原石たちの輝き【Cパート】
宮町中の思わぬ攻撃力に危機感を覚えた原島の打つ手は早かった。
二回のマウンドには早くも八幡中の三年生エース、藤原義経をマウンドに上げ、キャッチャーには代打に出した正捕手、武蔵保をそのまま入れた。
既に原島の頭の中には当初描いていた次期戦力に試合の経験を積ませるという構想は消え去っていた。
一方の三浦はと言うと、原島とは対照的に指示らしい指示は全く出さず、試合を静観していた。
宮町中で試合の指示を出しているのは部長の松浦であった。
試合は両エースの投げ合いでゼロ行進が続いていた。
本格派の松浦のスキルが軟投型の加藤によるリードで八幡中の打線を翻弄し、七回までに許したヒットはわずか二本。
一方の藤原も自慢の針の穴をも通すコントロールと、ここぞという時に見せる急角度で落ちる必殺の決め球、通称『鵯越の逆落とし』を武蔵の巧みなリードで冴え渡らせ、マウンドに上がってからというもの宮町中に二塁を踏ませない力投を続けていた。
そして迎えた八回の裏二死。
「タ、タイム願います!」
加藤が慌てて主審にタイムを告げるとマウンドに駆け寄った。
「どうした? ‥‥早く戻れ。」
松浦は咄嗟に右手を隠すと、そう加藤に伝えた。
「とぼけんなよ、ツメ、やっちまったんだろ?
カーブの切れがこの回からガタ落ちだ。」
「‥‥まだ投げられる。」
「たかが練習試合じゃねぇか。
今日無理するこたぁねぇだろうが。」
加藤には松浦の気持ちが手に取るように分かっていた。
しかしキャッチャーとしての自分がそう言わせた。
すると、今まで静観していた三浦が遂に重い腰を上げた。
マウンドに歩み寄る三浦を見て、守備に着いていたナインたちは、松浦に何かアクシデントがあった事を察知して集まって来る。
「松浦の奴、ツメを割ったらしいんです。」
加藤が三浦に軟球を渡して告げた。
松浦が自ら爪の事は言わないと分かっているからだ。
「先生、まだ投げられます!」
「八幡をなめるな! 負けたいのか?
負けたければそれでもいい、最後まで投げろ。」
三浦は松浦のグラブに軟球を押し入れた。
「‥‥負けたくはありません!」
松浦の家庭の事情は三浦も知っていた。
本来、身体の成長過程にある投手に変化球を投げさせるのは三浦のスポーツ理論に反するが、彼の残り少ない野球人生を考えれば認可せざるを得なかった。
それ故、全国大会出場に掛ける思いは人一倍強く、試合の勝ちへの拘りもまた人一倍強かった。
「なら、いいな?」
三浦の問いに黙って頷いた松浦は、三浦に軟球を返すとマウンドを降りた。
「羽野くん、松浦さんどうしたのかなぁ?」
直実が戻ってくる松浦について羽野に説明を求めた。
「ケガでもしたのかなぁ‥‥。
ほら、監督が主審に何か言ってるだろ、交代かもしれない。」
羽野がそう言った直後、三浦の声がざわめくグラウンドに響き渡った。
「鷹ノ目、羽野、出番だ!」
「はい?」
何が何なのか状況が飲み込めていない直実は金縛り状態になっていた。
そんな直実にマウンドから戻ってきた松浦が肩を叩いてつぶやいた。
「鷹ノ目、八幡の奴らのド肝を抜いて来い。」
「分かりました! 全員ぶっ倒して来ます!」
直実は青いグラブを左手にはめながら立ち上がった。
「よっしゃ、ほな行こか!」
慣れない防具を身に付け終わった羽野が声を掛けた。
その声は明らかに興奮していた。
「言葉が変わってるよ。」
「あ‥‥。」
「あはは! マスクを被るとプロレスラーも人格が変わるっていうけどね。」
直実のその台詞に羽野も思わず笑った。
「宮町中のバッテリー、早くポジションに!」
主審がしびれを切らせて直実と羽野に大声で命じた。
「は、はいっ!」
二人は声を揃えて答えると各守備位置へと走っていった。
途中でベンチへ戻る三浦が直実に声を掛けた。
「思いっ切りやってこい。」
「言われなくったって、思いっ切りやっちゃいますよ!」
屈託のない笑みで答える直実に三浦の口元も思わず緩んだ。
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1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2023年)とは違っています。




