第10会 夢の童話と二刀の真実
その日は暗闇から始まった。
……どうやら悪夢らしい。
広い屋敷を掃除している夢だった。
お手洗いに、大広間、地下室……。
いつもなら現れるであろうリーフェの姿は見えない。
一人で何とかするしかないのか。
すると、地下室の錆びた扉の部屋の中で不思議なものを見た。
水の塊だ。
水槽もないのに、水だけが天井から照らされた明かりで浮いている。
2メートル四方はあるだろうか。
その中でアジアアロワナとネオンテトラが混泳している。
「この魚同士は混泳出来ない筈……。」
過去、熱帯魚の店でアルバイトをしていた自分には分かった。
アジアアロワナは肉食。
それも単独を好むというより、混泳が困難な魚。
しかも高級魚で数が少ないからワシントン条約、つまりはサイテス(CITES)、
それも附属書Ⅰに抵触している魚だったはずだ。
「青いアジアアロワナで背中の鱗が多いってことは、藍底過背金龍かな。
何百万円もする相当な値打ち物の魚だぞ、これは。」
過去に憧れを持っていたからこそ見た夢なのかもしれない。
しかし、何故悪夢なのだろう?
すると、部屋に取り付けてあるであろうスピーカーから声がする。
「……ザザッ、試験勉強範囲授業を執り行う。」
「……試験勉強?」
「今から出る文字を全てノートに書き写せ。
後に出題する範囲となる。」
「ノート? そんなもの持ってないぞ。
明晰夢で出せって事か?」
明かりが向こうを向くと黒板が映し出され、先生がチョークで文字列を刻んでい く。
大慌てでノートを召喚し、文字列を写し書く自分。
「まだそれだけしか写してないのか!」
「へ?」
いきなり怒られた。
ペース的には間に合ってるはずだ。
書く速度は速いと言われたくらいだし。
するとスピーカーからまた音声が流れる。
「……ガガッ。
……夢を遮断しなさい!」
聞き覚えのある声。
……リーフェだ。
「……ザザッ、このままでは貴方の心が壊れるわ!
ここは貴方を追い詰める夢、私では干渉出来ない!
早く!」
「何をしている! ノートに書き写さないか!」
「……先生、ごめんなさい。
夢を遮断します。」
バツン!
気が付くといつものリーフェの薄暗い部屋に来ていた。
「……ふぅ、間に合ってよかったわ。」
「あの夢は一体……?」
「まぁ、座りなさい。
お茶にしましょう。
疲れたでしょう?」
「うん。」
アップルティーとクッキーが用意される。
それを頂戴しているとリーフェが真相を解明すべく口を開く。
「貴方、短刀ブラムスと長剣ノーチェスを持ってたわね?」
「あぁ、夢の童話だっけ。
持ってるね。」
「今回の夢はそのせいだと思うわ。」
「へ?」
「夢の童話の題名、それは……」
「それは?」
「21の世界。」
「21の世界?」
「あるところに傲慢な天人が居ました。
その天人は短刀ブラムスと長剣ノーチェスを使って、戦士に戦いを挑んでは勝利し、金品を奪うという略奪行為を行っていました。」
「……ほう。」
「それをよく思わなかった神様が天人に罰を下します。
しかし、神様から遣わされた天使の戦士もその二刀に敵わず敗れ去ってしまいます。
傲慢な天人は敗北した天使から神様の居所を聞き出し、神様に刃を向けました。
……自分自身が神様になろうとして。」
「……。」
「激怒した神様は二刀を21の世界のどこかに散りばめます。
短刀ブラムスと長剣ノーチェスは21の星の何処かに行ってしまいました。
力を失った天人は神様により地獄に落とされ、死神の鎌によって首をはねられて命を落としました。
こうして短刀ブラムスと長剣ノーチェスは永遠に誰の手にも届かない、長く伝承される最強の武器となったのでした。」
「それが、僕の夢と何の関係が……。」
「ここからよ。
その行方不明になった二刀を万に一つでも手にした者には最もつらいと思わせる悪夢を見せる。
心を壊す、そういう神様の呪いがかけられている。
貴方が見た悪夢は試験勉強に追われる悪夢。
貴方にとって最もつらかった学生時代のね。
だから、今日みたいな夢を見たのよ。
私が直接行けない程の強烈な悪夢を。
何とか干渉は出来たけど、あの二刀を手にした貴方はこれからも悪夢を見る。
……生涯に渡ってね。
私は助けてあげる事は直接は出来ないけど、干渉なら出来る。
私が居なかったら、どうなっていたことやら。」
「……今更ながらに恐ろしくなってきたよ。」
「でも同時に貴方は力も手に入れている。
あの二刀を手にすることでね。
でも、貴方はあの悪夢でも先生を攻撃しようとは思わなかった。
童話に出てくる天人とは違って傲慢さが無い。
神様が赦してくださるかは御心次第ね。」
「そっか……。」
「でも21の世界のどこに短刀ブラムスと長剣ノーチェスがあったの?
出てこーい、って言ったって出るものじゃないわよ?
だって複数の銀河も含めて散りばめられちゃったんだから。」
「いや、来いと思ったことは無いなぁ。
ただ、ふっと夢で戦う時があった時にあの二刀が頭をよぎっただけ。
それを手にしただけなんだ。
だから、僕にも分からない。」
「……貴方、短刀ブラムスと長剣ノーチェスに本当に選ばれたのね。」
「え?」
「童話に出てくる傲慢な天人と違って無作為に自分達を私欲のために振るわない、と選ばれたのよ。
同時に試練も課されちゃったようだけどね。」
「そうかぁ……。」
「その気になれば私を倒してもっと夢を支配することだって出来る。」
「そんな、とんでもない!」
「そんな貴方だから選ばれたんでしょうね。」
くすりとリーフェが笑うと、近くで遊んでいた陽菜と双葉が近くに寄ってきて口を開く。
「そうだよ、だってそのブラムスはお父さん、私だから。」
「……は?」
「……双葉? 今、何て言った?」
「ノーチェスは私ね、パパ。」
「……へ?」
「ちょっと、陽菜まで何を言ってるの?」
「ブラムスは生きているの、その魂が、私。」
「ノーチェスも同じく生きているわ、双葉のようにね。」
「……童話の話を飛び越えているわ。」
「え? 僕の娘があの童話の二刀?
どおりで二刀を出すときに二人が居ないと思ったら……。」
「お父さんの力になりたい。
だから双葉はお父さんの夢に来たのー。」
「私も一緒かな。
パパの力になりたいから遠いところからここまでやって来たの。」
「あ、貴女達……!」
「ありがとうな、二人とも。
そうか。
ブラムスが金棒を割れたのも、
ノーチェスが鬼を斬っても泡のように消えたのも、
全ては君達の優しさから来ていたんだね。」
「うーん、どちらかと言えば、お父さんかなー。」
「そうね。」
「僕?」
「金棒を割ることで鬼の意思を削ぎたい。」
「鬼を泡に消すことで残虐性を見せたくない。
リーフェお姉ちゃんに配慮したんだと思うわ。」
「はぁ、まさか短刀ブラムスと長剣ノーチェスの方から直接貴方《ちょpくせつあなた》を選びに来ていたとはね。
驚きすぎて言葉にならないわ……。」
「君達を無作為に振るうことはしないよ、約束する。」
「じゃあ、神様にお願いしておくね、お父さん。」
「そうね、双葉。」
「はい?」
「神様って、ちょっと……。」
「叶うかは分からないけど、お願いはしてみる。
どこに居るかは言えないけど、お父さんが居ない時に行ってくるね。」
「パパ、私もお願いしてくるわ。
呪いが解ける約束は出来ないけどね。」
「あはは、期待しないで待ってるよ。」
「とんでもないお茶会になっちゃったわね。」
「確かに。」
部屋に朝を告げる光が差し込む。
「じゃ、また明日。」
「お父さん、またねー!」
「パパ、また来てね!」
「おうさ!」
ふと、目が覚めた。
神様に陳情。
そんなこと出来るのだろうか?
不思議な感覚を覚えつつ朝を迎えたのだった。
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