チャンス【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。
「希望ちゃんたらねぇ、真っ赤な顔して言うんだよ~。
絶対、誰か好きな人いるって!」
今日はどういう訳か床屋が忙しく、両親が揃って散髪に当たっていた。
その為、直実は弟・直冬を連れて三峰の経営する居酒屋『こうちゃん』で夕食していた。
三浦のグローブとサンドバックのエピソードや、その帰りの希望との会話なども聞き上手の三峰に話していた。
「へぇ~、粟田道場の娘さんもそんな年頃になったんだねぇ~。
ところでナココちゃんには好きな人、いねぇのかい?」
「わ、私ぃ? い、いない、いない!」
直実は急に自分に話の矛先が向いたので慌てて答えた。
「はっはっは、でもナココちゃんの年頃が一番楽しいのかもしれないねぇ。」
「えっ?」
「誰が誰を好き、とかで盛り上がんだろ?
こういう商売してるとね、誰の事が嫌いとかの話ばっかり耳にしなくちゃいけないんだよ。
オトナになると嫌いな人が多くなっていけねぇよなぁ。」
「ふぅ~ん、そうなんだ‥‥。」
なぜ大人になると変わるのか疑問を抱きつつ、直実は好物のつくねをおかずにご飯を食べた。
● ● ●
翌日、直実が部活に出ると、グラウンドが妙にざわめき立っていた。
「どうしたんですか?」
直実は小首を傾げて松浦にたずねた。
「ああ‥‥それが‥‥。」
松浦は明らかに答えにくそうだ。
「誰かが『スポーツ一番!』に応募したらしいんだ。
宮中に元リトルリーグ日本一のピッチャーと、すごい球を投げる女子がいるってさ。」
岡田が松浦の代わりに答えた。
『スポーツ一番!』とは視聴率二十%近くを取る人気番組で、各種のスポーツで抜きに出た強者が各スポーツに合わせた超人的な競技にチャレンジするという内容だ。
「それ、知ってますよ! 何回か観た事、あります!」
直実が興奮気味に言った。
「で、その番組のディレクターが今、『ピッチング・ダーツ』の件で三浦先生と交渉してるって訳っス。
宮中には中学一のスラッガーだっているってのに‥‥。」
星野が腕組みをして何か不満そうに状況を説明した。
「でも、一体、誰が応募したんでしょうね?」
星野の隣りにいる希望がたずねた。
その直後、
「ナココ~!」
グラウンドに丸い声を響かせながら、明美が直実の所に向かって走って来る。
「アケ、どうしたの?」
慌てて走って来た明美に直実がたずねた。
「‥‥あのね、テレビのハガキね、実はぁ‥‥私が出したの‥‥。」
明美は首をすくめて答えた。
「ええ―――――っ!?」
一同は一瞬の間を開けた後、一斉に叫んだ。
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