原石たちの輝き【Eパート】
宮町中の九回の攻撃は四番の太刀川から始まった。
「軟式をなめるなよ。」
武蔵が太刀川にマスク越しに囁いた。
「なめちゃいねぇさ。
ただ俺の知っている野球とは別のスポーツだと思っているだけだ。」
太刀川の答えに冷静な武蔵もさすがにカチンと来た。
必殺の鵯越の逆落としがいきなり初球から来る。
スカ――――ン!
太刀川のバットが藤原の決め球を右中間に弾き返した。
(何っ!?)
裏をかいた配球が見透かされたかのように打たれた事に武蔵は驚愕した。
「さすがっスねぇ、軟式にこんなに早く順応出来るんスから。」
三塁ベースに立つ太刀川を見ながら星野が感嘆の声を上げた。
「リトル何とかって奴と、そんなに違うの?
おんなじ野球じゃない。」
直実が星野にたずねた。
「硬球の打ち方で軟球を打ったら全部上に上がるっス。
下からすくい上げるように打たないと遠くへは飛ばないっスよ。」
「なぁんだ、簡単じゃない。」
「甘いっス。
太刀川さんの硬球を叩くヘッドスピードで軟球を叩いたら凹んじまって、ぜーんぶポップフライになるっスよ。
ポップフライにならないようにするには、力を抜いて、それでいて‥‥あー、トーシローに説明すんのはムズいっス!」
「ふぅーん‥‥先輩に向かってトーシロー呼ばわりするとはいい度胸じゃない。」
「ふぉぐあっ!」
にこやかな顔で直実が星野の頭にサイドヘッドロックをかますと、星野は情けない声を上げた。
その次の瞬間、ゴツンという鈍い音と共に直実の目に火花が散った。
「馬鹿たれ! しっかり試合を見ていろ!」
「いててて‥‥すいませ~ん。」
三浦の拳骨を脳天に直撃された直実は頭をさすりながら謝った。
結局、藤原は後続を断ち、太刀川は本塁を踏む事は出来なかった。
そして最終回、八幡中は円陣を組む。
「お前ら、勝利の女神はまだ我々を見捨ててはいないぞ!」
原島は部員たちに檄を飛ばした。
「‥‥しかし先生、百六十四キロの球は打てないですよ‥‥。」
その回のトップバッターとなる佐々木が本音を漏らした。
「確かにあの球は速い。
だがピッチャーは‥‥いや、あのバッテリーはド素人だ。」
確証はなかった。
しかし、原島は直実と羽野のわずかな不審点に気付いていた。
「佐々木、まずはキャッチャーから崩せ。
ボックスの一番後ろで思いっきり振り回せ。
何が何でも塁に出ろ、塁に出たら自慢の脚で揺さぶれ!
――いいな?」
「は、はいっ!」
強心臓で『八幡の核弾頭』とまで言われる佐々木が緊張気味に答えた。
勝利への執念がただでさえ強面の原島をより迫力づけていたのだ。
「いいか、とにかく塁に出れば必ず勝てる!
お前らは強い! 以上だ!」
「おお―――っ!!」
原島の檄に八幡ナインの士気は高まった。
円陣の効果からか打席に向かう佐々木の表情にいつも以上の気迫がみなぎっていた。
「来いっ!」
原島に言われた通りバッターボックスの後ろギリギリの所で構えた佐々木が自らに気合を入れた。
「うおおおおおおっ!」
しかし気合なら直実も負けてはいない。
立ち位置は原島の指示を守ったものの佐々木は鉄腕ラリアットに対しスウィングをする事は出来なかった。
(リリースする前からスウィングするしかねぇか‥‥。)
気を取り直して構える佐々木であったが、続く二球目も見逃してしまう。
「ビビるな、佐々木!」
原島の檄が飛ぶ。
「くそっ!」
佐々木の口から思わず言葉が漏れた。
振ろうとしても手が動かなかった自分に腹が立っていたのだ。
続く三球目、佐々木は見切り発車のようなタイミングでバットを思い切って振った。
ゴッ!
次の瞬間、聞き慣れない鈍い音が響いた。
佐々木の金属バットが羽野のミットを力一杯叩いていたのだ。
「だ、打撃妨害! ‥‥大丈夫か、君?!」
主審は自分の役割を果たしてから、叩かれた羽野の安否を気遣った。
「は、羽野くん!」
マウンドから直実が駆け寄る。
やや遅れてナインが、そして三浦が集まってくる。
「悪い、ランナー出しちゃって‥‥。」
「そんな事より手!」
「ん? ‥‥ああ、大丈夫だよ。
俺の手、頑丈さだけが取柄だから‥‥。」
羽野はミットを東京コミックショウのパフォーマンスのようにパクパクさせながら答えた。
「羽野、見せてみろ。」
三浦は羽野の左腕をつかんだ。
しかし反射的に羽野はつかまれた腕を引き離す。
「先生、大丈夫です。
最後までやらして下さい。」
「‥‥わかった。
だが、これだけは忘れるな、お前の代えはいないという事を。」
羽野の必死の表情に三浦は引き下がった。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。
1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2023年)とは違っています。




