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スウィートカース(Ⅲ):二挺拳銃・染夜名琴の混沌蘇生  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「矢印」
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「矢印」(2)

 うっそうたる山道はいつしか途切れ、わたしの足は舗装された道路をふんでいた。


 流れ落ちる滝と岩のあいだに、まさかあんな奇妙な遺跡が隠されているとは誰も思わないだろう。


 どこをどう歩いて出口まで辿り着いたかは、はっきりいって覚えていない。


「?」


 ふと、わたしは夕陽のほうへ鼻をむけた。


 どこかでだれかが、わたしの名前を呼んでいるではないか。


「ナコト~! ナコ、あ! いた!」


 道路のむこうに見えたのは、自転車に乗った少年だった。坂道を必死でこいできたためか、息もたえだえだ。


 わたしに近づくなり、おおきく息を吸い、少年は怒鳴った。


「このばか姉! あんたを笑いにきた!」


 姉?


 おお。怒りの血管を顔じゅうに盛りあがらせ、頭のてっぺんから湯気を吹くのは、わたしの実の弟だ。


 こまった笑顔をうかべ、わたしは小首をかしげた。


「えらくテンションが高いようですけど、どちらさまです?」


「俺だ! 忘れたか! 染夜優葉(すぐは)だ! いまさらだが、ばか姉の行動様式は、常人のそれをはるかに逸している!」


「えへへ」


「ほめてない! ほめられた行動とはいいがたい! 土砂崩れの脅威を知りながら、まさか本当にこんな場所へ来るなんて! まさしく飛んで火に入る夏の虫!」


「あ、そうか。ここへ来ること、スグハにだけは言ってたね。むかえに来てくれたの?」


「だから、笑いにきたと言っている! おろかな! あんたを! フハハハハ!」


「がははは!」


「わらいごとじゃない! いいかげんにしろ!」


 なんども自転車のハンドルをたたくスグハから、わたしはびくりと後退った。


 わたしの鼻先に、なにか白いものが突きつけられる。タオルだ。


 いらいらと足で貧乏ゆすりしながら、スグハはうながした。


「ふけ! 顔を! およそ泥だらけの犬に等しいぞ! 帰りが遅いだのなんだので、あんたと母さんが怒鳴り合うのもまた一興だが!」


 わたしは、にいっと唇をつりあげた。


「わたしが心配になったと?」


「そうだ! いや違う! うぬぼれるな! 帰るぞ! とっととうしろへ乗れ!」


 強く言い放って、スグハは自転車の荷台をしめした。


 まさか、わたしの瞳の片すみで、見えないべつのものが、べつの方向を指さしているとは夢にも思わない。


 わたしの〝矢印〟は、まだ天辺山のあの場所へ向いている。


 わたしはぼそりと聞いた。


「なにがあるの、その先に?」


 そう。


 これは、染夜名琴の昔の話。


 わたしがまだ、人間のまま歩いてゆけると思っていたころの物語……

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