鉄腕ラリアット【Bパート】
次々に部員たちの柔軟が終わっていく。
「よし、全員上がったな。キャッチボールを始めろ! 羽野と鷹ノ目は手押し車だ!」
松浦の号令で部員たちはペアになりキャッチボールを始める。
「あ、あのさ‥‥とっとと終わらせよう。」
羽野は照れくさそうに直実に告げると腕立て伏せの態勢になった。
「それじゃあ、いっちょ、いきますか!」
直実は屈んで羽野の両足首を持つと、勢い良く立ち上がった。
「‥‥大丈夫?」
羽野は直実を気遣って訊いた。
「私? 私なら大丈夫だよ。そろそろ始めるよ!」
手押し車は動き出した。
「羽野くん、どうやったらこんなにウエイトが付くの?」
「‥‥やっぱ、重いよね。」
「あ、そうじゃなくて、私、ウエイト、もっと付けたいんだよね。」
「‥‥俺は分けてあげたいくらいだよ。」
直実の意外な答えに、羽野は照れ笑いしながら答えた。
「鷹ノ目さん、もっとスピード上げてもいいよ。」
「うん、わかった。」
手押し車はすさまじい速度で動きだした。
部員たちはキャッチボールを続けながら二人の手押し車に目をやる。
「羽野って、手押し車だけはすごいよな。」
「そりゃあ、あんだけ毎日やらされてたらな。」
羽野の手押し車は野球部名物になっていた。
「走るより速かったりして‥‥。」
「いや、さすがにそれはないと思う。」
「鷹ノ目も良く落とさずにいられるよな。」
「おい、私語はつつしめ!」
松浦の言葉に部員たちは沈黙した。
その統制力は松浦の信頼の厚さを意味していた。
「さあ、先生の所へ行こうか。」
三周し終えた羽野は土のついた手のひらをはたいた後、ズボンの尻の部分で拭う。
「手‥‥何ともないの?」
「ん?‥‥ああ、慣れたからこの通りだよ。」
羽野は直実に大きな手のひらを見せた。
「うわっ、分厚い!」
「毎日手押し車やらされたから‥‥。
まぁ最初のうちは手がボロボロになったけどね。」
羽野は少し照れながら語った。
「野球部、羽野、鷹ノ目、入ります!」
羽野は体育教官室の入り口前で大きな声で挨拶した後、緊張気味に扉を開けた。
「来たな。お前ら二人には今後しばらくの間、別メニューの練習をやってもらう。」
「別メニュー‥‥ですか?」
「ついて来い。」
三浦は席を立つと二人を先導して校内で最も北側に位置する離れの旧技術工作室の前まで歩いていった。
老朽化が進んでいる為、もうすぐ取り壊されるというその建物の前には軟球が詰まった大きな籠が置かれていた。
その籠から二十メートルくらい先には廃棄処分されるサッカーのゴールがあった。
網の部分には深緑のビニールシートが掛けられており、中央には昨日直実がラリアットを放ったあの巨大なサンドバックが吊るされてあった。
「今日は鷹ノ目に投球フォームを教える。
フォームを覚えたら全力であのサンドバックのど真ん中めがけて投げろ。」
三浦は直実に別メニューの内容を告げた。
「先生、俺は何をすれば‥‥?」
「お前は指立て伏せだ。」
「指立て?
‥‥何回‥‥ですか?」
思わぬ練習の要請に、羽野は言い知れぬ不安に襲われる。
「練習の終了までだ。五十回をワンセット、ワンセット終わったら二分の休憩だ。」
「‥‥はい。」
羽野は野球と指立て伏せの関係の質問が喉まで出掛ったが押し戻した。
「鷹ノ目、昨日のラリアットの要領で投げてみろ!」
三浦はそう指示を出すと直実に軟球を手渡した。
「いきます!」
直実は昨日三浦から受けたアドバイスのフォームで腕を振るった。
フォンッ!
鋭い音が空を裂く。
だが、サンドバックに向かって行く物は何もない。
「あれっ?」
直実は思わず自分の右手を見返すと、軟球はまだその中にしっかりと収まっていた。
「握りが鷲づかみだからだ。こうやって握れ。」
三浦は籠の中から軟球を一つ取り、直実にストレートの握りを見せた。
「こ、こうですか?」
直実は三浦の握りを見ながら軟球を握り直した。
「そうだ。その握りを忘れるな。」
「それじゃ、今度こそいきます!」
トルネード投法気味のヒップファースト運動からラリアットが繰り出された次の瞬間――
ガッシャ――――ンッ!!
激しい音を立てて旧技術工作室の窓ガラスが砕け散った。
「あちゃ~~っ! ‥‥またやっちゃった‥‥。」
直実は首を引っ込め、顔をしかめてつぶやいた。
「球を離すタイミングが早い!」
「すいません‥‥ガラスが‥‥。」
「気にするな。どうせ、もうすぐ取り壊される建物だ。」
三浦は直実が一球投げるごとにアドバイスを送る。
振りかぶり方、重心位置の移動、リリースのタイミング、溜めの取り方、etc‥‥。
アドバイスを受ける度、直実の投球フォームはらしくなっていった。
そしてそれと同時に球速もぐんぐん増していく。
しかし一向にコントロールは定まらない。
既に一時間も投球を続けていたが、サンドバックには未だ一球も当たっていない。
おかげで旧技術工作室の窓ガラスはヤクザ映画の抗争シーン後かのように無残な状態となっていた。
「鷹ノ目、俺が良しと言うまでサンドバックをその位置から見ていろ。
いいな。」
そう指示を与えると三浦は指立て伏せを黙々と続けている羽野の前を通り過ぎ、グラウンドの方へと向かって歩いていった。
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