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スウィートカース(Ⅲ):二挺拳銃・染夜名琴の混沌蘇生  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「戸口」
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「戸口」(9)

 こんな雨雲がゴロゴロいう夜、外を人が歩いているはずはない。


 そう、人であれば。


 公園に入ったあたりで、子イノシシは力尽きたようにルリエから落ちた。


 なにがあったのだろう。砂場に横たわったまま、それは弱々しい息に胸を上下させている。


 ひょいと子イノシシをつまみあげると、ルリエはいぶかしげに問うた。


「ナイアルラソテフ……ぼたん鍋にしてあげましょうか? それとも、書道の筆? またずいぶんと呪力がすり減ってるわね。なかよしの飼い主はどこ?」


「喰われたよ……ハスターに」


 その名を聞いたとたん、ルリエの顔はこわばった。


「よりにもよって、宇宙の狂気の集積地みたいなあいつに……なるほどね。赤務市をカバーするあんたの結界が、こんなに薄くなってるのもそのせいでしょ?」


「ごらんのとおりさ。この子機にうつした俺の意識と、ナコトの中にある本体とのつながりも切れかかってる……しくじったぜ、俺としたことが」


 苦しそうに、テフは続けた。


「ナコトと俺を消し、ハスターは結界を破るつもりだ。やつの〝冥河の戸口ゲート・オブ・ステュクス〟に取り込まれたナコトは、じきに跡形もなく消化される。いまのところは俺が邪魔して、なんとか最悪の事態は先延ばしにしてるが……はは。なさけないが、それももう長くはもたねえ」


「それで、さいごの力をふりしぼって、あたしの前に現れたというわけね、あんた」


 だらんとぶら下がる指先のテフへ、ルリエは鼻を鳴らしてみせた。


「ごくろうさま。わるいけど、いい気味だわ」


「あと何時間かすりゃ、結界のなくなったこの街には、血にうえた幽鬼妖魔と、狂った呪力の波が押し寄せる。ここの綺麗な呪力が、どこの馬の骨かわからねえ連中にメチャクチャにされるんだぜ。そういうのがいちばん気に入らねえのはおまえだろ、クトゥルフ?」


「べつに? あたしにどうしろと?」


「力を貸してくれ……ナコトを取り戻す」


「おことわりよ」


 ルリエはあざ笑った。


「あんたたちがあたしの敵だってこと、もうお忘れ? だいたい、ナイアルラソテフのヤラしい結界が消え、深海の力を自由に振るえるなんて、あたしにすれば願ったり叶ったりだわ。あとは、ちっぽけな雑魚といっしょにハスターも蹴散らして、あらためてこの街を支配下におさめるだけ」


 テフを近くのベンチへ置き、ルリエは身をひるがえした。


「ありがとう、ナイアルラソテフ。とってもいいお知らせだったわ。あはははは!」


「強がりはよしな……知ってるぜ。おまえがまだ、凛々橋恵渡を探してること」


 ルリエの笑いはやんだ。背中越しに、ベンチのテフへささやく。


「凛々橋くんがどうなったか知ってるの? 内容によっては、ただじゃすまさない……答えなさい!」


 血を吐くように、テフはことの顛末をうちあけた。


「じぶんの命もかえりみず、ナコトは戦った。ハスターの手下から、必死に凛々橋を助けようとしたんだが……」


「そんな……」


 大きく目を見開いたまま、ルリエは立ち尽くした。


 ぬけがら同然の彼女へ、ふたたび訴えたのはテフだ。


「ハスターを止められるのは、おまえだけだ。たのむ、久灯瑠璃絵……クトゥルフ」


「たかが人間に……人間ひとりに、二度と会えなくなっただけじゃない」


 まるで自分に言い聞かせるように、ルリエは繰り返した。


「あたしは邪神。あたしは海底の暗黒。あたしは、そう、悪夢のクトゥルフ……」


 降りはじめた糸のような雨に、ルリエはかすんでいった。

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