出会い【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。
春休みの昼下がり、鷹ノ目家に電話のベルが鳴り響いた。
「姉ちゃん、電話ぁ!」
直実の二つ歳下の弟、直冬が二階にある直実の部屋を勢い良く開けて告げた。
「何度言ったらわかんの? 私の部屋に入る時はノックしてよ、もうっ!」
直実はしていた腹筋運動をやめ、立ち上がって怒鳴った。
「ノックぅ? ‥‥それじゃ、まるでレディの部屋みたいじゃん!」
「レディの部屋なのよっ!」
「鉄アレイやどっかの道場の看板が転がってるレディの部屋がどこの世界にあんだよ。」
直冬はわざと直実がムカつくように言った。
「ほんっと、ムカつく! フユ~、それじゃ女の子に嫌われちゃうぞっ!」
「そんな事より電話はいいのかよ?」
「あっ! もうっ、電話が切れてたらフユのせいだかんね!」
「知るかよっ!」
急いで階段を下りていく直実に向かって直冬が大声で突っ込んだ。
「もしもし‥‥。どちらさんでしょうか?」
慌てていた為、誰からの電話なのか聞かなかった事に受話器を取った後で気が付いた。
「あ‥‥鷹ノ目さんですか? お、同じクラスの羽野ですけど‥‥。」
明らかに緊張した男子の声が受話器から聞こえた。
「えっ? ‥‥羽野くん?」
あまりにも思い掛けない相手からの電話に会話が途切れた。
今まで二回か三回程度しか話した事のないクラスの男子からの電話では無理もないが。
「‥‥あのさ、三浦先生から伝言を頼まれたんだけど‥‥。」
そこまで聞いて直実はなぜ羽野から電話が来たのかが理解出来た。
野球部で唯一の直実のクラスメイトというだけで電話する羽目になったのだろう。
もっとも、直実はと言えば今まで野球部からの勧誘の件などすっかり忘れていたのだが。
「‥‥で、何かな?」
「これから野球部の練習なんだけど‥‥どうするの?」
「はあっ? どうするもこうするも私、野球部員じゃないってば。」
羽野のボケた問いに半分笑いながら答えた。
「入部するかしないかだけでも三浦先生に直接伝えてもらいたいんだけど‥‥。」
「ええっ? う~ん‥‥しょうがないなぁ‥‥。じゃあ、今から学校に行くから。」
「うん、わかった。ありがとうね。」
羽野からの電話は切れた。
「あ~あ、面倒くさいなぁ。」
直実は左手で髪をかき上げながらつぶやいた。
「ねぇねぇ、さっきの電話、姉ちゃんのカレシ?」
直実の背後から直冬がニマニマしながら冷やかした。
「んなワケないでしょ!」
直実は顔を赤らめて怒鳴った。
「そりゃそうだよな。
ムネより前歯が出ているような女なんかを好きになるモノ好きなんかいるわきゃねぇよな。」
「何だってぇ~っ!?
フユ~っ、ジャーマンとラリアット、どっちがいい?」
「うわぁっ、ガサツなプロレス女が怒った! 逃げろ~~っ!」
直冬は直実を挑発しながら自分の部屋へと退散していった。
毎度の事とは言え、直実の痛い所をピンポイントで突いてくる。
「まったくもうっ!」
直実は両手を腰に当てて頬を膨らました。
「行ってきまーす!」
制服に着替えた直実は玄関と兼用になっている床屋の待合いのソファーでスポーツ新聞を読んでいた父、直斗に元気良く挨拶した。
「あれっ? 直実、部活は辞めたんじゃなかったっけ?」
卓球部を辞めた一昨日の夕食時、直実はその事を報告していた。
しかし、余計な心配を家族に掛けたくはなかった為、自分の意志で辞めたという事にしていた。
「うん、辞めたよ。‥‥でもね、その帰りに実は別の部にスカウトされてたんだ。」
「へぇ~、スカウトねぇ。で、何部にスカウトされたんだい?」
「それがね‥‥野球部なんだ。」
直実は答えるのに少し躊躇した。
「ふう~ん、最近は女子でも野球やるんだ。時代は変わったなぁ。
そういえば女のピッチャーが出てくる水島先生の漫画があったっけ。」
「まぁ、うちの中学には一人もいないみたいだったけどね。」
「じゃあ、紅一点ってワケだ。」
「あー、私、断りに行くんだけど‥‥。」
「断るって‥‥何か他にやりたい部活があるのかい?」
「別にないんだけどね。‥‥レスリング部か空手部があれば良かったんだけど。」
「お父さんの頃は柔道部があったんだけど、今はないんだってな。」
直斗も直実の夢が女子プロレスラーである事は知っていた。
「じゃあ、行って来るね!」
「おう、行ってらっしゃい!」
直実の元気な声につられて直斗も元気に送り出した。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




