みんな大好きです!【Bパート】
急遽決まった練習試合を二日後に控えた野球部の練習熱は一段とこもっていた。
別名『鬼のノック』と呼ばれる三浦の痛烈なノックを、内野手は代わる代わる受ける。
松浦、直実の二枚看板があれば、外野まで飛ばされる事はそうそうない。
その分、内野の担う責任は重大である。
「もう一丁!」
ノックを受けている星野が自らに気合を入れる。
(うひ~っ、リトルの時の比じゃないくらいキツいっス!)
口から出る台詞とは裏腹に、心の中では音を上げていた。
その頃、羽野は外野手たちと勝ち抜けダッシュを土肥の指示でやらされていた。
勝ち抜けダッシュとは、一定距離を一斉に走り、トップの者から抜けていくというもので、脚の遅い者にとっては地獄の練習である。
ちなみにフライングした場合、グラウンド一周の全力疾走がペナルティとして課せられる。
案の定、羽野は何本も走らされる事になった。
絶対に勝てないと羽野本人も自覚していながらも、彼のクソ真面目な性格が災いし、常に全力でダッシュを行っていた。
「キャッチャーの羽野がこれやる意味あんのか?」
鬼のノックを控えた金森が土肥にたずねた。
「ファーストの親分が送球を逸らさないようになれば、ライトの負担も減るんだよ。」
「あちゃ~、ヤブヘビかよ~。」
金森はおどけて言った。
「性格なんだろうな‥‥。」
「ん? ‥‥何がだ?」
土肥のつぶやきに対して金森がたずねた。
「羽野は少しずつだが、脚が速くなって来ている。
でも、スタートが致命的だ。」
「鈍臭いだけだろ?」
「おそらく、ペナルティが怖くて踏み出せないんだ。」
「まさかぁ。
あいつぁ、百六十キロの球から逃げねぇ男だぜ?
普通ならそんな球が来たら怖くて逃げるか、目をつぶっちまって捕れねぇって。」
「逃げない勇気と踏み出す勇気は別物だよ。
‥‥あいつは消極的過ぎるんだ。」
「だったらよ、鷹ノ目の相棒にゃピッタリじゃねぇか。
無理に性格変えようなんざ思わねぇでよ、あいつの性格を活かした方がいいんじゃねぇの?」
「性格ねぇ‥‥。」
「傍から見てるとよ、ただのイジメにしか見えなかったもんでね。
あいつの欠点をどうこうしたいってのも結構だが、もっと長所を伸ばした方がいいんじゃないの?
‥‥って、ちょっとお節介だったかな。」
「‥‥俺はあいつに嫉妬していたのかもしれない。
自分が捕れなかった鷹ノ目の球をいとも簡単に受けている事に‥‥性格を変えなきゃいけないのは俺の方かもしれないな。」
「がっはっはっ、多かれ少なかれ、誰だって嫉妬ぐれぇするって!
気にすんなよ!」
金森は土肥の背中をパーンと叩くと豪快に笑い飛ばした。
「親分‥‥本当に中三?」
直実は松浦にクイックを教わっていた。
三浦が野手の練習をしている間、直実のコーチは松浦が行っていた。
「クイックの方はまぁ、こんなものだろう。
ある程度スピードはダウンするが、コントロールの方が重要だからな。
慣れてくれば球速はワインドアップに自然と近付いて来るだろう。
五分休憩した後、次はバント処理の練習を始めるぞ。」
「はいっ!」
直実は元気良く返事をすると、帽子を脱いで額の汗を腕で拭った。
「はい、鷹ノ目先輩!」
「え?」
声に振り向くと、希望が真っ白なタオルとスポーツドリンクの入った水筒を差し出していた。
「あ、あのね希望ちゃん‥‥私、自分の持ってっから‥‥。」
直実はドギマギしながら希望の好意を拒絶した。
このシュチュエ―ションは余りにも恥ずかし過ぎる。
素直にこの好意を受けたら、まるで少女漫画の『おねえさま』である。
「先輩の身体の事を考えて作って来たんですから、一口でもいいから飲んで下さい!」
そこまで言われたら断れない。
「‥‥じゃ、ちょっとだけ。」
直実は人差し指と親指で『少し』の表現をしながら言った。
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとう。」
希望の差し出した好意を受け取った直実はスポーツドリンクを口にした。
「うん、冷えてるね。美味しいよ。」
「5℃から15℃が適温だそうなので、取り敢えず真ん中取って10℃にしてみました。」
希望はスポーツドリンクの解説をしてくれた。
「そうなんだぁ。」
乾いた身体に染み込んでいくのが何となくわかる。
「あの‥‥先輩。」
「なぁに?」
ストローを口にくわえながら直実がたずねた。
「先輩の事、『おねえさま』って、呼んでもいいですか?」
ププ―――――ッ!
予想外の台詞に直実は吹き出した。
「な、な、何を言うのっ!? ゲフ、ゲフッ‥‥」
直実はむせ返しながら希望にたずねた。
「あはははは、冗談ですよ、先輩。」
希望はコロコロと笑いながら言った。
「もうっ!この娘は! こうしてくれるぅ~!」
「きゃっ、ご、ごめんなさ~い!」
直実のサイドヘッドロックが希望に極められた。
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