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鉄腕ラリアット  作者: 鳩野高嗣
第十一章 原石たちの輝き
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原石たちの輝き【Fパート】

「原島先生、どこであのキャッチャーが素人だとわかったのですか?」


 藤原がたずねた。


「あれほどの剛球を受けるというのに、かぶせて()っていなかったんだ、あのキャッチャー。

 キャッチングによほど自信があるか、ただ手が頑丈なだけか―――。

 その二択なら後者の方が確率が高い。

 ド素人のキャッチャーなら目の前でバットを振られたらパスボールの確率が上がると思っていたのだが‥‥まさか打撃妨害とはな、急造捕手も(はなは)だしい。」


 原島は自慢気に語った。その表情は既に勝利が転がり込んだかのようだ。


(さて、次はピッチャーのメッキを剥がさせてもらうぞ、三浦。)



 試合は再開された。

 続く二番の梶原もバッターボックスの最後部で構える。

 羽野(はの)は同じ過ちを犯さない為にやや後ろで構える。


(何っ?)


 打撃妨害によって出塁した佐々木は我が目を疑った。

 直実(なをみ)の投球フォームはワインドアップのままであったのだ。

 その驚きの為、ややスタートダッシュは遅れたものの、俊足の佐々木は二盗をあっさりと決めた。

 いかに直実が速い球を投げようとも、その前のモーションの段階で成功は決まっていた。


「タイム願います!」


 羽野はタイムを掛けるとマウンドの直実の所へ走って行った。


鷹ノ目(たかのめ)さん、セットはどうしたの?」


「え? ‥‥何のセット?」


「セットポジションだよ。」


「せっとぽじしょん? ‥‥何それ?」


 あっけらかんと答える直実に羽野はミットに自らの顔をうずめた。


「ランナーが出た時、松浦さんのモーションが違っていたの、覚えてる?」


「ええっ!? そう言われればそうだったような‥‥。」


 直実の答えに、いろんなものが不足している事を痛感する羽野。

 知らないという事は恐ろしい。

 だが、知らないからこその強みもある。

 直実のマウンド度胸もその一つだ。

 羽野は最低限の伝達でこの場を乗り切ろうと考えた。


「‥‥じゃあ、ランナーがいる時は振りかぶる所をカットして放って!」


「何で?」


「理由は後でストッパーの意味と一緒に教えるから、とにかく今は言う通りにして!」


「‥‥振りかぶらなければいいんだね?」


「うん‥‥まあ‥‥。」


 羽野の脳裏に一抹の不安がよぎったが、ひとまず守備に戻った。


(くっくっく‥‥まさかセットも知らないド素人だったとはな‥‥。)


 原島はあまりにも簡単にメッキが剥がれたバッテリーを見て、八幡中の勝利を確信した。


「ボーク!」


 羽野の不安は的中した。

 一連の流れがあっての鉄腕ラリアットだった。

 振りかぶりをカットした直実のフォームは崩れきっていた。

 案の定、主審にボークを取られ、佐々木は三塁へ労なく進塁した。


「たびたびすいません、タイム願います。」


 申し訳なさそうに羽野はタイムを申請すると、頭をかきながらマウンドへ向かった。


「悪い。さっきのじゃ、説明不足だった。

 セットポジションの目的はね、モーションを早くして盗塁を防ぐ為のものなんだ。

 だから振りかぶりを省いてもらったんだけど‥‥。」


「要はモーションを倍速にすれば今までの投げ方でもOKな訳?」


「え‥‥うん。―――出来る?」


「わからないよ。‥‥でもやってみる。」


 羽野の不安は拭い去る事は出来なかったが、今は直実の提案を飲むしかなかった。



「フォアボール!」


 不安はまたも的中した。

 確かにボークは取られず、球速も落ちなかったがコントロールが定まらなかった。

 これで八幡中は直実の球を打たずして走者を一・三塁とした。


「んもうっ!」


 直実は定まらないコントロールに苛立ち、マウンドの土を蹴り上げた。


「鷹ノ目、いつも通り投げろ! 二塁なんてケチな塁はくれてやれ!」


 ファーストを守っている金森の檄が飛んだ。


「親分‥‥わかりました! いつも通り投げます!」


 直実は三番の武蔵に対し、大きく振りかぶった。


(甘いな! ど素人バッテリーが!)


 原島は佐々木、梶原にダブルスチールのサインを出した。


(ホームスチール!)


 羽野は猛然と突っ込んでくる佐々木のホームスチールに焦った。

 直実のど真ん中のストレートを受けると、本能的に滑り込む佐々木のスパイクにミットを思いっきり叩きつけて防御した。


「アウト!」


 間一髪、佐々木のホームスチールは阻止された。


(くそ、あのピッチャー、ランナーを無視して投げやがった‥‥。)


 原島は佐々木を本塁に突っ込ませる事で動揺させ、暴投を誘う計算であった。

 暴投はしなくても先程の四球並みのコントロールミスがあればド素人の捕手では佐々木のホームスチールは防げない。

 たとえコントロールミスがなくても球速が落ちれば打席の武蔵が叩く。

 二重三重に張り巡らせた策であったが、ミットにのみ集中していた超が付くほどのド素人投手の直実には通用しなかった。


(ホームスチール阻止が精一杯か‥‥。

 原島先生の言う通り、ド素人だな‥‥。)


 佐々木のホームスチールのドサクサに紛れて三塁まで進んでいた梶原がほくそ笑む。


 武蔵に対する二球目、直実のストレートが羽野のミットを弾く。

 後逸した軟球を羽野が追う間に三塁からは梶原が楽々生還した。


「ホームのベースカバーぐらいは入れよ、ド素人の炎のストッパー女。」


 梶原がマウンドで呆然としている直実の方を振り向いて挑発した。


「鷹ノ目さん、ごめん。」


 羽野は軟球を拾うとその場から直実に投げ返した。


「タイム!」


 今度は直実がタイムを要請した。


「ちょっと来て!」


 直実の手招きで羽野がマウンドに向かう。


「‥‥パスボールの事、怒ってんの? ‥‥次は意地でも‥‥」


 おどおどしている羽野の左腕を直実は素早く取ると、そのままミットを剥ぎ取った。


「あぐっ‥‥!」


 羽野の口から苦痛に満ちた声が漏れた。


「やっぱり‥‥。」


 佐々木のバットで叩かれた上に直実の剛球を受け止め、更に先程のホームスチールの阻止と無茶を続けた羽野の左手は右手の倍にまでになっていた。


「これくらい大丈夫だよ‥‥。」


「骨、折れてたらどうすんのよっ!?」


「折れてへんてっ!」


「もう‥‥もうやめようよ‥‥。勝利の女神、もうソッポ向いちゃったよ‥‥。」


「何言うとんねや!

 そんなん、女神の顔面つかんでこっち回したらええやんか!

 あとたった4つストライク取るだけで勝てんねんで!」


 弱気になった直実に羽野は喝を入れた。


「‥‥あと四つ‥‥今、折れてなくったって、その四つで折れるかもしれないんだよ!」


「鉄腕ラリアットで折れるんやったら本望や‥‥。

 絶対、勝とう!」


「‥‥あと四つ。

 ‥‥わかった。最高の鉄腕ラリアットを決めてあげる!」


 直実の台詞に羽野は右手の親指を立てニッと笑って答えた。


「ストライク! バッターアウト!」


 全身全霊を込めた鉄腕ラリアットは、この日最高の百六十七キロを記録した。

 いかに強打者の武蔵と言えどもバットに当てられる物ではなかった。


「あと三つ!」


 直実は指を三本を立てた右手を天に掲げて叫んだ。


八幡(やはた)は負けねぇっ!」


 打席には四番で部長の畠山(はたけやま)が気合を込めて立つ。


宮中(みやちゅう)だって負けないんだから!」


 直実も畠山に負けじと、気合を込めて鉄腕ラリアットを唸らせる。


「あと二つ!」


「あと一つ!」


 カウントが進む度、直実の掲げる右手の指が減っていく。


「これで終わりだあっ!」


 気合を込めた軟球が羽野のミットに吸い込まれる。


「ストライク! バッターアウト! ゲーム‥‥」


 主審が試合終了のコールを告げようとした時だった。


「ぐぅっ!」


 今までの無理が祟ったのか、羽野のミットから軟球がこぼれる。

 それを見て畠山が一塁へ走る。

 振り逃げだ。

 慌てて羽野はこぼれた軟球を拾い、送球モーションに入る。

 だが、これは明らかに間に合わない。その次の瞬間――


「くっ、やらせは‥‥しないぃっ!!」


 ズシ―――――――ンンンッ!!!


 グラウンドに轟音が響いた。

 一塁へ向かう畠山のバックを取った直実のジャーマン・スープレックス・ホールドが決まった。

 哀れ、畠山は口から泡を吹き、白目を剥いて失神してしまった。

 予想外の展開に両軍の時間はしばし停止した。


「そ、走塁妨害! ‥‥ピッチャー退場っ!!」

感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。

1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2023年)とは違っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジャーマン炸裂、まさかここで出るとは思わなかったです。予想外の展開が熱くてエモいです。
[良い点] そんなん、女神の顔面つかんでこっち回したらええやんか!っていう羽野くん、カッコいいです! 普段から関西弁でもいいのにと思うのは私だけ?
[良い点] ここでまさかのジャーマンスープレックス! 意表をつく展開に驚きました。
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