「戸口」(4)
姉弟が会わなかった数年の空白を埋めるには、話す時間がとても足りなかった。
それは自然と、スグハ本人が失踪した当時の話題にうつる。
花を花瓶に生けながら、ナコトは問い返した。
「ホテル? 井須磨海岸ぞいの? そこに捕らわれていたのか、おまえ?」
「ああ。古びれた無人の廃ホテルだ。夢か現実かいまひとつ曖昧だが、俺、長いことそのホテルにいた気がする。言わずもがな、警察の耳には入れた。早々に中を探してくれたらしいが、きしむ階段や蜘蛛の巣いがい、なにも見いだせなかったと聞く」
「ではやはり、消えていた間の記憶はないんだな?」
「そう、気づいたらここにいた。解せん。あしたの試合のために、俺は、さっきまで玄関にて靴を磨いていたはずなんだが……それより姉さん。なんとかならないのか、その不可解なしゃべり口調? まるで男子」
指摘され、ナコトは目を見開いた。ひとつ咳払いして答える。
「そう、だな……そう、ね。すこしずつ戻していこう……戻していくわ」
「無理無駄無謀!」
スグハは笑った。笑いながら、その目尻に涙がうかぶ。
残酷というほかない。スグハに事情をきいた警察は、ろくな段階もふまず、両親の失踪の事実を、すでにスグハへ伝えてしまっているのだ。
パニックを起こす寸前のスグハを、そっと抱きしめて鎮める手があった。こんどはやさしく。
ナコトの胸の中で、スグハは身を震わせた。
「いったいなにがどうなってる? もとに戻れるの、俺?」
目をつむって、ナコトはささやいた。
「いっしょに戻していこう。わたしたちには、戻るべき場所がある」