたしまして。」
「およ?」
そういう陽菜は真っ赤だった。
精一杯の気持ちだったんだろう。
あぁ、そうか。
ここに居る誰もが僕と妻に対していい意味で気を遣ってくれてるんだな。
「いい居場所を作れたなぁ。」
「さっそくだけど、貴方。
奥さんにエルダーフラワー淹れてあげなさいな。
冷え性に効くんでしょう?
痛みが冷えから神経に障ってるとするなら尚更だわ。」
リーフェの提案にハッとする。
「あ、そういうこと?」
「あとはハーブショップの検索。
お茶のお店はあるでしょうけど、ハーブを取り扱ってるところはあるのかしら?」
「割とメジャーなハーブだけどハーブティーを扱ってる店は探したことは無かった。」
「今日は2021年4月28日ね。
随分と日を空けたけど、寝込んでたのね。
まぁ、貴方も万全じゃないんだし無理はしない事。
世間ではゴールデンウイークに入っちゃうんだから。
人の出入りが激しくなるわよ。
そうしたら負担も少なからず大きくなる。
言いたい事、分かるわね?」
「分かってる。」
窓から光が差し込んでくる。
「目覚めの時か。」
「お父さん、ゆっくりでいいからまた来てねー!」
「あぁ。」
「パパ……。
ううん、正直に言う。
待ってる。
遅くてもいいから必ず来て。」
「陽菜もありがとう。」
「夢とはいえ、いい娘に恵まれたわね。」
「リーフェもありがとうね。」
「あら、どういたしまして。」
光が強くなって、目が覚めた。
辺りはまだ暗い。
睡眠の質が悪いのかな。
ちょっと考え直さなきゃいけないかな……。
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