チャンス【Cパート】
直実は上段、中段の六枚のパネルまでは順調に抜いた。
しかしそれ以降、下段三枚のパネルに苦戦していた。
下を意識するとどうしてもコントロールが定まらない。
下段中央の『8』は何とか抜いたものの、残り二枚を残して失敗が許されない状態となってしまった。
(何で当たらないの!? サンドバックには狙った所に当たるのに‥‥。)
直実は焦っていた。
その焦りを鎮める為に目を閉じて深呼吸をする。
(そっか!
今まで下に向かってラリアットを打った事がないから!)
直実が今までラリアットを打つ場合、的は常に水平か高目の位置に存在していた。
それは身長の低さゆえに、自分の腕より低い位置の的を狙うという発想がなかったのだ。
(こんな弱点があったなんて‥‥どうすれば‥‥。)
原因がわかったところで簡単に解決出来るという物ではない。
マウンド上には自分一人。三浦のアドバイスも羽野の激励も今はない。
頼れるものは己の中に培った経験値のみだ。
「ナココ~、何やってんのよ~!
そんな低い位置の的なんか、田上の首だと思ってぶち抜いちゃいなよ!」
明美の無茶ぶりな応援が直実の鼓膜に届く。
が、それが孤独なラリアッターに閃きを与えた。
(確かにあの時、田上くんの首の位置は下にあった!
我を忘れてたからどうやって狙いを付けたかわかんないけど、とにかく首の位置を正確に捉えていたっけ‥‥。)
直実の脳裏にあの夜の記憶が蘇る。
命乞いをする田上の首を狙う直実のラリアット。
(スライディング・ラリアット!)
直実はかっと目を見開く。
そして大きく振りかぶると、左脚をいつもより大きく前に出して体勢を低くするように投げた。
ガパ―――――ン!
軟球は下段左下の『7』のパネルを豪快にぶち抜いた。
「やりぃっ!」
直実は勝ち誇ったかのようにガッツポーズを取って叫んだ。
「鷹ノ目の奴、すごいな。一瞬一瞬成長している。」
直実の次に挑戦する松浦が驚嘆する。
「だが、あれじゃ、どこに向かって投げてるかがモロバレだぜ。」
松浦の隣りに立っている太刀川がふてぶてしく言った。
「バレたところであれだけのスピードだ、打てやしないさ。」
「俺ならどこに来るかがわかっていりゃあ、打つぜ。」
「お前だけだよ、百六十キロの球を当てられる中学生は。」
「よせやい。
松浦、俺はお前の方が投手としてのスキルは上だと思ってんだぜ。」
「えっ?」
「確かにスピードなら鷹ノ目、コントロールなら八幡の藤原が上だ。
だがな、総合ではお前の方が上だ。
硬式しか知らねぇ人間からすりゃあよ、軟球が曲がる事自体、信じらんねぇんだ。
藤原の落ちる球にも驚かされたが、読みさえすれば打てねぇもんじゃねぇ。
――でもな、お前のカーブはマジ打てねぇ。
いつも俺の読みを紙一重でかわしやがる。」
「リトルの頃の話だろ?」
「いや、俺は守ってる時、常にバッターボックスの視点でお前の球を見てんだ。
頭ん中でよ、お前と勝負してんだぜ。
だけど、悔しいが一度も真芯で捕らえた事がねぇ。」
太刀川は柄にもなく少し照れていた。
「太刀川‥‥。」
「お前にもう一度、硬球を握ってもらいてぇ。
軟球で終わって欲しくねぇ。」
太刀川は初めて自分の本心を伝えた。
「‥‥学費がタダになったところで借金は消えないからな。」
「悪い、さっきのは俺の身勝手な独り言だ。忘れてくれ。」
「‥‥‥‥。」
あやうく松浦の口から誰にも話した事のない本心が出そうになった。
「だったらよ、お前の最後の夏、せめて日本一で飾ろうや。
その為に俺はここに入ったんだからな。いい仕事してやるぜ。」
太刀川が松浦の背中を叩いて豪語したその脇で、直実がパーフェクト賞のパネルを持って大喜びしていた。
「次の方、お願いしまーす!」
アシスタントディレクターが松浦を呼びに来た。
「行って来い、松浦!」
三浦が松浦の出番を告げた。
「はいっ!」
松浦は帽子を整え、用意された舞台へと走って行った。
● ● ●
「松浦さん、すごかったね!
九球でパーフェクトだよ、敵わないよね~。」
練習帰りの直実が羽野に話し掛けた。
二人はあのイベントの終了後からクイックモーションの練習に取り掛かり、結果的に居残りとなってしまったのだ。
「うん。でも、鷹ノ目さんもすごかったよ。」
「おだてても何も出ないよ。」
「ウソじゃないって! 本当だよ。」
「でもさ、松浦さんを見てたら、私なんてまだまだだなって感じちゃうんだよねぇ。」
「だって、まだ一ヶ月ちょいしかキャリアないんだから、しゃあないって。」
「『しゃあない』だって。」
羽野の言葉の揚げ足を取る。
「あのなぁ‥‥。」
「ゴメンゴメン。
だけどさ‥‥羽野くんもすごいと思うよ。」
「俺がぁ?」
「土肥さんの特訓でさ、あんなにボロボロになっても逃げないなんてさ、根性あるよ。」
「‥‥神様が俺に逃げるだけの脚を与えてくれなかっただけだよ。」
「あはははは! それ、面白い!」
夜の街に直実の大笑いが響いた。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




