第11会 蹴球の悪夢と赦し
明るいメタルハライドランプに照らされてはいるが、真夜中だった。
居る場所はサッカーコート。
あぁ、ここははっきり記憶にあるぞ。
小学生時代に通っていたサッカークラブの場所だ。
いい思い出は殆ど無い。
スピーカーから音声が流れる。
「今から45分、相手と試合をしてもらう。
点数が高かった方が勝ちだ。」
コートの真ん中にサッカーボールがポンと落ちると、相手が現れる。
あぁ、こいつか。
そういえば、こいつにも合宿の時とか意地悪されてたっけ。
「試合開始!」
あっという間に球を取られて自分側のゴールまで相手がドリブルをしていく。
キーパーは居るが頼りなさそうだ。
まるで自分の心情を反映しているかのように。
相手を追いかける自分。
しかし、足取りが重い。
運動不足のせいじゃない。
悪夢のせいだ。
あっという間に球はキーパーをすり抜けてゴールへ。
一点を早速奪われた。
コートの中央に戻り、球の蹴り始めは自分から。
――やるか。
強い耳鳴りがする。
明晰夢発動……!
相手は軽く球を奪おうとする。
技術も速度も相手が上だ。
しかしここは僕の夢の筈。
支配力なら、負けない。
身体を透かし、相手をすり抜け一目散にドリブルをして相手のゴールに駆けていく。
相手のキーパーは屈強そうな相手。
シュートを思い切り飛ばす。
キーパーが球を止めようとするが、球を受け止めたキーパーごとゴールへ直行。
一点奪取。
「つ、疲れる……!」
明晰夢の力があまり持続しないことに気付いたのはその時が初めてだった。
しかし、そこはトレーニングをある意味重ねた自分。
連続的ではなく断続的に明晰夢を利用し、何とか持ちこたえる。
45分の間に更に3点を奪取し、4点対1点で勝利を収めた。
スピーカーから声がする。
「全く……、早く夢を遮断すればいいのに……。
早くこっちに来なさい。
お茶にしてあげるから。」
あ、リーフェの声だ。
溶けるように風景が歪むと、いつもの部屋に来ていた。
「貴方ねぇ、真面目に全部悪夢に立ち向かってたら身が持たないわよ?」
「何とか勝ちたかったんだ。
あの相手とは、因縁があるから。」
「まぁ、勝ったからいいものの……。
負けてたらどうするつもりだったのよ?」
「どうなってたんだろう。」
「ちょっとは先を考えなさい。
心が壊れるわよ?」
「はい……。」
アップルティーとクッキーのいい香りがする。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
「あ、そうそうブラムスこと双葉とノーチェスこと陽菜だけど。」
「どうしたの?」
「本当にお願いしに行っちゃったわ。」
「マジデスカ。」
「その様子だと、ちょっとは赦されたのかしらね。」
「え?」
「だって、赦されないなら明晰夢を使ったとしても今回も勝てなかった筈よ。
試練は科すけど、緩くした。
そんな感じかしらね?」
「そうなのかな。」
するといつもは僕がやってくる場所から二つの影が歩み寄ってくる。
「ただいまー!」
「今帰ったわ。」
「あら、双葉に陽菜。
おかえりなさい。」
「お父さん、ごめんなさい。
全面的には赦してもらえなかった。」
「条件緩和になっちゃったけど……、よかったかな?
悪夢を見ないことは出来ないという事なんだけど。」
「今リーフェとその辺の話をしてたところだよ。
今日も悪夢を見たけど、打ち破ることはできた。
リーフェの手を借りずにね。
ありがとう。
二人のお陰だね。」
「ふたば、役に立った!?」
「そうだね、ありがとう。」
「わーい!」
「陽菜は?」
「助かったよ、ありがとう。」
「えへへ……。」
照れ笑いする陽菜が可愛らしかった。
「そういえば陽菜には頭を撫でてあげた事、無かったよね?」
「えっ?」
「いる?」
「い、いる!」
そっと頭を撫でてあげる。
言葉には出さないけれど思いっきり口元がにやけている陽菜。
ツンデレっぽい子だけどこんな表情もするんだな。
「あー!ふたばもー!」
「はいな、おいで。」
「えーへーへー。」
反対に双葉は全くのデレアマですね。
にっこにこしている。
素直で可愛らしいともいえる。
この二人が童話の二刀とはとても思えない。
でも、夢とはいえ事実なんだよなぁ。
「陽菜、双葉、一つ聞いてもいいかしら?」
「うん!」
「なぁに?」
「貴女達のどちらか、もしくは両方生まれた場合の話だけどブラムスとノーチェスはどうなるの?」
「21の世界のどこかにまた飛ばされるよー。」
「お役目が変わって新しい主を求めてね。」
「だってさ。」
「可能性は限りなく低いだろうけどね……。」
「ふたばはそれでもいいのー、だからブラムスになったんだからー。」
「まぁ、私も似たような解釈ね。」
「うん? 貴女達いつブラムスとノーチェスになったの?
時期合わなくない?
貴女達のお父さん、結構前に二刀に選ばれてた筈だけど。」
「お役目をもらったのは最近だよー、神様からもらったのー。」
「生まれられないと思ったら、こういうパパの助け方もいいかなって思って。」
「ふぅーん……、よかったじゃない。
父親想いな娘が二人もいて。」
「リーフェ、ひょっとして妬いてる?」
「バッ、バカ言うんじゃないわよ!
何で私が……!」
「リーフェもたまには甘えてもいいんじゃないの?
一人でつらくなかった?」
「べ、別に……。」
「リーフェお姉ちゃん、お父さんになでなでしてもらうといいよー。」
「リーフェお姉ちゃん、ずっと独りぼっちだったもんね。」
「何で外堀を埋めるかなぁ……。
じゃあ、ちょっとだけ……。」
「はい。」
そっとリーフェの頭を撫でる。
その時だった。
ぽろっとリーフェの目から涙が零れたのは。
「あれ!?」
「お父さん、嬉し涙だよー。」
「余程つらかったんだと思うよ。」
「リーフェ、申し訳ない。」
「ど、同情なんていらないわ!
私は一人で存在するべき存在なのよ!」
「リーフェお姉ちゃん、存在的にはそうかもしれないけど今は今で楽しんだ方がいいと思うよー。」
「今はパパが居るじゃない。」
「う……。」
「確かに僕は長生きしてるリーフェの中の一人かもしれない。
でも今はリーフェの力になりたい。
12歳から出会って26年間だけどお世話になりっぱなしだったんだから。」
「……よく言うわよ、半分くらい居なかったくせに。」
「おや、鍵をかけちゃったのは誰でしたかな?」
「うるさいっ!」
「もごっ!?」
いつぞやのようにクッキーを口に押し込まれる。
相当泣いたのか目は真っ赤だ。
「これからもよろしくね、リーフェ。」
「ふ、ふんっ。
そうして貰いたいならちゃんと付いてきなさい。
言うこともちゃんと聞くこと、いいわね?」
「はいな。」
「リーフェお姉ちゃん可愛いー。」
「照れてるー!」
「うるさいわね!
貴女達が二刀とはいえ容赦しないわよ!?」
「わー。」
「きゃー。」
逃げるように部屋の奥に駆けていく二人。
入れ替わるように差し込んでくる朝の光。
「自分で悪夢もコントロールできるようにまた訓練だなぁ。」
「逃げれるときは逃げなさいな。」
「はいよ。」
「また明日、待ってるわ。」
「ありがとう。」
ふっと目が覚めるとまだ4時過ぎだった。
身体が妙に重だるい。
もう少し寝ることにしよう。
……短時間だったから夢は見なかったけれど。
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