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鉄腕ラリアット  作者: 鳩野高嗣
第三章 鉄腕ラリアット
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鉄腕ラリアット【Aパート】

 この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。

「今日から野球部に入りました鷹ノ目直実(たかのめなをみ)です。

 よろしくお願いします!」


 真新しい純白の練習用ユニフォーム姿の直実が帽子を取って一礼した。


 春休み中に部員が入るだけでも異例なのに、しかも女子である。

 野球部員がざわめくのも無理はなかった。


「静かに!」


 顧問の三浦が部員たちを制す。

 まさに鶴の一声、ざわめきが一瞬にして消えた。


「それでは部長の松浦から自己紹介をしてもらう。」


 三浦の言葉に呼応して、松浦が一歩前へ出て帽子を取る。


「部長の松浦健太だ。ポジションはピッチャー。よろしく頼む。」


 はきはきとした口調はたった一学年上だとは思えないくらい大人に思えた。

 背が高く顔も美形。

 三分刈りである点を除けば少女漫画に出てくる『憧れの先輩』という形容詞が当てはまりそうな感じだ。


「副部長の岡田(おかだ)です。

 ポジションはセカンドです。よろしく。」


 中肉中背で眼鏡を掛けている岡田が甘い声で挨拶すると、周りから冷やかしの野次が飛ぶ。


「部長はフルネームで挨拶したぞ!」


 しかし岡田はそれらに構う事なく次の部員の挨拶を促した。

 どうやら自分の名前に対してコンプレックスがあるらしい。


 上級生八人の自己紹介が終わると直実と同学年である六人の挨拶が始まった。

 その最後の一人が羽野だった。


羽野(はの)敦盛(あつもり)です。

 ポジションはライトです。よろしく。」


 野球部員の形式化した何とも無味乾燥(むみかんそう)な挨拶がようやく終わった。


(たった十四人しかいないんだ。私を入れても十五人か‥‥少ないなぁ。)


 直実が以前入っていた女子卓球部は野球部の三倍以上の人数がいた。

 だから余計に少なさを感じてしまう。

 もっとも卓球部の部員数はそれなりの実績と強さを誇っているからではあるが。


「それでは松浦、後は頼む。

 それから鷹ノ目と羽野、ランニングと柔軟が終わったら教官室へ来い。」


 三浦はそう言うとグラウンドを立ち去った。


「えっ? は、はいっ!」


 予想だにしていなかった三浦の言葉に羽野は戸惑った。

 なぜ自分が直実と共に呼ばれたのかが理解出来ない羽野は呆然とその場に立ちつくした。


「羽野っ、何ボサッとしている?

 ランニングを始めるぞ!」


 松浦の声に羽野は我に返ると、ランニングのスタート地点へ重い足取りで向かった。


 ランニングは学校の周囲を五周する。

 一周目はウォーミングアップが目的なので緩い速さで走るが、二周目となる辺りからペースは急激に上がり、個々の脚力によって差が生じてくる。

 するとたちまち足の遅い羽野は一人引き離されていく。


「だらしないなぁ~。押してあげようか?」


 直実は羽野に話し掛けた。


「鷹ノ目さん、先に行った方がいいよ。‥‥でないと罰ゲームだから。」


 荒い息をつきながら羽野が警告した。


「へっ? 罰ゲーム?」


「ビリとブービーはキャッチボールの後、手押(てお)(ぐるま)でグラウンド三周なんだよ。」


「手押し車ぁ? 私、得意だよ! あれ面白いよね!」


 直実の声は弾んだが、対照的に羽野は沈んだ。

 手押し車とは二人一組で行う運動で、片方が腕立て伏せの体制となりその両足首を相方が持って進んでいくというものである。


「あのさぁ、俺は重いよ?

 俺の脚を持って三周はしんどいって。

 だから早く行った方がいいよ。」


 羽野は直実に(うなが)した。

 九十キロの羽野が相手では直実には荷が重いだろうと気を利かせた事もあるが、女子とのペアで周囲に冷やかされたくないという心理も働いていた。


「だったらさ、私が腕立ての役になればいいんだよ。」


 得意気に直実が笑って言うと羽野は大きく溜め息をついた。


「‥‥野球部の暗黙のルールで体重が重い方が下になるんだよ。」


「えぇ~っ、何で?」


「そうじゃないとペナルティにならないだろ?」


「なるほど!」


 直実は手をポンと打って納得した。

 そう、手押し車はあくまでも罰ゲームなのだ。


 結局羽野のペースに付き合ってしまい、二人はビリとブービーでゴールした。


「鷹ノ目、説明してなかったが野球部では‥‥。」


 松浦がランニングの罰ゲームに関しての説明を始めると直実が口を挟んだ。


「手押し車の事ですか?」


「ん? ‥‥ああ。羽野から聞いたのか?」


「はいっ!」


「‥‥そうか。」


 手押し車を喜んでいるとしか思えない直実に松浦は少々戸惑った。


「いつもはキャッチボールの後だが今日は二人とも先生に呼ばれている。

 だから柔軟の後にやってくれ。」


 今日くらい大目に見ようかとも思ったが、部員の手前、やはりやらせる事にした。

 そもそもこの罰ゲームは三浦が決めたもので、部長の権限で勝手にどうこう出来るものではなかった。



 野球部の柔軟運動は個人のサーキット形式で行われていた。

 各個人が決められた運動を順番に自分のペースでこなしていくスタイルだ。

 直実は松浦に個々の柔軟運動と順番を教えてもらっていた。


「‥‥両ヒザ抱え、両ヒザ横倒し、片足横倒し、ヒップアップ、SLR。

 以上、二十種類の柔軟運動をワンセットとしてスリーセットを行う。

 ――覚えたか?」


「はい‥‥大体は。」


「曜日によってサーキットのメニューが変わるが、それはその都度教える。」


「えっ? 曜日によって変わるんですか?」


「ああ。

 先生によると筋肉は休ませる事も必要らしい。」


 直実は今までの自分のやってきた柔軟といえば腹筋や腕立て伏せ、ヒンズー・スクワットといった筋力トレーニングをやみくもに回数をこなすというスタイルであった。

 他の運動部も柔軟と言えば腕立て伏せや屈伸運動をサーキット形式で行なうに過ぎない。

 実際、直実がつい先日まで所属していた卓球部もそうであった。


(これも理論の一部なんだろうなぁ。)


 直実は純粋に三浦のやらせている野球部の柔軟に感動した。

感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無味乾燥な自己紹介が何気にリアルで、光景が浮かびました。
[良い点] 手押し車にワクホクする筋トレ大好き少女の直実が面白いです。
[良い点] どこまでもパワフルな直実がいい。
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