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スウィートカース(Ⅲ):二挺拳銃・染夜名琴の混沌蘇生  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「矢印」
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「矢印」(8)

 崩れ落ちるわたしから、恐ろしいなにかの抜けだす感覚があった。


 数千、数百、数万……ふつうの人間には数えきれない、けっして数えてはいけない触手の気配。


 それが、わたしの心と体から、最後の一本まで消え去ったのだ。さすがのハスターも、死にゆく人間の内部にいつまでも留まっている理由はない。


 あおむけに倒れたわたしの首の下には、体じゅうから温度を奪いながら、みるみる気味の悪い溜まりが広がっていた。


 血だ。視界もぼんやり霞んでゆく……


 これでいい。


 すこしでもテフの重荷を軽くできたのだ。わたしという重荷を。


 とてもさむくて、かなしくて、いろいろと心残りな気もするが、この結論はまちがっていないと思いたい。


 家族の記憶、学校の記憶、そして、奇妙でなつかしい遺跡での記憶が、とめどなくわたしの脳裏をよぎった。ぞくにいう走馬灯らしい。


 その上映がそっと幕をおろしたとき、家族が、スグハが、さまようわたしを迎えにきてくれることを祈る。


「ったく、無理してるのはどっちのほうだ?」


 なんだろう。わたしに語りかけるのはだれだ?


 ひょうきんだが、どこか温かみのあるこの声を、わたしはよく知っている。


 テフ。


「感心だぜ、自分で自分を殺すとは」


 ごめんね、びっくりさせちゃって。もう、どうしても我慢できなかったの。どうすればいいかわからなかったの。


「迷子、か。考えてみりゃ、俺たちがさいしょに会ったときも、暗闇の道案内から始まったな。けっきょく俺は、最後までおまえに、明るい陽の下まで矢印を引いてやることができなかった。ほんとうにすまない」


 あやまるだなんて、そんな。わたしは十分、助けてもらったよ。テフといっしょに過ごした時間、とっても楽しかったよ。


 ああ、でも……ねむい。ものすごく眠いの。そろそろ行かなきゃ。


「行くって、どこへだ?」


 どこ、って……


「残念だけどな、ナコト。あの世には、おまえが思ってるような場所はないんだ。天国も地獄も。ただあるのは、宇宙っていう名の果てしない虚無だけ。魂は煙みたいに跡形もなく溶けて消え、抜け殻になった体は分解されて土に帰る。これはどの時空、どの次元でも同じこった。異世界っちゅう異世界を、ごまんと渡ってきた俺だからこそ言える。それでいいのか、ナコト? あとあと後悔しても手遅れだぜ?」


 そりゃ、くやしいよ。あいつが、ハスターがにくい。心の底からここまでなにかを恨んだのは、たぶんこれがはじめて。でも、テフ、もうどうしようも……


「さて、そこで悪魔の取り引きだ」


 え?


「〝え〟じゃねえよ。俺をだれだと思ってる? チャンスはいちどだけ。おまえに戦う力をやる。つれねえ現実をかき混ぜ、かき乱す〝這い寄る混沌〟の呪力を。どうだ?」


 ほしい。それほしい。手に入れて、なにもかも無茶苦茶にしてやりたい。


 けど、お返しに差し出せるものはなさそうだよ?


「かまわねえ。生贄(アメ)ならとっくにもらってる。そして、生贄を捧げられたからには、イカした報奨を与えるのが悪魔の義務ってもんだ。おっとそれから、条件がもうひとつ」


 なに?


「目をつむって、悪夢を駆け抜けろ。どこまでも、全力で、絶対に立ち止まらずな……それだけだ」


 なにがあるの、その先に?


「じぶんで確かめな。だが俺も、つきあって見届けてやるくらいはできる……さあ、そろそろ時間だ。楽しい楽しい悪夢の舞踏会の。いっしょに踊ろうぜ、俺と。ドレスの準備はオーケイ?」


 ……オーケイ!

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