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スウィートカース(Ⅲ):二挺拳銃・染夜名琴の混沌蘇生  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「獅子」
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「獅子」(9)

 力の抜けたナコトの手から、硝煙の軌跡をひいて、拳銃は二挺とも地面へ落ちた。


 地面に触れる寸前、磁石どうしがくっつくように、拳銃と拳銃はひとつに融け合わさっている。


 もとの形をなくしたそれは、得体のしれない混沌のうねりと化し、またたく間に姿を現したのは、てのひらサイズのイノシシのこどもだ。


 だが、相棒であるその子イノシシ……ナイアルラソテフをほうって、ナコトはどこへ行くつもりだろう?


 地面に点々としたたる血痕。自分で撃った胸をおさえ、足をひきずって歩くナコトの姿は悲愴というほかない。


 ちいさな足音を残してナコトの横へならぶと、ナイアルラソテフことテフはたずねた。


「おいおい、ナコトさんよォ」


「凛々橋のなきがらは、人間の組織にまかせる。連中のほうが、よほどうまく凛々橋をほうむり、その魂をしずめてくれるだろう」


「なに焦ってんだ? ケガに再生も追いついてねえ。そこらで休め、とりあえず」


「そんなヒマはない。やつは……ハスターは、すぐ近くまで来ている。追わなければ」


 つぶらな瞳を逆三角にして、テフはいきどおった。


「ばかやろう! やせ我慢はよせ! いまにでも倒れて、気絶しちまいたいくせに! だいいち、そんなズタボロで、ろくに銃の狙いをつけれると思ってんのか!? 俺がおまえなら、そんな無茶はしねえ!」


「おまえはわたしだろう、テフ?」


「!」


「なら、わたしのハスターへの復讐心も理解できるな? ハスターは、凛々橋の、そして優葉(すぐは)の……家族の仇だ。ぜったいに見つけだして、仕留める」


「それは楽しみだな、染夜名琴」


 その声を耳にして、ナコトはぴたりと足を止めた。


 テフのものではない。あるはずがない。こんな深淵めいた高笑いを、この世界のものが発するわけがない。


 強い風が木々と葉擦れをかなでる中、ナコトのうしろで、〝また〟それは立ち上がろうとしていた。


 操り糸にひかれる人形のように。さっき銃弾で貫かれたばかりの頭から、だらだら血をこぼしながら。


 エド? たしかにそうだが、ちがう。


 噛みしめられたナコトの歯の間から、きしるような唸りがもれた。


「ハスター……!」


「よくもまあ、あの小娘が立派なハンターに育ったものだ。その復讐心とやらを忘れぬため、自分を変えたのか? それともただ単に、ナイアルラソテフの呪力に変えられただけか? いずれにせよ、冥府へ逝ったおまえの両親も、血の涙を流して喜んでいることだろうよ」


 立ち尽くすエドの瞳には、すでに光はない。だが、動きもしないその口から漏れるハスターの声には、すさまじい重圧感が秘められていた。


「石の都より引きずりだした久灯ルリエ、倒す手並みはあざやかだった。クトゥルフ自身はみずから復活の力を得たと考えているようだが、ちがう。契機となる呪力の〝門〟を海底にうがち、この地と関連づけたのは、このわたしだ。すべては、染夜ナコト。おまえをふたたび、わたしの前に招くためにほかならない」


「やつにテフの結界が効かなかったのも、きさまが裏で糸をひいていたせいか……それ以上、凛々橋の体をもてあそぶのはやめろ!」


 叫んで振り返ったときには、ナコトの両手には二挺の拳銃が現れている。


 刹那、おそろしく巨大ななにかが、猛スピードでナコトをとおりすぎた。


 たとえるならそれは、壁。ぞっとするほど薄く、きわめて大きい光の刃。


「……!?」


 最初、ナコトにはなにが起こったのかわからなかった。


 鮮血の尾をひいて、きりきりと闇を回転し、音をたてて地面に落ちたのは、マネキンの細い腕にもみえる。ナイアルラソテフの拳銃をにぎったままの手。


 光の壁に断ち切られた、ナコトの片腕だった。


 同時に、ナコトのうしろで、時計の柱は中央からきれいに分断されている。いや、それだけではない。


 攻撃の発生源であるハスター、そしてナコト、時計の柱を線でつないださらに先、そびえる樹木という樹木が、縦にまっぷたつに割れ、つづけざまに倒れ伏してゆくではないか。


 光の壁に斬られたものの断面は、どれも鏡のごとく滑らかで鋭い。


 戦慄を声にしたのは、二挺のうちどちらの拳銃だったろう。


「この呪力の塊は……〝黄衣の剣壁ウォール・オブ・エリュクス〟! 逃げろナコト! ハスターの野郎、本気だ!」


 ひとつふたつ後退してから、ナコトはがくりと膝をついた。青い顔でおさえた片腕の切り口からは、冗談のように血がふきだしている。


 中継機がわりのエドの中で、ハスターは首をひねったようだった。


「あのとき、遺跡でわたしを退けた力はどうした? おまえは人でありながら〝星々のもの(ヨーマント)〟に喰われず、むしろ心をかよわせることで呪力を得た稀有な存在。腕や首の一本ごとき、まばたきひとつの間につなげられようもの……そうか、なるほど。おまえ、まだナイアルラソテフの力に制御をかけているな?」


 ハスターは愉快そうに笑った。


「じつのところ、おまえは怖れている。じぶんが完全に人でなくなることを。ごくわずかだが、心のどこかでまだ信じている。失った家族にまた会える、と。家族にあわせる人間の顔がそれほど惜しいか、染夜ナコト? 〝食屍鬼〟にも〝魔法少女〟とやらにもなりきれぬ半端な出来損ないの分際で……これはますます、観察の意義が強まった」


 高笑いするエドの体から、なにかが散ったのはそのときだった。


 見よ。屍の全身に、ウロコめいた亀裂が走ったかと思いきや、夜風に舞ってゆっくり砕け始めたではないか。


 粉々になって輝きながら、ハスターはささやいた。


「絶望と希望、訪れるのはつねに同時だ……期待して待つがいい、染夜ナコト」


 暗闇に、笑い声はいつまでも響いていた。

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