原石たちの輝き【Ｂパート】
「プレイボール！」
午後一時、ついに試合が始まった。
先攻は宮町中。スイッチヒッターの星野が左バッターボックスに入った。
マウンド上の二年生投手、稲村は小兵の星野に対し投げにくいのか、嫌そうな顔をした。
（くそ、ストライクゾーンが狭いな‥‥。）
稲村は大きく振りかぶって一球目を投げた。
コツン！
星野は外角高めのストレートをバントで三塁線に転がした。
八幡中三年の三塁手、梶原元騎が捕球した時には、既に星野は一塁ベース手前にまで到達していた。
送球を見送らざるを得なかった梶原は軽く舌打ちした。
「今のセコいの何？ あんなんでもいいの？」
直実は羽野に初めて見るバントについてたずねた。
「あれがバントだよ。
バットに当ててフェアゾーンにボールが着きさえすれば、ランナーになる権利があるんだよ。
まぁ、大概はランナーがいる時にする物なんだけど。」
「つまり脚で稼いだって事？」
「うん、野球は何か一つ飛び抜けた物があればそれで充分やっていけるんだよ。」
「なるほどねぇ。
私のラリアットや羽野くんの頑丈な手とかも飛び抜けてるもんね。」
「今回は間に合わなかったけど、バント処理の練習、ピッチャーには必須だからね。」
羽野の台詞は耳が痛かった。
事情はあったにせよ、部の練習を休んだのは自分の責任だ。
続く岡田の打席の初球に星野は二盗を決め、二球目には岡田がキッチリ送りバントを決めてみせた。
その都度、羽野は直実にそれらを可能な限りわかり易く解説した。
三番の松浦はサードフライに倒れる。
そのフライを捕った梶原が星野に語り掛けてきた。
「自慢の脚もサードフライじゃタッチアップは出来ねぇよな。」
「俺は必ずホームを踏むっスよ。」
星野は自信たっぷりに答えた。
「へえ～っ、ホームスチールでもやんのかよ？」
「そんな大変な事はしなくてもホームを踏めますって。」
スカ―――ン！
星野と梶原が話していると木製バット独特の真芯で捕らえた音が鳴り響いた。
レフトの頭上をはるかに越えたその打球は通常の野球場なら間違いなくフェンスを超えている。
「ま、こうゆう事っス。」
星野は梶原にそう言うと余裕でホームインしてみせた。
打った太刀川もホームインし、練習試合史上初、宮町中が先制点をもぎ取った。
「ちょろいもんだ。この試合、勝ったな。」
太刀川が松浦と手と手を打ち合わせて言った。
「まだわかんねぇよ。
八幡はエースと正捕手を温存しているからな。」
「何だとぉ？
ケッ、これまた随分ナメられたもんだな。」
太刀川は嘲笑気味に言った。
五番金森はランナーがいないと調子が出ないのか三振に倒れ、宮町中の攻撃が終了した。
八幡中の一・二番コンビ、通称『埼北新幹線』と呼ばれる佐々木一馬と梶原も松浦の投球の前に手が出せず連続三振に倒れると、原島は三番に入っていた二年生捕手の矢島に代えて早くも三年の正捕手、巨漢の武蔵を送った。
「ベンケイ、今年うちは県を制す力を持っている。
練習試合とはいえ負ける訳にはいかん。」
原島は武蔵にそう語ると軽く尻を叩いて送り出した。
「うわぁ、何かでっかいのが出てきたよ。」
直実がエキサイトして羽野に語りかけてきた。
「あの人が八幡の正捕手の武蔵さんだよ。
打撃のパワーもある上、リード、肩といったスキルも高いんだ。
県内屈指のキャッチャーだよ。
――でも、もう代打を出すなんて‥‥。」
「ふぅ～ん、すごい人なんだ。
‥‥ところでリードって何？」
「そうだなぁ‥‥上手く言えないけど、ピッチャーの能力を最大限に引き出す為の補助ってとこかなぁ。」
二人のやり取りを耳にしていた三浦は羽野の答えに目を細めた。
捕手にもいろんなタイプがいる。
投手をぐいぐい引っ張っていくタイプ、投手の良さを見極めて投げやすいように配慮していくタイプ、打者のデータを元に打ち取れる確率の高い球を要求する頭脳派タイプなど。
羽野は今はただの壁だが、おそらく配慮型のタイプに育っていくのだろう。
松浦は二球連続で外角低目ギリギリに決まるカーブで武蔵を追い込んでいた。
（加藤の奴、土肥とは正反対のリードをする。
土肥が強気のリードなら、加藤は各打者に合わせた嫌らしい作戦を立てる。
去年の八幡との屈辱的な大敗がデータマンとして成長させたな。）
マウンドの松浦はそう思いつつ、加藤の出した三球目のサインに頷いた。
（三つとも松浦の決め球を続ける気だろう。
何とも軟投派の加藤らしいリードだ。）
武蔵は加藤のリードを見透かしたかのように外角低目ギリギリにヤマを張った。
そして松浦の右腕から第三球目が放たれた。
（な、何だとっ!?）
武蔵の予想を大きく覆し、インコース高目ギリギリに決まる速球が県屈指の捕手のバットに空を切らせた。
（松浦の奴、去年より格段に球の切れが増しているな。
県内は私立以外の強豪はないと思っていたが‥‥まさか宮中がここまでになろうとはな‥‥。）
原島は腕組みしながら苦虫を潰したかのような表情でそう頭の中でつぶやいた。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。
1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2023年)とは違っています。
