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スウィートカース(Ⅲ):二挺拳銃・染夜名琴の混沌蘇生  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「戸口」
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「戸口」(2)

 病院の廊下は、静かで暗かった。


 窓から見える空は灰色の雲におおわれ、しめった風はたえまなく街路樹をゆらしている。


 ひと雨くるかもしれない。


 赤務(あかむ)市立・上糸(うえいと)総合病院……


 廊下に人はいない。


 いや、いた。


 あまりに動きがなさすぎて置物かと思われたが、壁際のベンチにたったひとり座るのは、制服姿の女子高生だ。


 うなだれた彼女の顔は、前髪に隠れてよく見えない。


 メガネのむこうの瞳は固くつむられ、眠っているとも、なにか深く思い悩んでいるともとれる。


「ナコト」


 彼女の名を、その声が呼ぶのは唐突だった。


 くりかえすが、廊下には彼女いがいの人影はない。その妙にかんだかい声は、ありえないことだが、ベンチにおかれた花束から響くように思われた。


「ナコト。起きろよ。起きろ」


 かなり長い間をおいて、染夜名琴(しみやなこと)はようやく反応した。うっすら目をあけ、つぶやく。


「……夢を、見ていた。昔の夢を」


 うわごとのように、ナコトはたずねた。


「こっちは良いほうの夢か? それとも、また悪いほう?」


「採点は、てめえでしな。それより、用心しろよ。わかってるとは思うが」


「罠だ、と言いたいのだろう、テフ?」


「あのとき天辺(てんぺ)山の遺跡で、あいつは……ハスターは言ってた。おまえの家族は、おまえいがいは消した、って。ハスターはたしかにサイコ野郎の原典みたいなやつだが、だからこそ殺しに関しちゃ嘘はつかねえ。なのに、言っちゃ悪いが、こうもあっさりおまえの弟は見つかっちまった」


 赤務市の井須磨(いすま)海岸に、ひとりの少年が打ち上げられているのが発見されたのは、けさ早くのことだ。


 少年は多量の海水を飲んでおり、すぐにここ上糸病院へ運び込まれた。けんめいな蘇生措置のかいあって、少年はなんとか一命はとりとめ、めだった後遺症もなく、やや記憶の混濁はうかがえるものの、意識もじょじょに回復。


 警察と医者からのたびかさなる質問の間、少年はみずからをこう名乗った。


 染夜優葉(しみやすぐは)と。


「偽物だろうが本物だろうが、わたしの動きはかわらん」


 かたわらの花束をするどく横目にしながら、ナコトは告げた。


「相手に手向けるのが、花か銃かのちがいだ」


「敵なら容赦なし、か。たとえそれが、生き別れた実の弟の顔をしてても」


 花束の中で金属的なかがやきを放ちながら、テフと呼ばれた声はうめいた。


「凍ったままで安心したぜ、おまえの心」

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