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鉄腕ラリアット  作者: 鳩野高嗣
第一章 ラリアットガール
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ラリアットガール【Cパート】

「あ~あ、何でこの中学、格闘技の部活がないんだろ‥‥。」


 夕暮れの校庭の隅で直実は走り回るサッカー部員の姿をぼんやり見ながらつぶやいた。


 直実が通う熊谷(くまがや)市立(しりつ)宮町(みやまち)中学には格闘技系の部活が一つもなかった。

 特例を除き、生徒は何らかの部活に所属しなければならないという校則上、卓球部に所属していたが、その選択理由は幼馴染みの明美に誘われただけに過ぎなかった。

 直実にとって部活は自分の筋力トレーニングを行なう場所と時間でしかなく、卓球に情熱を傾ける気など毛頭なかった。


(こうなったら一人でプロレス部でも(つく)ろっかな‥‥。)


 心の中で冗談を言うと自嘲気味(じちょうぎみ)の笑みがこぼれた。


 何気に視線を移すと、校庭の隅にある杭に括り付けられていた古タイヤが目に入った。

 部活後に十数発ラリアットを叩き込んでから帰るのが日課となっていた直実は、まるで吸い寄せられるかのようにそれに向かって歩を進めた。


(野球部、ロードワーク中かなぁ?)


 辺りを見回した。

 都合の良い事に野球部員は誰もいない。


(いつもより早いけど、これをやんないで帰る訳にはいかないよね。)


 直実は制服である紺色のブレザーの上着を脱ぎ、白いスポーツバッグの上に置く。

 そしてワイシャツの右袖をまくり終えると、一閃、古タイヤにラリアットを叩き込んだ。


 スパ―――ン!


 心地良い音が響く。それは電柱や道路標識、樹木などでは味わえない音だった。


(いい音! おまけに腕もあまり痛くならないし。やっぱり古タイヤは最高だよね!)


 スパ―――ン! スパ――――ン! スパ―――――ン!


 ランナーズ・ハイにも似た感覚が直実を酔わせていた。



「おい、何をしている?」


 背後からの低い声に直実の身体(からだ)はビクッと反応した。

 我に返った直実が振り向くと、そこには男子体育の教師で野球部顧問の三浦(みうら)(たける)が立っていた。

 色黒で百九十センチの大きな体躯(たいく)は朝礼でも一際目立つ存在だ。


「は、はい! ‥‥その、何て言うか‥‥。」


グラウンドに戻ってきた野球部員に気付かず、ラリアットをひたすら叩き込み続けていた自分の行動をうまくごまかせる素晴らしい弁明など、頭の中が真っ白状態の今の直実に思いつくはずがなかった。


「ハッキリ答えろ。」


「ラリアットの練習です!」


 強烈な威圧感を持つ三浦の問いに、直実は反射的に背筋を伸ばして大声で答える。


「名前とクラスは?」


「一年四組、鷹ノ目直実です!」


「部活は?」


「‥‥えっと、今日、卓球部を辞めました‥‥って言うか、クビになったって感じですが。あはは‥‥。」


 その直実の答えに三浦は少し間を置いてからこう切り出した。


「お前、野球部に入る気はないか?」


「はあっ?」


 三浦の唐突とも言える勧誘に直実は自分の耳を疑った。

 女子専用の部活であるソフトボール部ならいざ知らず、よりによって男子専用の部活である野球部だ。

 思い掛けない展開に目を丸くしているのは直実だけではない。

 野球部員たちも同様だった。


「先生! いくら部員が少ないからって、女子を入れるんですか!?」


 部長でエースの松浦健太(まつうらけんた)が三浦に問う。


「そうです! 私、女子で、しかも野球なんて見た事もやった事もないです。」


 直実は松浦の言葉に便乗する。

 しかし、


「いいから投げてみろ。」


 三浦はそう言うと直実に軟球をトスした。


「‥‥こっからですか?」


土肥(どい)、受けてやれ。」


「えっ? ‥‥は、はいっ!」


 正捕手の土肥(どい)大輔(だいすけ)は直実の立っている位置から目測でバッテリー間ほど離れると、腰を落として茶色いキャッチャーミットを構えた。

 しかし、野球を全く知らない直実はどうやって投げるかも良くわからない。


「ラリアットの要領で思いっ切り投げてみろ。」


「わかりました!」


 三浦の言葉によって戸惑いが吹っ切れた直実は力任せに腕を振った。

 直実の右手から離れた軟球は構えた土肥の位置からは大きく外れると、一瞬にしてグラウンドを越え、その勢いを緩める事なく体育館をかすめ、その奥に位置する南校舎に向かって直進する。

 次の瞬間‥‥。


 ガッシャ―――ン!


 ガラスの砕け散る冷たい音が駆け抜けていった。


「あっちゃ―――っ、やっちゃった!

 ‥‥私、謝って来ます!」


 直実は顔をしかめて三浦にそう告げると、上着を乗せたままのスポーツバッグを右脇に抱え、南校舎へと走り出した。

 ふと、途中で三浦への挨拶をし忘れた事に気付くと、その足を止めて振り向き、照れくさそうに一礼する。

 それにつられて野球部員も挨拶を返す。


「腕を振っただけであそこまで飛ぶかぁ? 百五十メートルはあるぜ。」


「二階まで一直線だったよな‥‥。ミサイルみたいだった。」


「あの小さな身体(からだ)で‥‥第一、女子だぞ‥‥。」


 野球部員たちは信じられない光景を目の当たりにして興奮していた。


(鷹ノ目‥‥か‥‥。)


 自分の予想のはるか上をいく直実の身体能力に三浦は目を細めた。


 1990年、春。グラウンドに一陣の風が吹いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 卓球では敗北し、野球ではノーコン。 前途多難ですが、才能の片鱗は十分見せつけたんじゃないでしょうか。その辺が面白いですね。
[良い点] 才能の片りんを見せた直実。彼女の次のステージの期待が高まります。
[良い点] いい眼力をしている三浦先生がいい。 言葉数は少ないところがかっこいいです。
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