この一球に想いを込めて【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。
「くぉらっ、羽野~っ! 情けないぞっ!」
グラウンドにこだまする大声に野球部員は一斉に振り向いた。
ワンテンポ遅れて、へばっている羽野が息を切らせながら振り向く。
野球部員たちの視線の先には練習用のユニフォーム姿の直実が立っていた。
「鷹ノ目直実、帰って参りました!」
直実はその場から照れ笑いを浮かべながらそう挨拶すると、深々と頭を下げた。
「鷹ノ目!」
「鷹ノ目さん!」
野球部全員が直実の名を呼んだ。
直実はグラウンドに走って行く。
昨日の夜、今更どのツラ下げてみんなに会えばいいのかを考えて一睡も出来なかった。
あの事件についてのシコリはないか、自分が必要ないのではないか、自分が戻ると迷惑なのではないか、そんな様々な不安が襲い掛かってきた。
その不安は勇気を出してユニフォームに着替えても尚、拭い去る事は出来なかった。
しかし、グラウンドで反吐を吐き、ボロボロになりながらも土肥のいじめスレスレの練習に耐えるプロテクターを身にまとった羽野の姿を見た時、迷いは消えた。
(あの日からずっとキャッチャーの特訓受けてたんだろうな‥‥。
帰って来ないかもしれないピッチャーの為に‥‥。)
直実の胸がぎゅっと締め付けられた。
「待ってたから。」
言葉少なに羽野が語り掛けた。
「うん‥‥。」
直実もそれ以上の言葉は続けられなかった。
「この俺に勝ち逃げは許さねぇかんな。」
太刀川の挑発的な台詞もどこか優しさを帯びていた。
「挑戦ならいつでも受けてあげるから!」
直実も強気に言い返す。
「心配掛けやがって、このヤロー。」
金森が握り拳を突き出した。
「ご心配掛けてすいません!」
直実は一礼すると、金森の拳にグータッチをした。
「いろいろあったみたいだけど大丈夫?」
岡田が身を案じた。
「はい! もう、大丈夫です!」
直実は精一杯の元気で答えた。
「鷹ノ目! 遅刻のペナルティとしてグラウンド十周だ!」
田上の事件から昨日までが何事もなかったかのように三浦が命じた。
「はいっ!」
直実も昨日までの事が何事もなかったかのように走り始めた。
「先輩!」
声に振り向くと直実の走りに練習用のユニフォーム姿の希望がついてきた。
「絶対、来てくれると信じてました!」
「今、出来る事をやっとかないと後悔するかんね。」
そう希望に言うと直実は顔を天に向けた。
(そう‥‥私は一人じゃない!
待っててくれる人たちがいる!
だから今、出来る事を精一杯やらなくちゃ!
笠原さん、今なら約束出来ます!)
「さあ、全力でいくよーっ!」
直実は曇った天に鉄の右腕を突き上げると、希望に気づかれない程度に小指を伸ばした。
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