チャンス【Bパート】
「ごめんね、ナココ!
こんな騒ぎになっちゃうなんて思わなかったの。」
「何でこんな事を!?
練習出来ないじゃない!」
直実は明美に問いただした。
「だって、ナココが落ち込んでたからさぁ、‥‥テレビに出られるとなったら、野球部に戻って来るかな、と思って‥‥でもナココ、自力で立ち直っちゃうし‥‥ああん、テレビがもうちょい早く来てくれれば、タイミングバッチリだったのにぃ!」
謝罪と弁解を兼ねたような明美の答えに直実の表情は緩まった。
「‥‥ありがとう。
心配掛けちゃった私が一番悪いんだ。」
「ナココは悪くないよ!
‥‥悪いのは田上よ!
あいつ、ゴールデンウイーク明けに転校するらしいわよ!
謝りもしないうちに逃げるなんてサイテーよね!」
いつの間にか問題がすり替わっていた。
「でもアケ、私の事だけじゃなく、松浦さんの事も書いたのはやり過ぎじゃない?」
「ナココだけじゃあ、採用されるにはちょっと弱いじゃない?
元日本一のピッチャーなら採用の確率が上がるでしょ。」
直実は確信犯的な明美の策略に脱帽させられた。
(俺はダシか。)
松浦は二人のやり取りを見ながら心の中で突っ込みを入れた。
「それに‥‥」
明美は言葉を続けた。
「もしかしたら、この番組を観ていた高校のスカウトとかがさ、特待生として松浦さんを迎えてくれちゃったりするかもしれないでしょ!
そうすればさぁ、ほら、甲子園目指せる訳じゃない!」
明美は明美なりに色々考えているのだ。
しかし、お蔭で直実が松浦と太刀川の件を明美に話していた事がみんなにバレてしまった。
やがて三浦とディレクターがグラウンドに現れた。
「松浦、鷹ノ目、この件についてはお前らの意思を尊重する。
特に松浦、爪の事もある。
処置しているとは言え、無理はするな。」
三浦は二人に向かって告げた。
「もちろん、いきます!」
直実が元気良く答えた。
「俺もやります。」
松浦が緊張した表情で答えた。
首尾良くセットがスタッフによって組み立てられる。
「悪いですね、三浦先輩。
いつもは話をしてから日を改めて、という感じなのですが、特番が急に決まってしまって‥‥。」
ディレクターは三浦の大学の後輩、真下であった。
「たまたまうちの生徒がハガキを出し、当人たちが承諾しただけだ。
俺は何もやってはいないさ。」
三浦は少し笑みを浮かべながら言った。
お膳立ては整った。
まずマウンドに上ったのは直実であった。
「ナココ~~、頑張って~~!」
明美の丸い声の声援に人差し指を天に掲げるポーズで直実が答える。
(勇者のグローブに賭けて、パーフェクトを獲る!)
直実はグローブを軽く右手で撫でた。
口を真一文字に結んだ表情からも、決意がうかがわれる。
「緊張してますね。‥‥大丈夫かなぁ?」
希望が直実の真剣な表情を見て、誰にという訳ではなくそうつぶやいた。
「大丈夫だよ、鷹ノ目さんは集中しているだけだから。」
サンドバックに向かって投げ込む時の表情を知っている羽野が答えた。
「鷹ノ目先輩の事、詳しいんですね、羽野先輩。」
希望は少々意地悪くカマを掛けた。
「そりゃあ、まあ、専属キャッチャーだから‥‥。」
羽野は小さな声で答えた。
「ど真ん中、いきます!」
直実はそう高らかに宣言すると、独特のモーションに入った。
「うおおおおおおっ!」
雄叫びと共に鉄腕ラリアットが唸る。
ガパ―――――ン!
見事、宣言通りに『5』と書かれた真ん中のパネルがぶち抜かれると、周囲の声援が上がる。
「し、三浦先輩、今の‥‥!?」
初めて見る鉄腕ラリアットの凄まじさに真下は興奮した。
「まだ、肩馴らしだ。」
「肩馴らしって‥‥百五十キロは出てますよ!」
「鷹ノ目は百六十キロを超える球を投げる。」
「ひゃ、百六十キロぉ!? まさかぁ‥‥。」
真下が驚くうちに二投目が『1』のパネルを抜く。
「た、確かに一投目よりも格段に速いです‥‥。
あのスピードがコントロールと共存するなんて信じられない!
まるでマンガの世界だ。」
「六枚までだがな。」
「六枚まで?」
真下は三浦の言っている意味がわからなかった。
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